フレンチにパブも! 公募が生んだ福岡の新屋台がいまアツい - BLOGOS編集部

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※この記事は2018年06月20日にBLOGOSで公開されたものです



夕暮れと共に屋台が引かれてきて、徐々に明かりが灯っていく――毎夜繰り返されるその光景は、福岡ならではの風物詩であり、福岡市民の誇らしい文化でもある。

その一方で、屋台は道路や公園など公共の場に接しており、市民の生活と近いからこそ、通行の妨害や騒音、悪臭…と課題も多く、時に疎ましい存在として扱われてきた。

屋台営業に対する批判が高まった1995年、福岡県警は新規参入を原則認めない方針を決定した。福岡の街から屋台の灯が消えてしまう危機的状況になりつつあったが、福岡市が存続と共生を目指す「屋台基本条例」を制定。指導員による営業ルールの徹底のほか、上下水道や電気などの環境整備に取り組み、「屋台」とう文化を守ってきた。

屋台の最適化を踏まえて、新規の屋台を「公募」

そして福岡市は、2016年に初めて屋台の「公募」を実施。100件を超える応募の中から選ばれた約20軒の屋台は、2018年春に1周年を迎えた。新しい屋台の中には、出張サラリーマンなどの男性客が中心だった屋台のイメージを覆し、世界中から訪れる観光客や地元の女性たちの心をつかむ店舗が現れ始めている。そこには「女性が憩う屋台」という新たなムーブメントが誕生しており、福岡の屋台勢力図は激変の時を迎えた。今回はムーブメントを牽引する2店をご紹介したい。

地元の女性たちで賑わう屋台「Telas & mico(テラスとミコー)」

福岡の繁華街・天神を南にちょっと下ったところにある、色鮮やかなブルーが印象的な「テラスとミコー」。公募で選ばれた久保田さんは、イギリスの星つきレストランなどでの修行経験を持つ本格派だ。



福岡出身の久保田さんは大学卒業後アパレル企業に就職したものの、海外で働きたいという思いから、ヨーロッパのレストランなどで修行した異色の経歴の持ち主。

久保田:「最初はイギリスのフィッシュアンドチップス屋さんの自宅に間借りしながら働き始めました。その後、ホテルのウエイターなどを経験して一度日本に帰国。福岡でカフェを経営していましたが、ヨーロッパでもっと修行したいという思いがずっとあり、3年で閉めて再び海外へ修行に出ました」。

最初は無名のレストランで修行し、3年目から世界中に系列店を持つレストランに所属してパリ、ドバイなどで勤務。最後にはロンドンの高級日本食レストラン「ZUMA」で忙しい日々を経験した。

久保田:「ロンドンは星付きレストランが集まっていてレベルがとても高く、ヨーロッパ中のお金持ちが集まってくるんです。勤務していたレストランも毎日800~900人の予約が入るような大規模店で、常に量も質も高いレベルが求められる場所で働けたことは、いい経験になりましたね」。

店主の久保田鎌介さん

久保田:「ビザの更新で一時帰国したとき、福岡でなじみのお店を訪れるなかで『福岡でお店をやってみたら?』とたくさんの方に言っていただいた。すぐに海外に戻るつもりだったのですが、福岡に残って小さなお店を始めたのが8年前です」。

屋台公募でトップクラスの評価を受け出店

久保田:「店舗も5年を過ぎたころ、屋台の公募を見つけて、次のことをやりたい気持ちもあったので応募しました。せっかくやるなら今まで誰もやったことのないような屋台を…と、ちょっと立ち寄れる海外のパブのような店舗をイメージしました」。

「テラスとミコー」は公募でトップクラスの評価を受け、市が開催した記者会見にも新規屋台を代表する店舗のひとつとして呼ばれた。

仕事帰りの女性たちが気軽に立ち寄れる憩いの場に

開放感のある店舗は女性が一人でも気軽に立ち寄りやすい雰囲気があり、屋台には珍しいスタンディングスペースでは、女性たちが仕事帰りの一杯を楽しんでいることも。お客さんの8割が女性で、近くの百貨店や会社に勤める地元の女性が多い。



