オランダを救ったカタールW杯最高のウイングバックは、1対2でもサイドを制す
アメリカ代表と言われてパッと名前が出てくる選手といえば、ジョージ・ウェアの息子、ティモシー・ウェア(右ウイング)の前に、クリスティアン・プリシッチではないだろうか。その10番を背負うチェルシー所属の左ウイングの目の前に、開始3分、絶好球が回ってきた。
GKアンドリース・ノペルトと1対1になったプリシッチは、利き足である左足でシュートを放つチャンスにありながら、決めきることができなかった。アメリカの左サイドがストロングポイントであることを再認識した瞬間だったが、同サイドはオランダのストロングポイントであることも、ほどなくして明らかになる。アメリカの左とオランダの右。そこはストロングポイント同士が交錯する場所だった。
アメリカは布陣が4−3−3なので、左のサイドアタッカーには、プリシッチの他にもうひとり左サイドバック(SB)のアントニー・ロビンソンがいる。一方のオランダは3−4−1−2だ。サイドアタッカーは両サイドにひとりしかいない。両サイドに反映されるこのサイドアタッカーの枚数の関係(1対2)は、思いのほかピッチ全体に波及する。「サイドを制する者は試合を制す」と言われる所以である。少なくともサイドの攻防でオランダは、数的に不利を強いられているはずだった。
ところが開始10分、オランダは右サイドをデンゼル・ダンフリースが疾走する。このインテル所属の右WBは、中央の状況に目を凝らす十分な余裕を持ち合わせていた。折り返されたその先にはメンフィス・デパイが構えていた。オランダの10番は、ゴールの逆サイドにクリーンシュートを軽やかなステップを踏みながら流し込み、先制弾とした。
オランダは左のデイリー・ブリント(ダニー・ブリントコーチの息子)が、5バックの一員になりやすいWBであるのに対し、右のダンフリースは数的不利も何のその、頑張って高い位置をキープする。そこから推進力を活かした直進性を発揮する。
アメリカ戦で3得点すべてに絡む活躍を見せたデンゼル・ダンフリース(オランダ)
今大会、3バックのチームが全体の3割弱を占める中で、オランダは最も5バックになりやすい3バック(3−4−1−2)を敷くにもかかわらず、ダンフリースは高い位置を張る。彼のこの頑張りでオランダは、全体のバランスを何とか保っている。そうした見方もできる。
「プリシッチ+ロビンソン」対ダンフリース。アメリカはこのサイドの攻防で劣勢を強いられたことが敗因だった。ダンフリースは前半終了間際にも、マイナスの折り返しを決め、アシスト役を演じた。得点パターンは1点目とほぼ同じ。決めたのは左WBのブリントで、身体を開きながら、左足できれいに流し込んだ。
戦前、筆者はアメリカにチャンスありと予想した。オランダの3バックは間延びしやすいと見たからだ。3−4−1−2の前の3人が、相手ボールに転じた際、プレスに参加できない「死んだ人」になることが多く、1回攻めると相手が格下でも反撃を浴びる構造になっていた。最終ラインとトップとの間がスカスカになり、相手にスペースを与えることが多かった。この試合でも、そうした傾向は見られた。
だが、その前にオランダの持つもうひとつの特徴が発揮されたことも事実だった。パスワークの質は、パスが出し手と受け手の2者間の関係で終わるチームより、3者的な広がり、4者的な広がりを持つチームのほうが高いとされる。攻撃のレベルの高さを示す物差しといってもいいが、今大会のオランダはその点が断然、優れている。どこよりもクリエイティブなパスワークを展開する。
それでいながら、ボールを奪われると、危ないサッカーに急変するわけだが、この試合でアメリカは、高い位置でオランダのボールを奪うことができなかった。オランダを慌てさせる機会が、戦前の想像よりはるかに少なかった。オランダの多彩なパスワークに圧倒された。予想以上に相手のパスワークが上等で、面食らったという感じだった。
とはいってもアメリカは大国だ。サッカーにおいても、これまで数々のアメリカンスピリットを発揮してきた。最後まで諦めない精神である。後半31分、チャンスメークをしたのはプリシッチで、その右からの折り返しを、交代出場のハジ・ライトがうまく引っかけ、1点差とした。
アメリカンスピリットが全開になれば、終盤、試合はもつれそうな雲行きだった。ところが、プリシッチのアシストに触発されたのか、土壇場で再びダンフリースが登場した。
その5分後(後半36分)、左WBブリントが左から狙いすましたクロスボールを対角線気味に送り込むと、駆け上がったダンフリースが、待ってましたとばかりダイレクトで決め、ダメを押したのだ。オランダの両WBの足は、終盤になっても衰えなかった。
デパイ、コーディ・ガクポ、フレンキー・デ・ヨング、フィルジル・ファンダイク、ナタン・アケ、マティアス・デリフトなど、知名度の高い選手がずらり並ぶオランダだが、最も代えの効かない選手はと問われると、ダンフリースになる。
馬力、走力、持久力に加え、ウナギのようなクネクネ感を備えているので、大きなフェイントがなくてもタッチライン際を、それこそ泳ぐような独得のアクションで前進する。今大会最高のWBから目が離せないのである。