「ナイキ一強」も″ブーム″と呼ぶには違和感 エアマックス95への熱狂からスニーカーが日常になるまで - 南充浩
※この記事は2021年05月19日にBLOGOSで公開されたものです
時々「空前のスニーカーブーム」という報道を見かけますが、正直なところ、今年51歳になったおじさんにとって、違和感があります。たしかに限定品やコラボモデル、復刻版などが高値で転売されている事実がありますから、決して人気が低いとは言えません。
しかし、我々世代の男性は、若い頃から、それこそ小学生の頃からスニーカーを履いています。普段の仕事着はスーツに革靴という同年代の男性でも、休日はスニーカーを履いている人は多いのではないでしょうか。
また25年ぐらい前の1996年頃にも「空前のスニーカーブーム」があったことを覚えている同年代の男性も多いのではないかと思います。
そうしたことを踏まえて、現在のスニーカーブームについて、そして過去のスニーカーブームとの違いなどを考えていきたいと思いますのでよろしくお付き合いください。
スニーカー「ブーム」と呼ぶことには違和感も
今回は、アパレル業界でのEC構築や改善・支援を専門とし、またスニーカー愛好家でもあり、ウェブファッションメディア「MIMIC(ミミック)」を主宰されているファナティック代表の野田大介さんにもご協力いただきました。
仕事柄、街行く人々の服装を眺める癖がついていますが、男性の足元でいうなら、今に限らずスニーカーを着用している人は昔から相当数いました。若い男性のカジュアルでいうと、やはり足がラクであるため、スニーカーは昔から定番でした。
しかし、30年前の男子大学生の服装を思い出してみると、スニーカー派が多かったのですが、レザーのワークブーツ派も相当数いました。当時の男子大学生の足元を二分していたといえるでしょう。
現在、10代後半から20代後半までの若い男性のカジュアルな服装の足元は、ほぼスニーカーで占められていて、レザーワークブーツはほとんど見かけなくなりました。
そういう意味においては、「元々多かったスニーカー着用者だが、さらにその割合が高まった」といえるため「スニーカーブーム」と呼んでも間違いではないでしょう。
ただ、個人的には、元々相当数いたので、改めて「ブーム」と呼ぶことには違和感を覚えるのですが。レザーワークブーツが廃れて、スニーカー人口が増えた理由は、ひとえに「足がラク」だからでしょう。レザーワークブーツは足のラクさではスニーカーに遠く及びません。
追い剥ぎまで出現…ナイキ「エアマックス95」に熱狂した過去
1990年代半ばまで多くの人にとっては、スニーカーというのはコンバースのオールスターやジャックパーセル、アディダスのスタンスミスなどが代表的でした。ところが、1995年後半くらいから、ナイキの「エアマックス95」が突然大人気となりました。
それに追随してリーボックの「インスタポンプフューリー」やプーマの「ディスクシリーズ」も人気が高まりました。これらはいずれも近未来的なデザインと派手なカラーリングでまるでロボットの足のような形状をしています。
また、靴底にエアクッションなどの当時の最先端技術が採用されていてクッション性が高いところに特徴があります。
これらを総称して「ハイテク系スニーカー」と呼ぶようになり、それまでのオールスターやスタンスミスなどは「ローテク系」とか「トラディショナル系」「クラシック系」などと呼ばれるようになりました。
1996年・1997年はハイテク系スニーカーが大人気となり、どのスニーカー店でも品切れとなっており、「エアマックス95」を着用している人から無理やり強奪する「追い剥ぎ」まで出現する有様でした。
恐らく強奪した「エアマックス95」は古着屋に売ってお金に換えたのではないかと思われます。(当時はインターネットがないのでメルカリやヤフオク!で売ることはできなかった)
「ナイキ一強」も人気は復刻版、ブランドコラボ、限定品に集中
26歳の時にこの大ブームを目の当たりにしているので、今が「空前のスニーカーブーム」と言われたところでピンとこないのです。
野田さんに、当時と今のブームの違いについて尋ねたところこんな指摘がありました。
1、 現在の人気はナイキがほぼ独占している
2、現在、ナイキでも人気があるのは「復刻版」「ブランドコラボ」「限定品」だけ
3、 当時は、一般販売店向けの商品が大人気だった
という3点です。
1996年当時は、エアマックスシリーズを擁するナイキの人気が高かったのはもちろんですが、ポンプフューリーのリーボック、ディスクシリーズのプーマもそれなりに人気を集めていました。しかし現在、リーボックもプーマも、付け加えるとアディダスも当時の勢いは見られません。
人気はほぼナイキが独占している状態にあります。百歩譲ってもリーボックの「インスタポンプフューリー」だけが水を開けられてなんとか追随しているという有様です。
そして、王者となったナイキですが、人気が集まっているのは、「復刻版」と「ブランドコラボ」「限定品」のみで、一般販売店向け商品は見向きもされないそうです。
