「地球環境の限界」を織り込んだ資本主義へ(写真・ beauty-box / PIXTA)

「ESG は詐欺だ。インチキな社会正義の戦士らの武器と化している」。著名起業家イーロン・マスク氏は、自らが主要オーナーであるテスラ株が S&P500ESGインデックスから外されたことをきっかけに、こうツイートした。

かくのごとく、ESG投資(環境・社会・企業統治に配慮した投資)という概念は論争を呼びやすい。

アメリカでは ESG 投資が政争の具となる様相を呈している。単純化すれば、与党・民主党がESG推進、野党・共和党は反ESGである。共和党が提出した反ESG投資法案が議会上院を通過すると、バイデン大統領は拒否権を行使した。

「リターンを得る」ための投資アングル

なぜ、このような対立が生じているのか。

ESG投資に対する批判を端的に表せば、「企業収益に関係の薄い環境問題などに関する圧力をかけて、企業収益を圧迫する」というものだ。ビジネスパーソンの中でも、ESG投資を単に「社会的にいいことを推進するもの」と受け止めている人は多いかもしれない。

しかし、ESG/インパクト投資手法を「企業価値を高め、リターンを得る」という本来の目的に沿った新たな投資アングルとして捉え、着々と取り組んでいるのが未公開企業に投資するプライベートエクイティ(PE)ファンドやベンチャーキャピタル(VC)だ。

例えば、アメリカのPE大手であるKKRは19 億ドル、ベインは8億ドル、TPGは140億ドルの ESG/インパクト投資ファンドを運用している。KKRのファンドが39%の内部収益率を生んでいると報道されているのをはじめとして、これらのファンドは通常のPE運用と同等かそれ以上の成績を上げているといわれる。

なお少々細かい点だが、ESG投資に「インパクト」を加えて呼ぶのは、投資対象企業のリスク低減要素が強いESG投資に加えて、投資対象企業のプロダクト・サービスが社会課題解決に与える影響(インパクト、詳しくは後述)を投資評価・判断に組み込む時である。

ESG/インパクト投資を行う投資家は、「社会的にいいインパクトをもたらす」という命題と投資リターンの関係を、一方を重視すれば一方が損なわれる「トレードオフ」として捉えるのではなく、相乗効果を狙っている。

未公開株投資の一般的観点で企業価値を上げるために行うのは、

(1)売り上げを増やす

(2)コストを削る

(3)株価を上げる

というある意味当たり前のPE的アクションであり、ESG/インパクト投資もその枠組みから外れるものではない。

ESGを軽視すれば不買運動で損失も

この時、カギを握るのが、消費者としても働き手としても最も重要視される「ジェネレーションZ(GenZ)」である。おおむね 1990年代半ばから2000 年代終盤、または2010年代序盤までに生まれた世代で、生まれながらにしてデジタルネイティブである初の世代とされる。ESGやSDGsといった課題に上の世代とは比べ物にならない関心を持つ。

将来の現役時代が長いこの世代の消費行動、仕事観も含めたライフスタイルは、ESG/インパクト投資の大きな追い風となる。

ESG/インパクト投資の3つの観点のうち、(1)の売り上げアップの面では、例えば筆者が関わるVCのGLIN Impact Capital(GLIN)が投資する「坂ノ途中」という会社は、環境負荷の小さい農業を実践する農家から仕入れた農作物をその個性や背景を伝えながら販売することで、ジェネレーションZやその上のミレニアル世代を中心に新たな需要を生み出し、売り上げを伸ばしている。

農作物の大量生産、大量消費、大量廃棄を前提にした流通が主流である中、顧客は季節や環境のさまざまな影響を受けて変化する野菜の「多様性」を受け入れ、それを楽しみながら、持続可能な農業と暮らしという未来を考えられる。

逆に、顧客による不買運動により多大な損失を被ることもある。

ボストンに本社を置くWayfairは低価格でデザイン性の高い家具を販売するネット企業として台頭したが、アメリカ政府に納入したマットレスが、テキサスにある移民の子供たちの抑留施設に使われていることが明るみに出て、不買運動が発生した。さらに従業員 500 人が抗議のストライキを起こした。

わずか20万ドルのマットレスの売り上げと引き換えに、Wayfairは従業員とブランド価値を大きく損なうこととなった。

ジェネレーションZをはじめとする消費者は、SNSなどを駆使して企業のアクションを意識する、しないにかかわらずモニターしている。そのため、企業単体のESG/インパクトアクションだけではなく、1次、2次、3次サプライヤーでも環境上、人権上の問題がないか注視し管理する必要がある。仮に問題があれば大きなリスクにさらされ、コスト増要因になる。

ESG/インパクト投資の3つの観点のうち(2)のコスト削減では、複雑なサプライチェーンの全体像を多面的にモニターし、その透明性もブランド化していく。

ミッションを掲げると、いい人材が集まる

加えて、ESG/インパクトの取り組みは、人材面でも長期的なコスト削減に寄与する。

企業にとって人材は価値創造の源泉と捉える考え方から、人的資本に関する情報開示が進んでいる。近年は人材の流動化が顕著で、採用のみでは優良な人的資本を維持できず、リテンション(従業員雇用維持)の重要性が高まっている。

