2022年9月10日にアメリカ・カリフォルニアのロングビーチで開催された「Japanese Classic Car Show」の様子(写真:平野 陽)

日本の自動車メーカーがアメリカに進出したのは、1950年代の終わり。トヨタが1957年、ホンダが1959年、日産が1960年に、それぞれ現地法人を起ち上げている。


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そして日本車にとって風向きが変わるきっかけとなったのが70年代のオイルショックだ。小型軽量で燃費がよく、故障も少なかった日本製のクルマが脚光を浴びた。そして現在、その当時のクルマたちが「クラシック」や「ビンテージ」と呼ばれる領域に入り、多民族国家アメリカでも熱狂的な愛好家たちによって広く支持されている。


イベントは、年に1度開催され、日本製の旧車愛好家が自慢の愛車を展示する(写真:平野 陽)

2005年からカリフォルニア州で開催されている「Japanese Classic Car Show(以下JCCS)」は、そんな日本製の旧車愛好家たちが年に1度集まり、自慢の愛車を展示するイベントだ。今年で17回目を数えたJCCSは、9月10日(土)にロングビーチのマリーナ・グリーンパークで開催された(※2020年はコロナ禍によりオンラインのみで開催)。

ショーに参加していた540台を超える旧車の中から、今回はとくにアメリカで人気の高いモデルを振り返っていこう。

ダットサン240Z(日産フェアレディZ)

アメリカでもっともシンボリックなジャパニーズ・クラシックといえば、日産の初代「フェアレディZ」をおいてほかにない。アメリカでは「ダットサン240Z」という車名で知られ、のちに排気量の変更にともなって「260Z」「280Z」と名称を変更している。アメリカでまだ日本車が認められていなかった時代に、Mr.K(ミスターケー)こと片山豊(米国日産の初代社長)の尽力によって開発され、1969年にデビュー。ピート・ブロックが率いるレーシングチーム「BRE(ブロック・レーシング・エンタープライズ)」がチャンピオンに輝くなど、レースでの活躍も話題となり、240Zの登場がアメリカ人の日本車に対する見方を変えたとも言われている。


Gノーズと呼ばれるフロントバンパーを備える72年式ダットサン240Z。この車両はフェアレディZの生みの親であり、「Mr.K」の愛称でも知られる片山豊さんが実際に所有していたクルマ。片山さんが米国日産を退社する際に、長年秘書を務めていたジョニー・ゲーブルさんに寄贈された。ゲーブルさんも2020年に他界され、現在はご家族に引き継がれている(写真:平野 陽)


大ヒット映画「ワイルド・スピード」シリーズで、ハン役を演じている俳優サン・カンさんが所有する71年式のダットサン240Z。日本の旧車はアメリカのセレブリティからも愛される存在だ(写真:平野 陽)

ダットサン510(日産ブルーバード)

アメリカでは240Zと並ぶ人気を誇るのが「ダットサン510」。いわゆる510型の日産「ブルーバード」で、こちらも同じくBREがTrans-Amシリーズ2.5Lクラスを2連覇したことで知名度を飛躍的に高めた。240Zが2ドアのスポーツクーペだったのに対して、510はより一般的な大衆車であり、ボディバリエーションもセダン、クーペ、ワゴンなどを幅広く展開。同じセダンでも日本では4ドアが中心だったのに対して、アメリカでは後席ドアを備えない2ドアセダンが主流だったという細かな違いもある。


往年のレーシングチーム「BRE」のカラーリングを再現したレプリカ仕様のダットサン510(写真:平野 陽)


BREを率いたピート・ブロックさんがプロデュースした「ブロックバスター」をベースに、細部を再現した72年式ダットサン510(写真:平野 陽)

トヨタ カローラ

歴代のトヨタ・カローラ、とくにFR(フロントエンジン・リアドライブ)を採用していた4代目までの各モデルはアメリカで根強い人気を誇る。トヨタ車の場合は、例えばフィリピンやプエルトリコなど、トヨタの現地シェアが高い国々から移民としてアメリカに渡った人や、その子孫たちから広く支持されているのも特徴だ。古いトヨタ車を所有することが自身のルーツを尊重し、アイデンティティのひとつであると認識するアメリカ人の話に触れると、トヨタがいかにグローバルな企業であるか再認識するとともに、日本人として誇らしい気分にさせられたりもする。


日本では「カローラレビン」として知られるTE27型「カローラクーペ」。こちらの74年式モデルは、北米仕様には設定のなかったツインカムの2T-G型エンジンに換装されている(写真:平野 陽)


