※この記事は2022年02月23日にBLOGOSで公開されたものです

芸人の松元ヒロ、今、彼に密着した映画が公開されてるんだよな。タイトルが「テレビで会えない芸人」――。なぜ、テレビで会えないのか? 映画を観たらわかる話でもあるだろうけど、もったいぶらずに先に言えば、政治や社会を風刺するネタを放送するのを今のテレビは避けてるってことだ。

政権への忖度とか、スポンサーの顔色とか、視聴者のクレームとか、そういう面倒が起きそうなネタを放送するってことは、わざわざ火中に栗を拾いにいくようなことだからしないって話だな。

テレビって前はもっと間口が広かったよ。松元ヒロが今やっているような政治ネタも普通に放送できてた。つまり、松元ヒロ自身は変わってなくて、テレビのほうが変わっていったんだよな。

松元ヒロはいい芸人だよ。政治や社会を笑いで突く、そのセンスに長けている。パントマイムをやってたから体にもキレがあって、言葉を伝える時の動きも洗練されている。佇まいがいいんだよ。マルセ太郎さんって芸人がいたんだけど、マルセさんがパントマイム出身で、映画をまるごと再現する芸が十八番だったけど、身振り手振りをうまく活かしてたから、ヒロはマルセさんに似てるし影響を受けているね。

立川談志が松元ヒロの芸が大好きで、よくあちこちで紹介したり落語会のゲストに呼んだりしていたな。永六輔さんもヒロを贔屓にしてラジオによく呼んでた。おもしろいね、談志と永さんはあまり仲が良くなかった。だけど好きな芸人は一緒だっていうね。まあ、似た者同士ってことかね(笑)。

俺も松元ヒロには自分が席亭をしている「マムちゃん寄席」にも出てもらったり、最近はYouTubeの「マムちゃんねる」にも来てもらってサシでゆっくり話したよ。話してると彼独特の批評眼があって、世の中をチクっと刺すのがおかしいんだよ。この対談は3月下旬ごろに動画がアップされるっていうから覗いてみてくれよ。

問題になることは話さない「テレビ芸人」

俺はまだ彼の映画「テレビで会えない芸人」を観てないんだ。近い内に観ようと思うけど、ちょっと編集部、どんな映画なのか少し紹介してくれる?

< 映画「テレビで会えない芸人」公式サイトより 作品紹介 >

芸人、松元ヒロ。かつて社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」で数々の番組に出演し人気を博した。しかし90年代末、彼はテレビを棄て、主戦場を舞台に移す。政治や社会問題をネタに笑いで一言モノ申す。ライブ会場は連日満席、チケットは入手困難。痛快な風刺に、会場がどっと笑いで包まれる。しかしそれだけではない。松元ヒロの芸には、不思議なやさしさがある――

松元が20年以上語り続ける『憲法くん』は、日本国憲法を人間に見立てた演目。井上ひさしが大絶賛し、永六輔は「ヒロくん、9条を頼む」と言い遺した。その芸は、あの立川談志をしてこう言わしめた。「最近のテレビはサラリーマン芸人ばかり。本当に言いたいことを言わない。松元ヒロは本当の芸人」。けれど、いや、だからこそ、いまテレビで彼の姿を見ることはない…。

そんな今日のメディア状況に強い危機感を募らせていたのは、松元の故郷鹿児島のローカルテレビ局。2019年の春から松元ヒロの芸とその舞台裏にカメラが張りついた。監督は鹿児島テレビの四元良隆と牧祐樹。プロデュースを手掛けたのは『ヤクザと憲法』『さよならテレビ』などの衝撃作を世に送り出してきた東海テレビの阿武野勝彦。なぜ松元ヒロはテレビから去ったのか? なぜテレビは松元ヒロを手放したのか? そして本作はその答えを見つけられたのか?