久保田:「カウンターも通常の屋台に比べて広めで、二皿とさらにワイングラスも置けるようにしています。だから自然とお客さんの滞在時間も長くなって、満足して帰ってもらえていると思います。常連客が多いので、お客さん同士で自然と盛り上がっていますね」。

人気を支えるのは、久保田さんが地元食材を生かしてつくる料理の数々だ。

久保田:「厳選した食材を店舗で仕込み、屋台に完備したグリルで仕上げます」

肉のうまみを堪能できる「糸島豚の手作りソーセージ(焼き野菜とソーセージ)」

グリルで調理した「糸島雷豚のバラ肉スモークグリル(焼き野菜付き)」

ドリンクメニューも充実しており、ビールサーバーで生ビールも提供。人気は果物をシロップに漬け込んだ濃縮ドリンク「コーディアル」で、ワイン割りも選べる。

ワイングラスでいただける「ブラッドオレンジコーディアル」(左)と「あまおう(イチゴ)コーディアル」(右)

今後も面白い屋台が増えていけば

一般的に屋台といえば、おでんやラーメン、焼き鳥などが主流だが、新しい屋台の形態が増えればもっと面白くなるのではと、久保田さんは語る。

常連客との会話に笑みがこぼれる久保田さん

久保田:「公募制を始めた以上は続けないと意味がない。今後もさまざまな個性を持った屋台が増えたらいいですよね。店を持つ人は屋台より実店舗のほうが好きなようにできると思うかもしれないけど、こうして実際に好きなようにやっている屋台を見てもらえれば、ここまでできるのかと思ってくれるかなと」。

屋台を訪れたお客さんから「次に行けるいいお店ない?」と聞かれることが多いという久保田さん。「今後は知り合いのお店などで連携し、福岡に詳しくない人でもお店を楽しく回れるような横の繋がりを作っていければ」と新たな展望を持っている。

世界中から女性客が訪れる、フレンチ屋台「レミさんち」

「テラスとミコー」の2軒隣にある「レミさんち」は、大学生から上は60歳以上まで女性たちが列をなす屋台。オーナーはフランス人シェフのレミさんだ。



レミ:「もともと日本に興味があり、パリにいたときに日本人の友達から明太子のお土産をもらって、そのおいしさが忘れられなかったんです。それで2004年に初来日したときに福岡を訪れました。屋台に行ってみたらすぐに周りの人と仲よくなれて、楽しくて印象深かった。それからも何度か福岡に通い、2008年に引っ越してきました」。

福岡に住み始めたとき、レミさんはフランスの料理専門学校を卒業したばかりの24歳。福岡の飲食店で経験を積んでいった。

レミ:「パン屋さんで修行を始めて、その後もイタリアンレストランやワインバー、そして老舗チョコレート店では営業も経験しました。その後自分が病気になったことをきっかけに、もっとやりたいことをやろうと思い立って居酒屋をオープンしたんです。今はその店舗で日中はパン屋、夜は居酒屋を営んでいます」。

満を持してオープンしたお店も順調に人気を得ていた2016年、福岡市の屋台の公募を知った。最初は忙しさから諦めていたが、「やってみたら?」という友人やお客さんからの声に後押しされて応募に踏み切ったという。

レミ:「屋台にいい思い出があったことが、応募した1番の理由です。屋台はクリスマスマーケットの中の1軒のような温かみのあるお店をイメージしていて、選考の結果、市から許可をいただき去年5月に屋台『レミさんち』を始めました」。

気軽に変化できるのが屋台の面白さ

そうして始まった「レミさんち」だが、初めての屋台運営に加えて、これまでになかったフランス料理の屋台ということもあり、最初はチャレンジの連続だった。

屋台には珍しい冷蔵庫、冷凍庫も完備。「衛生面を考えても、シェフとしては譲れないところ」とレミさん。

レミ:「屋台ではメニューを事前に審査してもらう必要があるのですが、例えばキッシュはこれまでどこの屋台でも提供していなかったから、キッシュがどんな料理なのかから説明する必要がありました。でも福岡市の担当者は新しいことへのチャレンジをいつも好意的に受け止めてくれました」。

