ブラックホールが残した“星の軌跡” ハッブル宇宙望遠鏡の画像から偶然発見
【▲ ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した“星の軌跡(Trail of Stars)”。直線状に連なる星々は、銀河周辺のガスの中を高速で移動するブラックホールの航跡に沿って生じた星形成活動によって形成されたと考えられている(Credit: NASA, ESA, Pieter van Dokkum (Yale), Joseph DePasquale (STScI))】
こちらの画像、背景は「ハッブル」宇宙望遠鏡の「掃天観測用高性能カメラ(ACS)」で2022年9月に観測された「へびつかい座」の一角です。右側には中央の枠内を拡大した画像が重ね合わされています。
拡大画像を見てみると、右上から左下に向かって一筋の細い線のような何かが写っていることがわかります。ハッブル宇宙望遠鏡を運用する宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)によると、観測中のカメラの撮像素子に宇宙線が衝突すると、こうした直線状のノイズが残ることがあるといいます。
しかし、イェール大学の天文学者Pieter van Dokkumさんを筆頭とする研究チームはこの筋がノイズではなく、銀河スケールで連なる星々の輝きであると結論付けています。星々の誕生には直線の右上に写っている銀河から飛び出した超大質量ブラックホール(超巨大ブラックホール)が関わっているとみられており、移動するブラックホールが形成した“星の軌跡(a Trail of Stars)”として、STScIやアメリカ航空宇宙局(NASA)が紹介しています。
【▲ 銀河(右上)から飛び出して高速で移動する超大質量ブラックホール(左下)と、ブラックホールの航跡に沿うようにして形成された星々を描いた想像図(Credit: NASA, ESA, Leah Hustak (STScI))】
“星の軌跡”の発見は偶然の出来事でした。この近くにある矮小銀河「RCP 28」の球状星団を探していた時にたまたま気付いたというvan Dokkumさんも、最初はハッブル宇宙望遠鏡の画像に生じた宇宙線由来のノイズだと思ったといいます。ところが、van Dokkumさんが画像から宇宙線の影響を除去する処理を施しても、この筋は依然として消えずに残っていました。
冒頭の画像の作成にはACSと2種類のフィルター(F606WとF814W)を組み合わせて取得された2つの画像が使われているのですが、2つの画像を1回の観測で同時に取得することはできないため、画像を取得したタイミングにはハッブル宇宙望遠鏡が地球を1周するのに要する90分ほどのタイムラグがありました。それにもかかわらず、この筋は2つの画像の同じ場所に写っていたことから、宇宙線の影響で偶発的に生じたノイズとして説明するのは難しいことになります。「私がこれまでに見たどのようなものとも違っているように見えました」(van Dokkumさん)
そこで、van DokkumさんたちはハワイのW.M.ケック天文台で分光観測(電磁波の波長ごとの強さであるスペクトルを得る観測手法)を実施。観測データを分析した結果、この筋は幻ではなく実際に星々が連なってできた直線状の構造……先述の“星の軌跡”であることがわかりました。“星の軌跡”の長さは天の川銀河の直径の2倍に相当する約20万光年で、地球からの距離は約76億7000万光年とされています。
【▲ 銀河の合体と超大質量ブラックホール放出のプロセスを示した図(Credit: van Dokkum et al.)】
研究チームはこの“星の軌跡”について、軌跡の右上に写っている銀河で複数回起きた銀河どうしの合体の結果として形成されたのではないかと考えています。そのプロセスは次の通りです(図を交えて説明します)。
まず、過去のある時点で2つの銀河が合体し(1)、それぞれの銀河の中心部分にあった超大質量ブラックホールは接近して連星を成すようになりました(2)。その後、別の銀河が接近して再び相互作用が始まると(3)、3つに増えたことでブラックホールの軌道は不安定になります(4)。やがて1つのブラックホールが銀河から放り出されると、残り2つのブラックホールからなる連星ブラックホールもまた、反動で銀河から飛び出してしまいます(5)。
放り出されたブラックホールは銀河周辺の希薄なガスを圧縮しながら高速で移動しており、その背後には星を形成できるほどに温度が低くなったガスが航跡のように続いているとみられています。このガスから形成された星々こそ、現在私たちが観測している“星の軌跡”だというのです(6)。
【▲ 今回の研究成果を解説した動画(英語)】
(Credit: NASA's Goddard Space Flight Center)
“星の軌跡”として観測されている若い星々の形成を促したブラックホールの質量は、太陽の約2000万倍と推定されています。このブラックホールは軌跡の両端のうち銀河から遠いほうの端(冒頭の画像で言えば左下の端)に位置するとみられていますが、その場所では塊状に分布するイオン化した酸素が検出されています。軌跡の先端ではガスの中を高速で移動するブラックホールによる衝撃を受けて銀河周囲のガスが加熱されている可能性があるものの、実際の詳しい仕組みはまだわかっていないとvan Dokkumさんは語っています。
研究チームの仮説に従えば、2回の銀河合体で集まった3つのブラックホールはすべて銀河から飛び出してしまったことになります。実際に“星の軌跡”右上の銀河では、少なくとも活動中の超大質量ブラックホールの存在を示す兆候は検出されていないといいます。また、銀河を挟んで“星の軌跡”の反対側にはより暗くて長さも短い別の構造らしきものが存在するといい、反動で飛び出した連星ブラックホールの存在を示している可能性があるようです。
研究チームは仮説を検証するための次のステップとして「ジェイムズ・ウェッブ」宇宙望遠鏡や「チャンドラ」X線観測衛星による追加観測に言及しています。また、ハッブル宇宙望遠鏡と比べて100倍の視野を一度に観測できる「ナンシー・グレース・ローマン」宇宙望遠鏡(2027年打ち上げ予定)が登場することで、このような“星の軌跡”がさらに見つかる可能性に研究チームは期待を寄せています。
※記事中の距離は天体から発した光が地球で観測されるまでに移動した距離を示す「光路距離」(光行距離)で表記しています
Source
Image Credit: NASA, ESA, Pieter van Dokkum (Yale), Joseph DePasquale (STScI), Leah Hustak (STScI)NASA - Hubble Sees Possible Runaway Black Hole Creating a Trail of StarsSTScI - Hubble Sees Possible Runaway Black Hole Creating a Trail of Starsvan Dokkum et al. - A Candidate Runaway Supermassive Black Hole Identified by Shocks and Star Formation in its Wake (The Astrophysical Journal Letters)
文/sorae編集部