映画『テレビで会えない芸人』 (tv-aenai-geinin.jp)

そうかそうか、鹿児島のテレビ局が作ったんだな。別に映画はヒットしなくていいけど(笑)、たまたまこの映画を観た人が松元ヒロのライブを観てみようってなったらいいことだな。ライブを観れば彼の価値がわかる。この芸人は何を「笑い」にしているのかって。

それにしても、談志はいいこと言うね。テレビはサラリーマン芸人ばかりだってさ(笑)。

編集部)――先日、この映画を観ましたが、談志師匠のその発言は松元ヒロさんに話したもので、略さずに伝えると…「テレビに出ている芸人を、俺はサラリーマン芸人って呼んでいるんだ。テレビからクビにならないようなことしか言ってない。他の人が言えないことを代わりに言ってやるのが芸人だ。だからお前を芸人と呼ぶ」――。

ははーん、談志らしいね。談志はテレビからクビになるようなことばかり言ってたしな(笑)。つまり、松元ヒロは談志が定義する「芸人」であると。

まあ、今の世を見渡すとやたら芸人が増えてるよ。吉本興業なんか所属している芸人が6千人ぐらいいるんだろ。他にも色んな芸能事務所が芸人の養成学校とか作って若い子を集めてるんだよな。日本の歴史上でも今がいちばん芸人が多い状態なんじゃないの?

でもって、若い芸人たちが目指しているのは、テレビに出て有名になることなんだよな。つまり「テレビ芸人」になりたいって話だ。テレビの中で言っていいことを器用に話す、それもひとつの生き方なんだろうけど、芸人の本質は何かってことを考えたなら、談志の発言は重たいよ。

芸人は庶民の憂さを晴らしてナンボ

芸人はなぜいるのか。元を辿れば庶民の憂さ晴らしのためだよ。お上や殿様を喜ばせるためじゃないんだ。江戸時代には芝居でも浮世絵でも寄席でも、世の中に対する不満解消のハケ口になる役割を果たしていた。「忠臣蔵」なんてお上の裁定に対するモヤモヤを晴らすため、時代や人物の名前を置き換えた「仮名手本忠臣蔵」を仕立てたりしてね。

役者でも芸人でも画師でも、庶民の腹にたまってることを代弁するからそれが共感や拍手になる。そうしてひと時でもスッキリしたくて庶民はそこに銭を出すわけだ。

逆にお上はそれを嫌うから、あの手この手で自分たちへの批判を押さえつけようとする。だけどどんな時代にも悪政への批判は消せないんだよな。そういう「アングラ」の文化は旧ソ連時代、レーニンやスターリンの時代にもあったっていうよ。人々がこっそり集まって、為政者を笑うジョークに耳を傾けて笑いで憂さ晴らししたんだろうね。

例えば有名なジョークだけど…、モスクワである男がウォッカに酔っ払って赤の広場で「スターリンはバカだ!」って大声で叫んだ。すると警察に「我が国の最高指導者を侮辱した」と逮捕されてしまった。この男、裁判にかかって懲役22年の判決が下る。男は「侮辱罪で22年は重すぎます」と訴えた。すると裁判官は「確かに。侮辱罪での懲役は2年だ」「残りの20年は?」「国家機密漏えい罪だ」――なんてジョークがあるよ。

どんな時代だろうと、政治や権力のせいで庶民が理不尽な思いをする時は、それに対する憂さ晴らしが必要になるんだ。今の日本でそれを担える芸人の一人として松元ヒロがいるわけだ。

そうそう、ヒロが言ってたな。ある時どういうわけか自民党員の集まりにゲストで呼ばれたんだって。そこでネタをやってくれと。どっちかと言えばヒロは与党をネタにして突っつく芸だから、これはネタをやったあと吊し上げにするために自分を呼んだんじゃないか? でもギャラも出る仕事だし、怒られたら怒られたでいい経験になるだろうって、ヒロはそこでネタをやったんだって。そしたらずっとバカウケだったって。自民党員も我がことながら腹にたまってることがあるんだろうね(笑)。

松元ヒロには今の芸を長く続けてほしいよ。全国での公演が人気みたいだけど、くれぐれも売れすぎて金持ちにならないようにな。金たんまり持って庶民の代弁者みたいな顔してたら似合わないからさ(笑)。

でね、もし金持ちになったら福祉に寄付してくれよ。そしたら福祉施設がその金でテレビ買ったりしてな。「あら、寄付してくれた松元ヒロさんって芸人さん、ちっとも映らないわねえ」なんて言ったりしてな(笑)。

(取材構成:松田健次)