奥野一成のマネー&スポーツ講座(12)〜貯金と投資

 前回は、集英高校の野球部顧問を務めながら、家庭科の授業で生徒たちに投資について教えている奥野一成先生から、「高校生がアルバイトをすることのメリットとデメリット」について話を聞いた3年生の野球部女子マネージャー・佐々木由紀と新入部員の野球小僧・鈴木一郎。「投資」という考え方が、「目先のお金」を増やすことより、長い人生をどう歩んでいくかに深く関係することを思い知った。

 高校生にとっての「目先のお金」ということでいうと、アルバイトとともになじみ深いのが「貯金」だ。アルバイトで得た収入や親からもらったお小遣いを、すぐに使ってしまう生徒もいれば、貯金する生徒もいる、由紀と鈴木は後者のタイプのようだ。

 ちなみに前回も紹介したSMBCコンシューマーファイナンスがこの夏、15〜19歳の学生1000名を対象に行なった「10代の金銭感覚についての意識調査2022」と題したアンケート調査は、高校生の貯金についても調べている。それによると、「預貯金をしている人の割合は高校生では57.3%(1年前の前回調査より10%上昇)」、「預貯金をしている人の預貯金は高校生では平均11万6725円(前回より約3万円アップ)」とのこと。高校生は貯金を殖やす傾向にあるようだ。

 野球の練習を終えた由紀と鈴木は、いつものように奥野先生を囲んで話をしている。

鈴木「あ、僕は平均よりも貯金しているな」
由紀「いくらぐらい?」
鈴木「ヒミツ。先輩は?」
由紀「私は平均ぐらいかな。特にがんばって貯めているつもりは全然なくて、必要なものにしか使わなかったら、このぐらいは貯まっていたという感じ」
鈴木「僕はかなり意識的に貯金している。練習の帰りにパンを買ったりするのもやめたし。なんか預金通帳の金額が増えていくのって、嬉しいんですよね。大金持ちになる道を一歩一歩歩んでいる感じがして」
由紀「奥野先生、鈴木君の歩んでいる道は億万長者につながっているんでしょうか?」

必要な貯金の目安は年収の半分

奥野「もしかしたら由紀さんは、『預金だけではなく、株式投資なども考えないと億万長者になれない』と考えているのかもしれないけど、鈴木君の行動は今のところ正しいと、先生は思うんだ。

 なぜなら、最低限の現金は持っておく必要があるからね。最低限の現金がいくらなのか、という点についてはまた別の議論になるのだけれども、大人について一般的に言われているのは『年収の半分くらい』かな。

 社会人になって、どのような仕事をするのかにもよるけれども、普通に会社員になった場合、初任給が21万円くらい。1年ではその12倍で252万円。そこにボーナスを加算して300万円くらい。そう考えると、社会人1年目にして仮に150万円くらいの預貯金を持っているとしたら、これは結構、心強いと思うし、他の同期に対して、少なくとも持っている資産という点では一歩リードできる。

 どうして年収の半分を現金で持つことが大事なのかというと、不測の事態が生じた時、その現金が強い武器になるんだよ。

 たとえば勤めている会社が倒産してしまった時、他の働き口を探さなければならない。倒産は会社都合だから、申請してすぐに失業保険を受け取ることができるのだけれども、これに年収の半分くらいの貯蓄があれば、生活水準を落とさずに済むし、何よりも心にゆとりを持たせた形で再就職先を探すことができるから、納得できるところに就職できる可能性が高まるというわけなんだ」

鈴木「じゃあ、僕の行動は正解なんですね。これからもどんどん貯蓄をしていこう」。
由紀「でも、預金って金利が全然つかないですよね。少なくとも預金してるだけでは、億万長者にはなれないんじゃないかな」。

奥野「最低限のお金を準備しておくのは確かに大事なんだけれども、そのままひたすら貯蓄をし続けるのも、正しい行動とは言えないね。

 きっと鈴木君が貯蓄に励んでいるのは、具体的にいつになるのかはわからないけれども、貯蓄したお金を自分の趣味など消費に充てることが目的になっているんじゃないかな。

 これは鈴木君に限ったことではなくて、日本人の多くの人がそう考えているような気がするんだけど、預金の額を積み上げていくにしても、あるいは株式投資でお金を増やすにしても、少し増やしたら遊びに行くとか、ちょっと贅沢をするとか、増やした分の一部を使って楽しく人生を過ごしたいという動機で蓄財に励んでいるんじゃないかな。

 これって、典型的な『PL思考』なんだ」

鈴木「PL学園?」

「PL思考」とは?

