大河ドラマ「どうする家康」では、築山事件をどう描くのか(画像:「どうする家康」公式HPより)

1月8日にスタートした大河ドラマ「どうする家康」(NHK総合)が、まもなく放送半年の折り返し地点を迎えます。「時は戦国時代で、主人公は徳川家康、主演は松本潤」という知名度や人気では大河ドラマ屈指の布陣で挑んだものの、ここまでの視聴率や評判は必ずしも良いものではありませんでした。

ネガティブな声から一転、一気に盛り上がる可能性

視聴率の低迷が繰り返し報じられていますが、これはBSプレミアムやBS4Kを含む週5回もの放送回数に加えて、「NHKプラス」での配信視聴、ハードディスクなどへの録画視聴も合わせれば上々の結果と言っていいでしょう。それよりも厳しかったのが、序盤から「主人公の魅力を感じない」「合戦のシーンが物足りない」「コメディのシーンがつまらない」などの不満が目立っていたこと。ツイッターには“#どうする家康反省会”というハッシュタグが定番化してしまいましたが、放送を重ねるごとにジワジワと「感動」「神回」などのポジティブな声も増えはじめています。

たとえば、第14回で浅井長政(大貫勇輔)の謀反を知らせるためにお市(北川景子)の侍女・阿月(伊東蒼)が織田信長(岡田准一)の陣に命がけで走るシーンや、徳川家康(松本潤)が初めて信長に声を荒らげて進言するシーンに、「神回」の声が続出しました。また、第18回では、徳川が武田に全滅寸前の大敗を喫する三方ヶ原の戦いで、家臣の夏目広次(甲本雅裕)が家康の身代わりで討ち死にするシーンに感動の声が集まりました。

それでも、序盤からの「なかなか盛り上がらない」という印象を変えるまでには至らなかった感は否めないでしょう。しかし、18日放送の第23回「瀬名、覚醒」からの7月2日放送の第25回までの3話でこれまでのムードを一変し、一気に盛り上がる可能性を秘めています。

(以下、史実をベースにした多少のネタバレを含んでいます)


またまた決断を迫られる家康(画像:「どうする家康」公式HPより)

18日に放送される第23回のあらすじは、「瀬名(有村架純)が武田の使者・千代(古川琴音)と密会していることを知った家康の嫡男・信康(細田佳央太)の妻・五徳(久保史緒里)が、父・信長に密告。しかし、信長は家康の伯父・水野信元(寺島進)が武田と内通していると言いがかりをつけて処分を迫る。苦渋の末に水野を手にかけた家康は、侍女・於愛(広瀬アリス)に癒やしを求めるようになり、一方の瀬名は設楽原の戦い以来、心のバランスを失っていた信康に秘めてきた大きな夢を打ち明ける」。

ポイントになるのは、瀬名の“大きな夢”の内容ではなく、武田の使者と密会していること。さらに、それを信長に知られてしまったこと。信長は家康にまず水野信元の処分を迫り、それを瀬名と信康、ひいては家康への見せしめにするという算段でしょう。こうなると歴史を知っている人は、「ついに築山殿事件の時が来たか」と感じるはずです。

史実を知らない人のために詳細は書きませんが、このところネット上では「築山殿 最期」「瀬名 最期」などの検索ワードが上位に表示されるようになっていました。実は第21回の放送でも、瀬名と信康が家康を飛び越えて信長に進言するシーンがあり、「これは築山殿事件のフラグでは?」という声があがっていたのです。特に瀬名は、「怒りの感情で冷静さを欠いた家康をフォローして場を収める」という器の大きさを見せ、それが家康が警戒心を強める伏線になっていました。

本当に「覚醒」するのは誰なのか

これまで瀬名は太陽のように明るく天真爛漫な性格として描かれ、戦で疲弊して帰ってくる家康にとっては癒やしの存在。瀬名は家康の弱さも含めて愛し、今川を出て織田と同盟を結んだことで「裏切り者の妻」と言われて窮地に立たされたときも、その気持ちは変わりませんでした。ここまでは近年の大河ドラマでも屈指の良妻と言っていいでしょう。

家康にとってそれほどかけがえのない最愛の妻、さらには大事な嫡男を最悪の形で失ってしまうとしたら……。第23回のタイトルは「瀬名、覚醒」ですが、ここから3回の物語は「家康、覚醒」のきっかけとなる前半戦最大の山場になりそうです。

家康の生涯にはさまざまな出来事がありましたが、「どうする家康」におけるターニングポイントは天下分け目の「関ヶ原の戦い」でも、戦国の世が動いた「本能寺の変」でも、豊臣秀吉(ムロツヨシ)の死去でもなく、「築山殿事件」なのでしょう。

これまで瀬名は「悪女」として描かれることの多いキャラクターでした。しかし今作では、明るく穏やかで戦のない世を願う魅力的な女性として描かれるなど、大幅にイメージチェンジ。また、心のバランスを失い狂ったように戦う息子・信康のために「自分がひと肌脱ごう」という母としての強さも感じさせています。