ハチロクの愛称でも知られるAE86型のカローラレビンと「スプリンタートレノ」。アメリカでは「カローラGT-S」という車名で販売されており、本来はスプリンタートレノと同じリトラクタブルヘッドライトを装着。日本仕様のカローラレビンと同じ固定ヘッドライトに変更するのを好む愛好家も多い(写真:平野 陽)

トヨタ セリカ

日本では「ダルマセリカ」の愛称でも知られる初代「セリカ」は、当時アメリカで人気だったマスタングなどのポニーカーを模範としたスタイリングを採用。ボディタイプはクーペとリフトバックが設定されていた。日本では「GT」グレードにトヨタ自慢のツインカムエンジンが搭載されていたのに対して、北米仕様にはシングルカムエンジンの設定しかなく、さらに75年モデルからは、いわゆる5マイルバンパーが装着された。そのためアメリカの愛好家の間では、日本仕様のツインカムエンジンに載せ替えたり、クローム処理されたショートバンパーに交換したりすることが定番のカスタマイズとなっている。


レーシングジャケットと呼ばれるヘッドライトカバーを装着した71年式セリカクーペ。北米仕様は本来、ドアミラーが装着されるが、こちらは日本仕様と同じフェンダーミラーに変更されている(写真:平野 陽)


こちらはリフトバック仕様の初代セリカ。75年モデル以降に備わる5マイルバンパーが装着されている(写真:平野 陽)

ホンダN600

ホンダがアメリカに進出した当初は「ベンリイ」「ドリーム」「スーパーカブ」といった2輪車の販売からスタート。はじめてアメリカで発売した4輪車が「N600」である。日本では排気量354ccの軽自動車だったN360に、598ccの直列2気筒エンジンを搭載。2ドアの600クーペ(ホンダZ)もラインナップし、2輪車で開拓した販売網を通じて販売されていた。JCCSでは毎年少なくない数のN600と、そのオーナーに出会うことができるのだが、みなおしなべて「小さいものを愛でる」という日本流の文化や価値観に親近感を抱いている印象を受ける。


ホンダがはじめて北米に輸出した4輪車であるN600。ハイウェイの平均速度が日本よりも速いアメリカでは明らかに非力だが、逆に小さくて遅いからこそ好きだという愛好家も多い(写真:平野 陽)


日本ではホンダZクーペとして知られる600クーペも、JCCSでは見かけることの多いモデル。こちらの72年式モデルは、もう1台別の600クーペをトレーラーに改造して牽引している(写真:平野 陽)

ホンダ シビック

オイルショックが巻き起こした時代の風に乗った象徴的な日本車といえば、ホンダの「シビック」だろう。デビューから1年後の1973年には、世界に先駆けてマスキー法をクリアしたCVCCエンジンを実用化。燃費や大気汚染を気にするようになったアメリカ人に、「市民の〜」というなじみやすい名前の小さな日本車が売れるようになったことはエポックメイキングな出来事だった。4輪車の進出が他社より遅かったこともあってか、ユーザーの年齢層もいくぶん若く、派生モデルである「CR-X」を含め、6代目のEK型くらいまで息の長い人気を獲得している。


世界ではじめてマスキー法をクリアしたCVCCエンジンを搭載する75年式の初代シビック(写真:平野 陽)


もともとシビックの派生車種として登場したCR-Xもアメリカで人気の高いモデル。この90年式の車両は右ハンドルなので、おそらく日本から並行輸入されたものと思われる(写真:平野 陽)

マツダのロータリーエンジン搭載車

マツダが対米輸出を開始したのは1970年。当時の主力モデルであり、現在多くの愛好家に親しまれているのが「RX-2(カペラ)」や「RX-3(サバンナ)」、そして「RX-7」といったロータリーエンジン搭載車だ。もはやロータリーエンジン自体が希少なため、台数も目立って多いというほどではない。それでもほかでは味わえないロータリーサウンドの魅力に取り憑かれたオーナーたちは、宿命を負うかのごとく愛車の維持に余念がない。


日本ではカペラロータリークーペとして知られるマツダRX-2。1.2Lのロータリーエンジンを搭載する(写真:平野 陽)


日本ではサバンナ、アメリカではRX-3として知られるロータリーエンジン搭載モデル。この車両は77年式で、オプションだったスペシャル・アピアランス・パッケージを装着するRX-3 SP。本来は12A型のロータリーエンジンを搭載するが、より排気量の大きい13B型に載せ替えられている(写真:平野 陽)

(小林秀雄 : ライター)