スペイン戦後、選手取材のミックスゾーンに姿を現した谷口彰悟。その表情からは、スペイン相手に十分に戦いきった感があふれ、劇的な勝利に気持ちが高揚しているのが見てとれた。

「初めてのW杯の舞台はよかったですね。楽しかったです。すごくいい緊張感のなかでやれたのもすごくよかったですし、しっかりとスペインに勝った、というのも最高です」

 思わず笑みがこぼれた。


強豪スペイン相手にも冷静に対処していた谷口彰悟

 谷口は31歳で初めて、W杯の日本代表メンバーに選出された。川崎フロンターレでは、高い守備力と卓越したビルドアップ能力で最終ラインをけん引。キャプテンとしても優れたリーダーシップを発揮し、チームをまとめる存在だったが、これまで代表にはあまり縁がなかった。

 しかし、W杯アジア最終予選で吉田麻也、冨安健洋が負傷などで不在のなか、安定したプレーを見せ、森保一監督の信頼を勝ちとった。そして11月1日、カタールW杯に挑む26名の代表メンバーに名を連ねた。

 ただ、J1リーグ最終戦のFC東京戦で鼻骨を骨折。W杯本番では板倉滉にスタメンの座を譲って、初戦のドイツ戦、2戦目のコスタリカ戦と出番はなかった。ドイツ戦では歴史的な勝利に触れて喜んではいたが、自身のことになると、口が重くなった。

「なかなか試合に出られないなか、コンディションやメンタルをコントロールするのは簡単じゃないですね」

 谷口は、厳しい表情でそう語った。

 選手には、リズムというものがある。試合、休養、練習というサイクルで進み、そのリズムに乗ることでコンディションが上がり、安定したパフォーマンスを発揮することができる。だが、試合に出られないと、どうしても試合レベルの負荷がかかりにくく、コンディションを上げるというより、維持することで精一杯になる。

 谷口も、いつ出番がくるのか見えないなか、W杯という大舞台でコンディションとメンタルを整える難しさを感じていた。

「W杯を戦う選手は、『オレを出せよ』って思っている選手しかいないと思うんです。自分も試合に出られないのは悔しいですし、ピッチに立ちたい気持ちはあります。

 でも、その気持をどこかにぶつけることはないですね。サッカーのことはサッカーでしか返せないですし、自分に出番が回ってきた時にちゃんとしたパフォーマンスを出すために準備をし続ける。毎日の練習をしっかりこなし、そこで発散していく。

 そうして、ネガティブな気持ちを超越していくのは当たり前のことですし、代表はそういうことができる選手の集まりだと思います」

 後半から3バックに移行したドイツ戦で冨安が途中出場した時も、悔しい思いを抱えたが、監督の決めた選手起用に対してアクションするのは無駄なパワーを使うことだと思い、チームの勝利を願ってベンチから応援した。試合後は勝利の余韻に浸るのではなく、「早く練習をしたい」と思って、次の試合に結びつけていけるように気持ちを切り替えた。

 コスタリカ戦前の練習では、齊藤俊秀コーチとグラウンドを歩き、同じDFとして試合を振り返りつつ、感覚をすり合わせる作業をした。結局、コスタリカ戦も出番はなかったが、ぐっとこらえて、その日を待った。

 ようやく森保監督からスタメンを言い渡されたのは、スペイン戦の2日前だった。

「よっしゃー、やっときた。やってやるぞという気持ちになりました」

 スペインの動き、前線の選手の特徴を頭に入れ、ピッチに立った。最初は緊張したが、そこはベテランだ。呼吸を整え、動いている間に比較的落ち着いてプレーできるようになった。しかし前半11分、アルバロ・モラタにフリーでゴールを決められ、スペインに先制された。

「できるだけゼロの時間を長くするということを、試合前にみんなで話をして試合に入ったんですけど、あんな形で失点してしまって......。とにかく、1−0の状態で我慢しながら冷静に戦おうという話をピッチ内でしていました」