1996年・1997年当時は一般販売店向け商品が売り切れ続出で品切れ状態が続いていました。これを指して野田さんは「昔はブランド主導が成り立ったが、今はブランドが仕掛けても思うようには売れない」と言います。
ハイテクスニーカーブームは1998年には終息してしまうのですが、野田さんは「その直後の1999年・2000年あたりから様相が変わってきた」と言います。
この辺りの時期から「ブランド主導ではなく、ストリート主導に変わっていった」とのことです。
ハイテクブームが終息しても、ローテクスニーカーはデイリーユースとして浸透したままだったので、ことさらスニーカーが廃れたという印象は皆無でしたが、ハイテク系が再び日の目を見るのは2010年代後半まで待たねばなりません。
女性層拡大、展開のネタ切れ感で"ハイテク系"に再注目か
2010年半ば頃、ニューバランス、アディダスのスタンスミスなどのクラシック系が人気となり「スニーカーブーム」と報じられたのですが、これは、それまでスニーカー着用率が低かったOL層やギャル層にまでスニーカー人気が広がったという意味でした。
それまで女性のスニーカー着用というのは、少数派のアメカジ好き女性か、運動時かという程度でしたが、若い女性を中心に着用者層が拡大したということになります。
人気スニーカー店「atmos(アトモス)」がルミネに出店したのもこの頃で、それも理由の一つに数えられます。
そして2017年頃、突如としてハイテク系スニーカー人気が再燃したのですが、前回のブーム終了からちょうど20年後のことでした。
これについて野田さんは「明らかにネタ切れなので、20年ぶりにハイテク系を仕掛けざるを得なかった」と指摘されています。
ナイキ「ダンク」復刻はブーム終焉の予兆
そして、今回の「スニーカーブーム」についても「1999年~2000年頃と同じで終焉が見えてきた」と指摘しています。
1、 限定品・コラボ品・復刻版の高騰具合も収まりつつあり、コラボ品での高騰はsacaiやシュプリームなどのトップブランドくらいとなってしまった。
2、 ナイキが「ダンク」の復刻を始めた。20年前(2000年頃)の終焉時と同じ。
2010年後半からの一部品番の高騰は、間違いなくメルカリやヤフオク!などのフリマサイトの浸透による転売ヤーの増加が原因です。
しかし、転売需要も一段落しつつあり、コレクターだけの需要になりつつあるとも言えそうです。
「今のスニーカー市場はナイキを中心に回っているが、ダンクの次に続くモデルがない。数多くの名作スニーカーや、優れたブランディングでスニーカー業界を牽引するナイキ社だが、近年の大きなトレンドを振り返ると、2017年頃からエア マックス(AIR MAX)が人気を集め、その後エア ジョーダン(AIR JORDAN)、エア フォース(AIR FORCE)、そしてダンクへと移り変わっている。
スニーカーブームの波は繰り返し起きており、『エア マックス』『エア ジョーダン』『エア フォース』のナイキ社を代表する3シリーズの人気が落ち着き始めるとダンクが好調になり、その後スニーカーブームが終焉を迎えるという流れだった。これまでもアッパーのカラーを反転させた『裏ダンク』を発売した1999年をはじめ、2008年頃のダンク人気などフィーチャーされることがあったが、ダンクブームが収束するとスニーカーが売れなくなった」と本明氏は回想する。
往年の定番人気モデルのヒットが続く先にはダンクの人気再燃があり、その次のヒット作を作り出さなければ愛好家たちの購買意欲は下がるため、現在のスニーカートレンドを体験していない次世代が育つまではスニーカー熱は冷めていく、という予測だ。
ナイキ「ダンク」人気はスニーカーバブル終焉の予兆? アトモス代表が注視するその理由
とあります。
スニーカーは「ブーム」ではなく幅広い世代の日常に
では今後、スニーカーという商品が廃れるのかというとそれはあり得ないでしょう。個人的に注目しているのが、老人のスニーカー着用率の高まりです。
元々若い男性がメインだった着用者が今では子供から老人まで老若男女が着用する靴となり、まさにライフラインの一部といえる状況です。特に注目すべきは60代以上の老人層への浸透です。
筆者の祖父母世代はスニーカーなんてまったく履いていませんでしたが、今の60代・70代・80代は男女ともにスニーカーの着用者が増えています。これは弱った足腰にとってラクな履物であるという認識が共通化したためでしょう。
また都心から田舎までABCマートやアスビーといった大型スニーカー店が出店していて3000~5000円台で各スポーツブランドのスニーカーが購入できるようになったことも普及に役立っています。
ブランド間においては、売れ方に優勝劣敗が生じるでしょうが、スニーカーという商品は老若男女にとって「必要不可欠」な履物という位置づけになってしまったので、スニーカーというジャンルが廃れてしまうということはあり得ません。
それどころか、着用者人口はさらに増えるでしょう。ですからことさらに「ブーム」というスタンスの報道には違和感を覚えざるを得ないのです。