健康で長生きするにはどうすればいいのか。脳科学者の西剛志さんは「脳年齢を若く保つことが重要だ。部屋が寒いと認知症リスクが高くなり、脳の老化が進みやすい。室温は18度以上に保ったほうがいい」という――。

※本稿は、西剛志『80歳でも脳が老化しない人がやっていること』(アスコム)の一部を再編集したものです。

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■「何もしていない時間」が健康長寿をもたらす

「毎日たくさんの予定を入れて、忙しくする。充実感もあるし脳にもいいので、いくつになってもその生活をキープしていきたい」

もしあなたがそう思っていたら、少し待ってください。

この考え方、脳にとってよくない部分もあります。スーパーエイジャー(80歳以上になっても新しいことに挑戦し続けて人生を謳歌している脳と体が老化していない人)の生活習慣で多くの人に共通していることのひとつに「リラックスする時間がある」ことが挙げられます。

「ボーッとしている時間があると脳は働かなくなるんじゃないの?」と思うかもしれませんが、実はそれは半分正解で、半分間違いです。

ここでいうリラックス時間とは、好きなことをする、お酒を楽しむ、仕事とは関係ない趣味をする、ボーッと空を見たり、風呂につかったり、好きな音楽にひたったり、カフェでゆっくり本や新聞を読むなどの時間で、大切なのは「心がゆったりしていて、難しいことを考えていない状態」を指します。

要は、「休息していると自分が認識している時間」ですね。

こういう時間をしっかりととることがなぜ必要か、そこには明確な理由があります。それは、ストレスが脳にダメージを与えるからです。ストレスレベルが高いと、認知症のリスクが上がることが、最新の研究で結論づけられました。

リラックスできる時間は、脳のストレスを下げる効果があります。たとえば体の調子が悪いとき、面白いテレビや動画を見たり、音楽を聴いたりすると、気分が楽になって体調がよくなったように感じた経験はないでしょうか?

専門用語では「打ち消し効果」と言って、私たちはマイナスな状態になったとしても、プラスのものに触れることで、ストレスが相殺されるのです。

■ボーっとしている時間に脳全体が活性化する

リラックスする時間の中で、何もしていない時間に、実は脳が最も活性化していることがわかっています。これを「デフォルトモードネットワーク」と言います。

デフォルトは英語で「何もしないこと・怠慢」などの意味です。何もしない状態(モード)の脳がネットワークが一番活性化しているという意味の用語です。何もしないときは、脳も何もしていない状態と思うかもしれませんが、全くそんなことはありません。

むしろ逆で、運動をしているときよりも、計算しているときよりも、活性化しています。しかも特定の部分だけではなく、脳全体が活性化しているのです。

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たとえば、入浴してボーッとしたり、カフェで何もせず時の流れに身を任せているとき。その瞬間、脳はこれまでの情報を統合しています。

要はごちゃごちゃした状態を整理しているのです。インプットした情報を整理し、自分のものにしていくためには、休息の時間も必要なのです。

睡眠中に脳はすごい働きをしているという話を聞いたことがありませんか? これも同じことです。睡眠不足は脳にとっても大敵ですし、若い頃にテストの一夜漬けをしても全く身についていなかったというのも、同じ原理です。

いくら忙しくても、リラックスする時間、休む時間を設けることは脳に必要なことなのです。その時間をつくることで、認知機能が上がります。

ただ、ここはバランスが必要です。ずっとリラックスしたまま、休息したままだとインプットされるものがないので、デフォルトモードネットワークは起きません。認知機能も上がりません。

ですから、毎日やることをちゃんとつくり、その間にリラックス時間をつくる。そのバランスが大切なのです。

■趣味が多い人は認知症になりにくい

65歳以上の人の約3割は「趣味の数がゼロ」だそうです。仕事や子育てに奔走していた頃はなかなか趣味の時間をとるのが難しかったという人もいると思いますが、65歳以上になったら趣味を持つことをおすすめします。