演じた有村さん自身の印象も重なって視聴者の人気も高いだけに、最期のシーンまで好イメージは貫かれ、家康にどんな表情でどんな言葉をかけるのか。それとも、可能性こそ低そうなものの、裏では戦を繰り返す家康たちに失望して見限っているのか。いずれにしても、有村さんの熱演が期待されるとともに、放送後は「瀬名ロス」「有村架純ロス」の声が飛び交うのではないでしょうか。

ところがターニングポイントを過ぎた7月からの後半戦でも、そんな悲劇にも負けない重大事件が連鎖していきます。

「鎌倉殿」義時と似た成長物語

放送前から制作統括の磯智明さんが、「戦国フルコース」と語っていたようにここまで、桶狭間の戦い、三河一向一揆、金ヶ崎の戦い、姉川の戦い、三方ヶ原の戦い、長篠・設楽原の戦いなどが立て続けに描かれてきました。

今後、描かれるであろう主なものだけでも、本能寺の変、山崎の戦い、小牧・長久手の戦い、小田原合戦、関ヶ原の戦い、大坂の陣など、これまで以上の大戦がズラリ。さらに戦だけでなく、伊賀越え、関東移封での江戸入城、五大老や征夷大将軍となるなどの見どころが多く、絶望を経て覚醒した家康がどんな姿を見せるのか。つまり、後半戦では「どうする?」という悩みや迷いがスケールアップするだけに、松本潤さんの演技はこれまで以上に注目されるでしょう。

思えば昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」も主人公・北条義時(小栗旬)は、序盤こそ戦を怖がる野心とは無縁の田舎侍でしたが、仲間や主君・源頼朝(大泉洋)との悲しい別れを経て、自らが怖さを放つ存在に一変し、武士トップに登り詰める様子が称賛を集めました。

ここまでの家康と松本さんは義時と小栗さんに似たルートをたどってきているようにも見えるだけに、松本さんが築山殿事件という絶望をどう表現し、そこからどのように怖さを醸し出していくのか。まだまだ忍耐力を試されるようなシーンは多そうですが、頼りない振る舞いで周囲に「助けなきゃ」と思わせていた家康の変身が楽しみでなりません。

それ以外でも、豊臣秀吉や石田三成(中村七之助)を筆頭に著名な登場人物が多く、歴史上の重大事件が起きるたびに、それぞれがどんな姿を見せていくのか。阿部寛さん演じる武田信玄に続いて岡田准一さん演じる織田信長が退場したあとも、パワーダウンの心配はなさそうです。

女性の生き様も丁寧に描く古沢良太

折り返し地点から後半戦の残り半年間、安心して見られそうな最大の理由は、脚本を手がける古沢良太さんの存在。これまでドラマ「リーガル・ハイ」「デート〜恋とはどんなものかしら〜」「コンフィデンスマンJP」(フジテレビ系)や、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」「キサラギ」「ミックス。」「THE LEGEND & BUTTERFLY」などを手がけてきた業界トップクラスの脚本家です。

手がける作品のジャンルを問わないうえに、定評があるのは、視聴者を徹底して楽しませようとするエンタメ性の高さ。制作統括の磯智明さんが、「時代考証の先生方がうなるほど歴史史料や取材資料と格闘していた」とコメントしていたように、ここまでの物語でも史実をベースにしつつ、そこに至る心の動きを丁寧に描こうとしている様子が伝わってきます。

なかでも特筆すべきは、女性たちの描き方。大河ドラマでは「史料の少ない女性の描き方が難しい」と言われていますが、むしろ古沢さんはそれを楽しむかのように、女性たちの生き様を積極的に交えることで殺伐とした戦国の物語に彩りを添えています。

実際ここまでの物語では、家康の妻・瀬名だけでなく、娘・亀姫(當真あみ)、嫡男・信康の妻・五徳、母・於大の方(松嶋菜々子)、信長の妹・お市、今川氏真の妻・糸(志田未来)、瀬名の幼なじみ・田鶴(関水渚)、武田の間者・千代(古川琴音)、忍の女大鼠(松本まりか)などの姿が、男性たちの言動に影響を与える背景として描かれてきました。

そもそも「どうする家康」は、徳川家康の英傑伝や、「誰が天下を獲るか」のサバイバルがメインの作品ではないのでしょう。家康だけでなく家臣や家族を含めた“徳川家のホームドラマ”というムードがあり、序盤から徳川家が一歩ずつ成長を重ねていくという形で推移しています。その一歩一歩が積み重なった終盤、徳川家の絆はどれくらいのものになっているのか。徳川家という単位で楽しめるのも、古沢さんの脚本ならではの魅力でしょう。

史実に基づく物語は参考資料が多く途中参加しやすいため、「まだ見ていない」「何話か見逃した」という人も、折り返しのターニングポイントとなる23〜25話と、壮大な展開が予想される後半戦に注目してみてはいかがでしょうか。

(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)