 スペインにボールを完全に保持され、相手のポゼッション率は79%にも及んだが、谷口ら最終ラインは慌てなかった。厳しい状況のなか、活路を見出すべく、視野を広げてプレーした。

「防戦一方のゲームになると、どうしてもマイボールの時間がほしくなりますし、自分たちがボールを動かす時間を作りたいと、みんな思っていました。なので、自分が(ボールを)奪った時には落ち着いて、周囲を見ながら誰に(ボールを)つけたら時間ができるかなっていうのを考えながらやっていました。

 それでも、相手にすぐボールを回収されて、また攻撃されるという状態が続きましたけど、そのトライは今後もできる限りやりたいと思います」

 前半、失点したことと、最終ラインの吉田、板倉、谷口のセンターバック3人がイエローカードをもらったことは想定外だったが、ロッカールームでは「後半は前から行くぞ」と選手間で意志統一を図り、反撃に出る意識は高まっていた。

「もう一回仕切り直して、我慢強くやりながら『チャンスはあるぞ』っていうのはロッカーで話をしました。あとは(三笘)薫と(堂安)律が入るんで、律 はボールが持てるし、薫はできるだけ高い位置で仕事させようと思っていました。

 そのふたりが頑張ってくれて、律のシュートが入ってからは、僕らの空気も、会場の空気も変わって、『これはいけるぞ』って感じになりましたね。

 1−1になった時は、この勢いのまま流れを変えずにいこうという話をして、2−1になってからは、薫の位置とかを少し落ち着いた状態にして、ある程度ブロックを引いて、後ろで守って、という狙いを持ってプレーしていました」

 3バックの守備が機能し、スペインの圧も前半ほどきつくなくなってきたなか、相手もフレッシュな選手を投入してきた。森保監督は右サイドをケアするために冨安を入れ、最終ラインはセンターバック4人が並ぶ未知の布陣となったが、特に慌てることはなかった。

「監督からはいつも、(どんなシステムにも対応できるように)準備をしておいてほしいという話があった。ふだんと違うポジションでプレーする人もいましたけど、みんな(そういう)準備をして入ってきていたし、与えられた役割をしっかりと果たしたと思います」

 7分という長いロスタイムが終わって笛が鳴ると、谷口は大きくガッツポーズした。

 谷口にとってW杯初出場の試合は、初戦のドイツ戦に続いて歴史的な勝利になった。強豪相手に緊張はしたが、焦らず、ビビらずにプレーできたのは、谷口自身のプレーヤーとしての経験もあるが、W杯経験者の声も大きかった。

「大会前にW杯を経験した人が、心構えとかを教えてくれたんです。W杯では交代選手ひとりでガラリと展開が変わるとか、1プレーで雰囲気が変わるとか、そういう大会がW杯だと。

 そういうことを聞くと、簡単じゃない大会だなと。また、何かが起こりそうだなと思う反面、自分たちも何かを起こせる大会になるんじゃないか、というのをすごく感じました。そういう怖い部分とポジティブな部分の両面を意識しつつプレーできましたし、ほんと、勝ててよかったです(笑)」

 スペイン戦は、ポジティブな面に転んだ。自分のパフォーマンスにも自信を持てた。W杯での試合出場という段階もクリアした。そうすると、「次も」という欲が出てくるはずだが、谷口は冷静だった。

「スペインに勝ってちょっと喜びたいところですけど、自分たちはベスト8以上を目標に来ているので。ここでもう一回、引き締めてクロアチアに勝って、日本が見たことがない新しい景色を見たい。そのために、次に向けて、ちゃんと準備していけたらと思います」

 スペイン戦で3バックの左でもプレーできることを証明した谷口。森保監督は新たなオプションを手にし、谷口は次のチャンスを得るための"手形"を得た。

 そして谷口は、次に向けてすでに準備を進めている。