駒形提灯の灯りに使われた再生可能エネルギー(写真:EcoFlow Technology 提供)

脱炭素の潮流が平安時代に始まった伝統行事にも変化をもたらしている。京都で行われている祇園祭で、山鉾を彩る駒形提灯の灯りに太陽光発電などによる再生可能エネルギーが使用された。

音頭を取ったのは2014年から祇園祭のごみ減量に取り組む団体「祇園祭ごみゼロ大作戦」。これまで観光客に環境への配慮を呼びかけてきたが、今年は主催者側に切り込み、34基のうち2基が実施にこぎつけた。

ごみ減量から省エネへ

7月を通じて開催される祇園祭の主役と言えるのが、まちなかの至るところに現れる山鉾だ。宵山(14〜16日、21〜23日)の夜は駒形提灯に灯りがともされ、熱気が一段と高まる。今年は油天神山と鷹山の提灯に、太陽光発電でつくったり協力店舗から提供を受けた再生可能なクリーン電気を使用した。


取り組みイメージ(画像:京都市のプレスリリースより引用)

祇園祭ごみゼロ大作戦で再エネを担当する井上和彦さんは「活動が10周年を迎え、主催者側も巻き込んでサステナブルな祭りを実現したかった」と語る。

同団体は、祇園祭に国内外から来場者が増加し、ごみが増え続けたことを背景に2014年に活動を開始。

夜店や屋台の使い捨て食器約21万食分をリユース食器に切り替え、ごみの分別回収を行うエコステーションを設置するなど取り組みを重ねて、2013年に5万7330キロだった廃棄物量は、2022年に3万3570キロ(前祭のみ) に減った。

活動を続ける中で「サステナブル」「SDGs」という概念が社会に浸透し、政府は2020年10月、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにし、カーボンニュートラルを目指すと宣言した。ごみ減量に取り組んできた同団体も脱炭素を推進するため、祇園祭の主役である山鉾の省エネを呼びかけることにした。

「昨年は電気自動車(EV)から鷹山の駒形提灯に100%再エネの電力を給電して点灯したが、34基の山鉾が宵山の3日間点灯を続けることを考えると、持続的な取り組みにするには蓄電システムが必要だと感じた」(井上さん)

そこでキャンプや防災物資として使われているポータブル蓄電池(電源)のことを知り、昨年の青森ねぶた祭で「脱炭素ねぶた」 にソーラーパネルと蓄電池を提供したEcoFlow(エコフロー)の日本法人に協力を依頼した。

再エネへの置き換え、実際は難航

エコフローは中国・深センに本社を置く2017年に創業したポータブル電源メーカー。創業早々に有力VCから資金調達し、2021年に評価額10億ドルを突破したユニコーン企業(設立10年以内で評価額10億ドルの未上場企業)でもある。ポータブル電源の最大の用途はキャンプ・アウトドア活動での電源で、同社はキャンプ市場が成熟しているアメリカから製品展開をスタートし、2019年に日本に進出、現在は100カ国以上で事業展開している。

2022年の売上高は10億ドル近くに達し、前年の4〜5倍に伸びた。同社によると日本の2023年1〜6月の売上高は電気代高騰による節電意識需要と防災備蓄需要も追い風に、前年同期比75%拡大した。

日本のポータブル電源市場でトップを争うエコフローだが、アウトドア以外での利用シーンを広げたい同社は、日本を代表する伝統行事への協力を快諾した。駒形提灯に電力を送った「DELTA2 Max」は電子レンジ(1000W)を1.6〜1.9時間稼働する電力を貯められる。同社によると1度の充電で宵山の3日間分の電力を供給できるという。


油天神山の提灯に給電したポータブル蓄電池。鳥井さんが設計した分電盤を通じて電気が送られた(写真:筆者撮影)

エコフローの協力を得て、祇園祭ごみゼロ大作戦が事前にアンケートを取ったところ、山鉾34基のうち20基が蓄電池経由の再エネ点灯に前向きだった。しかし協議を進めるうちに、次々と脱落していったという。

「提灯の点灯に統一されたやり方はなく、祭りのたびに電気工事を施して電気を引く分電盤を設置しているところが多かった。そうするとすぐにはポータブル蓄電池に置き換えられない。また、雨が降ったときにポータブル電源を置けるスペースがないとか、操作に慣れていないので電気が途中で消えてしまうかもしれないという心配の声もあった」(井上さん)

昨年EVから電気供給を受けた鷹山は、1827年以来200年近く巡行に加列しておらず、 この数年の間に体制を整えて昨年復帰したため、電源設備が新しくポータブル蓄電池への置き換えも容易だった。井上さんもそのことを把握しており、「最低でも1基は実施できると算段を立てていたが、そこからが難航した」と振り返る。


右から井上さん、鳥井さん、EcoFlow Technology Japanの寺井翔太広報部長(写真:EcoFlow Technology 提供)

その中で「うちはできるよ」と即答したのが、油天神山だった。油天神山保存会代表理事の鳥井芳朗さんは電気技師で、5〜6年前に提灯の灯りをLED電球に変えた際に自身で分電盤を設計し、家庭用の100ボルトのコンセントから給電できるようにしていた。

祇園祭のごみゼロ大作戦に共感

LEDに変えたのは省エネだけでなく、提灯の色味をろうそくの明かりに近づけるためだったが、その時点で「宵山の3日間で数百円程度」まで電気代も削減しており、ポータブル蓄電池に転換しても省エネ効果はそこまでなかった。それでも面識がなかった井上さんの呼びかけに応じたのは、祇園祭ごみゼロ大作戦の活動に共感したからだという。

「ボランティアの人たちがごみの分別や回収をやってくれて、このあたりのごみも目に見えて減った。できることがあれば協力したいと思っていた」

14日午後7時前、観光客に「まだ灯りはつかないのですか」と聞かれ、鳥井さんは「ちょっと待ってね」とスイッチを入れた。提灯の点灯を見守った井上さんは、「2つの山鉾が再エネ点灯できたことで、今年様子見だったほかの山鉾もより前向きになってくれるのではないか」と期待する。

コロナ禍が収束し、今年は大勢の外国人観光客が無形文化遺産でもある祇園祭を訪れている。今後は環境配慮型の伝統文化として、世界にアピールしていきたいという。

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)