趣味は人生を楽しむ要素というだけでなく、「認知症の予防効果」もあるからです。

実は、趣味の数が多い人ほど認知症を発症しにくいというデータがあるのです。男性の場合は、趣味が5つ以上ある人は認知症発症が一番少なく、女性の場合は趣味が4つの人が一番発症が少なくなっています。

趣味が多いと認知症になりにくい理由は、楽しいことに打ち込んでいると「打ち消し」効果でストレスが解消されるからです。ストレスは認知症やうつのリスクを高めることがわかっていますが、趣味に打ち込む人はストレスを感じにくいため、脳が老化しにくいのです。

ある調査によると、生きがいを感じるトップ3は、「趣味に熱中しているとき」「子どもや家族、友人と接しているとき」「美味しいものを食べているとき」だそうです。趣味に打ち込んでいる時間に生きがいを感じる人は世界的にも多く、そのことが脳の認知機能にいい影響を及ぼしています。

また、趣味はひとつよりも2つ3つと数が多い人のほうが認知症の発症が少ないのは、「快感を感じる回数が多いほどストレスが解消される」「社会との接点を趣味でつくっている」「新しいことに挑戦している」などの理由があると考えられます。

周りを見回してみてください。趣味が多い人って、いきいきしている印象がないですか? 一方で、無趣味の人はどうでしょうか。スーパーエイジャーも趣味が多い人ばかりです。

「長生きしたけりゃ、趣味をたくさん持つ」

これも、脳を元気に保つ秘訣(ひけつ)です。

■60歳からは犬を飼ったほうがいい

話し相手がいないのは、60歳を超えたらリスクになります。なぜなら、孤独感は認知症の発症に大きく関わっていて、脳の老化を進行させるからです。

と言っても、一人暮らしをしていたり、夫婦関係が冷え切ってしまっていると、なかなか日常の中で人とのつながりを感じるのは難しいかもしれません。そんなときは、ロボットに話しかけるだけでもOKです。

でも、ロボットよりもさらに効果が高いのがペットなどの動物に話しかけることです。温かいものに話しかけるほうがロボットよりも幸福度を高く感じるのです。

ペットを飼うと孤独感が減ったり、動物に話しかけることで幸福ホルモン・オキシトシンが出ることがわかっています。また、動物と一緒にいると血圧が下がったり、認知機能の低下を防いでくれるので、孤独感だけでなく老人脳そのものを予防してくれる効果も期待できます。

中でも特に、私たちに恩恵をもたらしてくれるのが、犬です。最新の研究で、犬を飼うと認知症のリスクが減り、さらに介護リスクや死亡リスクまで減ることがわかっています(ちなみにこの効果は猫を飼っている人には見られなかったそうです)。

犬の世話をすることは高度な脳の機能を使うので、認知機能の向上につながります。ただし、犬を飼っていても世話をしない人には認知機能への効果はありませんでした。

■「犬を飼っているとモテる」は本当だった

ほかにも犬ならではのメリットがあります。それは、犬の散歩です。散歩が自動的に運動をする習慣をつくってくれるのです。外に出て日光を浴びる量が増えればセロトニンが出やすくなり、さらにメラトニンの分泌も増えるため、睡眠の質も高まりやすくなります。

写真=iStock.com/alexei_tm
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犬の散歩は、人とのつながりを生みやすいのも利点です。人は共通点がある人に親近感を抱きやすいので、犬という共通の存在がいることで、話しかけられたり挨拶したりと飼い主同士のつながりが生まれやすくなります。

ブルターニュ大学の面白い実験があって、240名の通りすがりの女性に男性から声をかけて電話番号を教えてもらうのですが、普通に声をかけると9%だった成功率が、犬を連れているとなんと成功率が28%と約3倍にも跳ね上がりました。

昔から「犬を飼っているとモテる」という話がありますが、実験結果からも人間関係を円滑にする効果があることがわかっているのです。男性だけでなく女性が連れていても、話しかけられる頻度が上がるので、コミュケーションが苦手な人は特におすすめします。