その時、重要になるのが、より多くのジェネレーションZをどう惹きつけるか、ジェネレーションZが会社を辞める理由になるような「反ESG的なイメージ」をいかに払拭するかだ。

デロイトが東南アジアの1000人以上を対象に行った調査によれば、ジェネレーションZの56%が、雇用主(企業)の社会的目的や社会的なプラスの影響を、雇用主のブランド人気よりも優先していることがわかった。

ここまで挙げた売り上げ増とコスト削減はともに利益の増大に結びつく話だが、実はESG/インパクト投資の一番大きなポジティブインパクトは、PERといった株価乗数の改善(Multiple uplift)ともいえる。

株価乗数は非財務情報を取り込み、最近は特にESG、人材、知財に大きく影響を受ける。これを具現化するのは市場圧力であり、ほぼすべての市場参加者が、ESGの正の影響を及ぼす圧力をかけ始めている。

例えば、冒頭でマスク氏が批判したS&P500ESGインデックスのような格付け機関がESGを選定基準にした株価指数に採用されれば、株価向上を期待できる。

なお、大手運用会社ブラックロックのCEOが「ESGという言葉は使わない」と発言したのは、ESGの言葉にいろいろな手垢がついたためであり、本来の趣旨を放棄するという意味ではないと理解している。

一方、インド財閥のアダニグループの不正会計を指摘して空売りを仕掛けるヘッジファンドの例があるように、市場は表面だけを取り繕うような取り組みを見抜く力も持っている。ESGへの取り組みは株価指標を、市場水準以上にも以下にも動かしえる時代なのだ。

経営判断においても、例えば、メーカーが製造拠点の立地を移すかどうか検討する時、一般的には製造・輸送コストの安い国を選ぶ。しかし、その国の環境への影響や輸送費の外部性などを考慮し、短期的コストの高さを許容して地産地消型の設備投資を選んだうえで、なぜそう判断したかを積極的に開示すれば、資本市場での評価はプラスになる。

資本主義に「地球環境の限界」を織り込む

ここまで(1)売り上げを増やす、(2)コストを削る、(3)株価を上げるという3つの観点から、ESGの取り組みにより企業価値が向上するプロセスをみてきた。

企業活動をESG/インパクトの観点で見直し、整理して発信することが、消費者や働き手、市場参加者の評価に結びつき、売り上げアップや人材確保、株価向上をもたらす。これらが実績として積み上げられていくはずである。

ともすれば、価値観やライフスタイルのトレンドに乗り、「ESG」の文脈でうまくアピールすれば評価されるように捉える向きもあるだろう。しかし、ESG/インパクト投資とは実は、資本主義をアップデートする大きなテーマである。

なぜなら、ESG/インパクト投資は「資本主義の失敗」として長らく議論されてきた「外部経済性」(企業の活動が市場の外で環境によい影響、または悪い影響を及ぼしても、企業は評価されたりコスト負担したりしないこと)と「超長期視点」の欠如に対し、新しい解決策を示すものだからだ。

「外部経済性」と「超長期視点」はこれまで市場の仕組みにも、政府の仕組みにも、経済学や企業価値評価手法にも組み込まれてこなかった。今この瞬間に企業が儲けを最大化することが重視され、資源の限界はないものとして企業価値がプライシングされてきた。

それでも資本主義の初期はそれほど問題はなかった。しかし、地球に対して人間は大きくなりすぎた。人間の経済活動が地球環境に負の影響を及ぼしており、このまま拡大していけば時間的、空間的にもたない。

ESG/インパクト投資が、資本主義の枠組みに「外部経済性」と「超長期視点」をどう取り込むかといえば、2つの側面がある。

1つは、ESG/インパクト投資の測定インフラの向上だ。市場が企業価値をプライシングする際に用いる分析手法の標準化がグローバルで進んでいる。こちらは、よりよい企業を選んで投資するという上場株投資的な観点といえる。

国際標準化は急速に進んでおり、日本はこれにしっかりキャッチアップして、ガラパゴス化を避ける必要がある。

長期目線の投資家は気づいている

もう1つが、本稿で述べてきたような価値創造アクション(ESG/インパクトアクション)である、こちらは上場市場で短期的に株を売買する投資家ではなく、プライベートエクイティ(PE)ファンドやベンチャーキャピタル(VC)のように、未公開株に投資する投資家が主体だ。

本来、未公開株投資家は長期的な視点に立ち、積極的に投資先企業の経営改善を図ったうえで株を売却し、リターンを得る。そのような投資家がESG/インパクト投資に取り組み始め、大きな潮流を形成しつつある。

脱炭素やサプライチェーンマネジメント、環境配慮、人権配慮といった取り組みは、短期的には現金や利益を減らしても、そのような企業活動や経営判断をグローバルな標準手法で「見える化」し、ステークホルダーに発信すれば、長期的には企業価値が増大していくと気づいているからだ。

市場の仕組みに地球環境の限界という要素を織り込むESG/インパクト投資により、地球環境への負荷がより低い成⾧フロンティア(デジタル、フードテック、クリーンテック、ウェルビーイングなど)に、より多くの資源配分が行われていくことが重要である。

(加藤 有治 : GLIN Impact Capital パートナー)