「本日のキッシュ」は人気メニューのひとつ、この日はかぼちゃのキッシュだ

店内にはスマホの充電器も。「お客さんが喜んでくれるかなと思って」とレミさんは語る。

レミ:「屋台は比較的費用を抑えて、お店を変えていけるのが魅力です。いま開店から1年がたち、それぞれの季節で気をつけるべきことがわかったので、まだまだお店もリフォームしていきます。今もお客さんの意見や反応を見ながら、毎月少しずつ変えていってるんですよ」。

レストランのような料理とおもてなしを

レミ:「うちではおしぼりも割り箸も出していて、それはレストランと同じように楽しんでほしいという気持ちからです。パン屋をやっているからパンも手作りで、ラザニアのパスタも、ソーセージも全部手作り。1番人気はエスカルゴで、フレンチレストランでは1500~2000円くらいするけど、ここでは気軽に楽しんでほしいから値段も抑えています」。

ソースも手作りの「エスカルゴ」は700円でいただける

店舗にはレミさんが探してきた手頃でおいしいハウスワインや、フランスワインを飲んでみたい!という人のためにフランスワインも常備している。

冷えたワインは、夏場の一杯目にもぴったり

メニューは事前に保健所に見せる必要があるため、通年で同じメニューを提供。フランス人も大好きだというチーズトーストやお酒にあうチョコレートケーキ、かぼちゃの手作りニョッキも人気だ。

4種類のチーズを楽しめ、お酒にも合う「チーズフォンデュトースト」

福岡を訪れる人に、わたしが好きな福岡を見せてあげたい



お店の中から、レミさんは道行く人たちに「こんにちは!」「ボンジュール」と明るく声をかける。そこには福岡の一員として、訪れた人たちをもてなしたいという思いがある。

レミ:「このお店は、福岡の窓口だと思っているんです。だからお客さんが他のお店を探していれば道を教えることもあるし、海外からの旅行者が屋台のルールや値段を心配していたら、屋台の楽しみ方をレクチャーすることも。通常の屋台と比べてスタッフを3~4人と多く配置しているのは、なんでも聞いてほしいし会話を楽しみたいという気持ちがあるから。このお店で、そして福岡で楽しい思い出をつくってほしい」。

メニューは日本語、英語、フランス語が用意され、料理を写真付きで紹介。牛乳、卵、麦などのアレルギー表記も。

そんな「レミさんち」を訪れるお客さんは、女性客が全体の9割を占めている。お店が観光客と地元の人が出会う場になればとレミさんは語る。

レミ:「このあたりは飲食店が多いから、地元の人はわざわざ夏は暑く冬は寒い屋台には行かない。でもそれでは観光客の方もせっかく福岡に来たのに地元の方と交流できません。だから地元の人も来てくれるようにお店の見た目もちょっと変えて、レストランのような料理を提供しています。今では仕事帰りの会社員の人たちも立ち寄ってくれるようになりました。お客さん同士をつなげるために最初は自分がしっかりフォローしなければと思っていたけど、狭いからこそ自然と会話は生まれます。時には何もしなくてもみんなで盛り上がっていて、それが一番いいですよね」。

店舗ではワーキングホリデーで福岡に滞在している若者たちが楽しげに働いている

レミ:「福岡市では来年ラグビーワールドカップもあるし、東京五輪のときも旅行客が来てくれる。そんな人たちに、わたしの好きな福岡を見せてあげたい。わたしも20年ほど前に福岡にきた時にとても楽しかった。福岡は何より人がすごくいいから、お店で観光客と地元の人が出会ってほしいんです」。

福岡の新たな屋台ムーブメントに今後も注目

今回ご紹介した屋台「テラスとミコー」「レミさんち」は、いずれも屋台運営の経験は全くないところからスタートし、今では福岡の屋台の新しいムーブメントを牽引する存在へと成長している。街の空気を感じながら心づくしの料理をじっくり味わう贅沢な時間がそこにはあり、温かな交流を求めて人々が世界中から訪れるのも納得だ。2019年には第二回の屋台公募が予定されている。今後も福岡屋台から目が離せない。

【BLOGOS福岡編集部】