また、犬を飼う効果が最もあったのが、一人暮らしの高齢者です。死亡リスクが33%も減ったそうです。犬を介してコミュニケーションを実現するのが、犬を飼ういい部分のひとつなのです。

■室温が低いと脳は老化する

脳年齢と部屋の温度が関係していると聞いて、驚く人もいるかもしれません。部屋が寒いと老人脳のリスクが高まります。寒いと血管が縮み、血圧が上がってしまうからです。高血圧は認知症のリスク因子なので、血圧を下げることは老人脳を防ぐために大切なことです。

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慶応大学の伊香賀俊治先生の研究によると、冬場の居間の室温が低い家と、それよりも5度暖かい家を比べた結果、暖かい家に暮らす人のほうが脳年齢が10歳も若かったそうです。当然ながら、認知症のリスクも軽減されていると思います。

WHO(世界保健機関)は冬場の住宅の室温を「18度以上に」ということを強く勧告していますし、高齢者や子どもがいる家は、さらに高い温度が推奨されています。

実際の冬場の室温はどのくらいの家が多いのか。日本の住宅を2000戸調査したところ、居間で6割、寝室や脱衣所ではなんと9割の家が18度に達していなかったそうです。実際は、居間で16度、廊下や脱衣所は約12度だったそうです。

確かに木の家が多い日本では、冬場はかなり温度は下がりますし、居間はともかく、廊下や脱衣所までは暖房器具がない家も多いでしょう。ただ、脳の老化を防ぎ、血管への負担を減らすためにも、室温対策はぜひ行ってください。

イギリスでは「家の寒さと死亡率の関係」が長年調査されていて、その結果を「住宅の健康・安全性評価システム」として公表しているのですが、その調査によると「16度以下になると、呼吸系疾患に影響が出る」「12度以下になると、高血圧や心血管リスクが高まる」とされています。

「18度以上」、この室温を冬場はぜひ守ってください。

■5度の違いで仕事効率が激変する研究結果も

部屋の温度が集中力や作業効率に影響することもわかっています。寒かったり、暑かったりすると、やはり効率は落ちるのですね。脳の状態にも大きく影響します。

アメリカの実験でこんなものがあります。フロリダにある保険会社で、主にパソコン作業をしている女性を対象に、室温と作業の効率を調べる実験が行われました。

フロリダは避暑地としても有名ですが、年間通して暖かい場所です。オフィスでは冷房がついていることが多いのですが、室温が20度のときよりも25度のときのほうが、圧倒的に作業効率が上がったそうです。

西剛志『80歳でも脳が老化しない人がやっていること』(アスコム)

タイピングミスが44%減少
タイプする文字量が150%増加

すごい違いです。室温を変えただけでこんなに違うなら、1年通したらどれだけ差が出ることでしょうか。ちなみに、寒いだけでなく、室温が高くなりすぎるのもNGです。室温が25度を越えると、1度上がるごとにパフォーマンスが2%低下したそうです。

ヘルシンキ工業大学の研究では、オフィスワークをする人を対象にリサーチした結果、22度が最も作業効率が上がる温度だったそうです。

■脳がフル稼働する湿度がある

また、湿度も大切です。湿度が35%以下になると乾燥でまばたきの回数が増えるため作業効率が下がったり、70%以上だと疲れを感じやすくなることも指摘されています。

私もいまでは湿度管理ができる空気清浄機をリビングに置いているのですが、部屋が快適だと集中とリラックスの状態が生み出されやすくなるため、同じ時間でも多くの仕事がこなせるようになり、目も疲れにくく仕事がはかどるようになりました。

集中力が落ちてきたという自覚がある人は、部屋の温度と湿度に注意を向けてみてください。また、子どもの勉強効率も同様に上がります。子どもや孫が勉強に集中できる室温や湿度を、ぜひ設定してあげてください。