奥野「PLというのは『Profit and Loss』、つまり損益計算書のことで、企業が1年間に得た収益と、使った経費の差し引きで、最終的にどのくらいの利益が得られたのか、あるいは損失を被ったのかを見るためのものなんだ。だから将来、何らかの形で消費することを目的にして、それに必要なお金を働いて貯蓄する、あるいは投資で増やすというのは、まさに『PL思考』そのものといっていいだろうね。

 でも、このように使うために貯める、増やすというのは刹那的であり、資産形成にとって大事な時間軸が全く考慮されていない。本当の億万長者は、そういう考え方をしないんだ。

鈴木「でも、貯蓄や投資って、結局のところ将来、何かにお金を使うためにするものじゃないかな」」
由紀「先生が言う『PL思考』があるってことは、ひょっとしたら別の思考もあるということですか」。

奥野「ふたりともまだ若いから実感がないと思うのだけれども、たとえば80歳になった時、投資しようと思うかどうか。ちょっと想像力を働かせてごらん。『もうそんなに長生きできないから投資、とりわけ長期投資をする意味なんてないよ』って思うかもしれないね。

 でも、実は70歳、80歳、あるいは90歳になったとしても、実は投資って必要なものなんだ。

 鈴木君が言うように、大半の人は『PL思考』で貯蓄や投資を捉えている。ライフプランで言うと、結婚するお金、子供の教育資金、家を買うためのお金、自動車を買うためのお金、日々の生活費や遊興費など、人が生きていく以上はお金が必要だし、できることならちょっとだけ贅沢もしたいので、お金を貯める、あるいは増やす。

 でも、富裕層と言われている人たちは、もちろん消費はするんだけれども、贅沢な消費をするために投資をしているのではないんだ。

 富裕層はお金をたくさん持っているから、お金を増やす目的で投資をする必要はどこにもない。ただ、彼らが唯一恐れるのは、自分がこれまでに築いた資産の価値が減ってしまうことなんだ。

 たとえば100億円の資産を持っているお金持ちは、100億円を現金で持っているわけではない。現金なんてほんの数%くらいで、残りの大半は、たとえば自分が経営している会社の株式、上場株式、未上場株式、不動産、金、暗号資産、ヘッジファンドなど、実にさまざまな資産クラスに分散して持っている。

 なぜそんなことをするのかというと、自分の資産を城に見立てて、敵に攻め込まれたとしても、それを撃退できるようにするためなんだ」

個人にとっての投資の必要性

奥野「最近は世界的なインフレが問題になっているけれども、そのように経済環境が激変したとしても、自分の資産の目減りを最小限に抑えられるように守りを固める。これを『BS思考』と言うんだ。

 ちなみにBSとは『Balance Sheet』で、貸借対照表のこと。これを見ると財務体質が強固なものかどうかが、ひと目でわかる。多くの企業は売上を増やすのと同時に、簡単に倒産しないように、強固な財務体質を築く努力をしているのだけれども、それは個人も同じだよね。破産なんてしたくないから、仕事で稼いだ現金を他の資産に変えて、守りを固める必要がある。

 だから個人でも投資をする必要があるし、自分の財産を守るのに年齢は関係ないから、歳を取っても投資し続けることが肝心なんだ」

鈴木「今、先生が株式や不動産、金といった資産に分散するってことを言いましたけど、これって値段が動きますよね。値段が下がったら、何もしなくても資産が目減りしてしまうことになりませんか」
由紀「私も同感です」

奥野「株式を例に説明すると、株価はあくまでも株式市場での評価であって、企業の本質的な価値から乖離するのは、よくあることなんだ。たとえば期待感が強まれば、本質的な価値に対して株価は割高になるし、失望感が広がれば、本質的な価値に対して株価は割安になる。

 でも、ちゃんと利益が成長していく企業の株式に投資すれば、目先的には期待感や失望感で株価が上下したとしても、やがて本質的な価値を反映して、株価は徐々に上昇していく。

 だから、収入として得た現金をそういう資産に変えておけば、経済環境が厳しい状況になったとしても、資産価値が大幅に目減りすることを避けられる可能性が高まるし、経済環境がよくなれば、自分の所得に加えて、投資している企業の成長に乗じて資産が増えていく。そうなると由紀さんが言う、億万長者への道も近づくかもしれないね」

奥野一成(おくの・かずしげ)
農林中金バリューインベストメンツ株式会社(NVIC) 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2014年から現職。バフェットの投資哲学に通ずる「長期厳選投資」を実践する日本では稀有なパイオニア。その投資哲学で高い運用実績を上げ続け、機関投資家向けファンドの運用総額は4000億を突破。更に多くの日本人を豊かにするために、機関投資家向けの巨大ファンドを「おおぶね」として個人にも開放している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』『投資家の思考法』など。