参考文献
・デフォルトモードネットワーク/Raichle ME. “The brain’s default mode network” Annu. Rev. Neurosci.2015, Vol.38, p.433-47
・趣味が多いほど、認知症になる人が少ない/Ling L., et.al., “Types and number of hobbies and incidence of dementia among older adults: A six-year longitudinal study from the Japan Gerontological Evaluation Study(JAGES)”, 日本公衛誌, 2020, Vol.67(11), p.800-810
・日本人の生きがいを感じるトップ3/高齢者の生活と意識に関する国際比較調査, 平成27年度(内閣府)
・趣味が多いほど、死亡リスクが下がる/Kobayashi T., et.al.,“Prospective Study of Engagement in Leisure Activities and All-Cause Mortality Among Older Japanese Adults”, J. Epidemiol., 2022, Vol.32(6), p.245-253
・ペットを飼うと孤独感が優位に減る/Banks MR. & Banks WA., “The effects of animal-assisted therapy on loneliness in an elderly population in long-term care facilities”, J. Gerontol. A Biol. Sci. Med. Sci.,2002, Vol.57(7), M428-32
・動物に話しかけるとオキシトシンが出る/Marshall-Pescini S., et al., “The Role of Oxytocin in the Dog-Owner Relationship”, Animals(Basel), 2019, Vol.9(10), p.792
・犬も飼い主の目を見るだけでオキシトシンが出る/Nagasawa M., “Social evolution. Oxytocin-gaze positive loop and the coevolution of human-dog bonds”, Science, 2015, Vol.348(6232), p.333-6
・ペットといると血圧が下がる/Motooka, M., et.al., “The physical effect of animal assisted therapy with dog, Japan J. Nursing, 2002, Vol.66, p.360-367/Lynch J. 1983 10章 動物を眺め、動物に話しかけることと血圧の関係―生き物と相互作用の生理的結果―キャッチャー、A.M.&ベック、A.M. 編コンパニオン・アニマル研究会訳1991 『コンパニオン・アニマル』誠信書房, p.119-130
・ペットを飼うと認知機能の低下スピードが下がる/“Companion Animals and Cognitive Health; A Population-Based Study-Do Pets Have a Positive Effect on Your Brain Health? Study Shows Long-Term Pet Ownership Linked to Slower Decline in Cognition Over Time”, American Academy of Neurology 74th Meeting Press Release 2022, Feb.23,
・犬を飼うと介護や亡くなるリスクが半減(ネコは効果がなかった)/Taniguchi Y., “Evidence that dog ownership protects against the onset of disability in an older community-dwelling Japanese population”, PLoS One, 2022, Feb 23, Vol.17(2), e0263791
・犬を世話していることが認知症のリスク低下する行動と関連/Opdebeeck C., et al., “What Are the Benefits of Pet Ownership and Care Among People With Mild-to-Moderate Dementia? Findings From the IDEAL programme”, J. Appl. Gerontol., 2021, Vol.40(11), p.1559-1567
・犬を連れていると電話番号を教えてもらえる/Guequen N. & Serge C., “Domestic Dogs as Facilitators in Social Interaction: An Evaluation of Helping and Courtship Behaviors”, Anth. A Multidis. J. Inter. People & Animals, 2014, Vol.21(4)
・犬を飼っている一人暮らしの人は死亡リスクが33%低下/Mubanga M., et al., “Dog ownership and the risk of cardiovascular disease and death-a nationwide cohort study”, Sci. Rep., 2017, Vol.7(1), 15821
・部屋が寒いと血圧が上がる/Umishio, W., et.al., “Cross-Sectional Analysis of the Relationship Between”

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西 剛志(にし・たけゆき)
脳科学
脳科学者(工学博士)、分子生物学者。T&Rセルフイメージデザイン代表。LCA教育研究所顧問。東京工業大学大学院生命情報専攻修了。博士号を取得後、知的財産研究所を経て、特許庁入庁。大学院非常勤講師を兼任しながら、遺伝子や脳内物質など脳科学分野で最先端の仕事を手がける。2008年に企業や個人のパフォーマンスアップを支援する会社を設立。著作に『なぜ、あなたの思っていることはなかなか相手に伝わらないのか?』(アスコム)などがある。
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脳科学者 西 剛志)