悪質タックル事件「本当に褒め称えられるべきは誰だったのか」 - 赤木智弘
※この記事は2018年05月26日にBLOGOSで公開されたものです
まだまだ解決の糸口すら見えない、日本大学フェニックスの選手による関西学院大学ファイターズのQBへのプレイ外での卑劣なタックル問題。5月22日に、タックルを行った宮川泰介氏と代理の弁護人による記者会見が行われた。
自分のプレイを振り返りながら、丁寧に話す彼の姿に胸を打たれた人たちは多いようで「正直に話しており、偉い」という称賛がネットなどでは巻き起こった。それは会見時点でそうだったし、また別日に行われた内田監督と井上コーチ(と司会者)の会見があまりに酷かったこともあり、ますます宮川氏の評判は高くなっている。
さてここで、一つ皆さんに斉唱してほしい言葉がある。
「宮川氏は加害者側」
はい、リピートアフターミー!
「宮川氏は加害者側」
OK!OK!
まず、今回の卑劣なタックル問題を考えるに、宮川氏は被害者側ではなく加害者側であると、ハッキリ自覚しておく必要がある。
何を当たり前のことをと言われるかもしれないが、ネット上ではさも宮川氏が被害者側であるかのような解釈がされて、宮川氏のプレイの責任があまりに軽んじられていることに疑問を感じざるを得ない状況があるからである。
確かに宮川氏は内田監督や井上コーチに、あのような卑劣な行為をさせられるまで追い込まれたと言え、パワハラの被害者であるとは言える。日大側は「選手が勝手に誤解した」かのように言い訳をしているが、世間の人たちはもちろん、僕もそれを信じていない。
しかしながら、結局フィールド上で、関西学院大学ファイターズのQBが、パスを投げ終えて体勢を緩めた後に、それと認識しながら卑劣なタックルを仕掛けたのは宮川氏自身である。いくら内田監督や井上コーチであっても、フィールド上の彼の体を無理やり動かすことはできない。最終的にそれを選択したのは宮川氏である。そのことの責任を軽んじてはならない。
宮川氏の会見では「将来のある若者だから」という理由で、彼の顔をアップにしたりしないように、マスコミに対するお願いがされた。しかし、マスコミのカメラは当然、会見の主役である宮川氏の顔をアップにする。これに対して「マスコミは非常識」という批判が挙がった。(*1)
しかしそれもどうだろうか。何らかの事件の被害者やその家族が、さらなる被害や風評を恐れて顔出しを拒否するような話ならともかく、宮川氏は加害側である。また将来のある若者とは言え、彼は20歳の立派な成人である。若かろうが成人である以上、それ相応の責任はとるのは当然だろう。
実名で顔を出して、加害者側が会見をする以上「アップにしないでほしい」は無理な要求としか思えない。では内田監督や井上コーチの会見で日大側が「監督やコーチにも将来がある。顔をアップにするな」と要求したらどうだろうか? 嘲笑われるのが関の山である。宮川氏についても同じである。
昨今、選挙権が18歳以上になり、成人年齢を18歳にしようという話が出ている中で「まだ若いから」というような理屈で過剰な配慮を求めることは、むしろ子供扱いであり、宮川氏に対する貶めであるように、僕には思える。
確かに、会見での宮沢氏の態度は十分に立派であったと言える。
少なくとも彼は、あの会見で自分が犯したことと向き合い、自分の口から正直に言葉を絞り出していた。その姿勢を見て、ネットでは宮川氏を称賛する言葉が並び、中には「自分の会社に欲しい人材」とまで言う人も現れた。
しかし、ぼくはその評価はあまりに過大であり、疑問を感じる。
なぜなら宮川氏は「自分の試合出場という私利私欲のために、意図的に相手QBを壊そうとした加害者側」であり、いくら彼の会見が立派であっても、自らが引き起こしてしまった事態を相殺できるようなものではないと考えるからだ。
ネットによく貼られる、マンガ『こちら亀有公園前派出所』のとあるエピソードがある。
更生した不良を褒める派出所の面々に対して、主人公である両津勘吉が「こいつのどこが偉いんだ、いったい」というのである。その理由として「偉いやつははじめからワルにならない。正直で正しい人間が偉いに決まっている。悪いやつがようやく普通に戻っただけなのに、立派だと言うのは甘やかしだ!」と述べる流れである。
これに対してネットでは「正論だ」「両さんが正しい」と絶賛の雨あられである。
今回、宮川氏が相手QBをプレイ外で地面に叩きつけた件についても、同じことが言える。本当にスポーツマンシップを持った立派な選手とは、たとえ監督やコーチから圧力をかけられていようとも、自分の出場機会のために相手選手の人生を奪うかもしれないような行為を行わない選手のことを指すのである。
普段は「更生した不良」みたいなものを嫌う言動をしている人たちが、実際に更生した不良がでてくると、やはりそれを「立派だ」と褒め称えてしまうのだなとガッカリした。
宮川氏は悪いことをしたことを反省して、罪に向かい合うことで、ようやく普通に戻るだけである。最初から悪いことをしなければいいだけなのに、立派な会見をしたから立派な人間だと褒めそやすのは甘やかしである。
だが立派な人間ではないが、あの会見で彼はちゃんとアメフト選手として、自分の罪に向かい合っていたことは評価をしたい。特に心に残った質問の受け答えがある。
宮川氏の記者会見の中で、元関学ファイターズのQBとして年間最優秀選手賞であるミルズ杯を受賞。今もアナウンサー業を務めながら、アサヒビールシルバースターではヘッドコーチを務める有馬隼人氏による「審判の笛は聞こえていましたか?」という質問である。これに対して宮川氏は「投げ終わっていたということには、気づいていました」と答えた。(*2)
念の為に補足をしておくと、アメフトではボールを持ったQBにタックルを仕掛けることは認められている。
QBを守ろうとする相手攻撃陣のプロテクションをくぐり抜け、QBを潰す(ルール上のまっとうな意味で)ことができれば相手攻撃陣を大きく後ろに下がらせることができることから、ビッグプレイとして讃えられる。しかし、一旦ボールを投げ終わったQBに触れてしまえば、怪我を招く重大な反則となり、大きな罰則が与えられ、自チームが不利になってしまう。
だからこそアメフト選手はパスを投げ終わったQBには絶対に当たらないということを徹底している。もしパスに間に合わず、しかも自分の勢いが止められないとしても、方向を変えてQBを避けて反則を防ぐのである。
しかし宮川氏は「投げ終わっていたということには、気づいていた」と答えた。投げ終わったことに気づいていて、なおタックルに行ったということは、自分の行為がアメフトとしての正当なプレイではないことを、直前の時点ではハッキリ自覚していたということになる。
ここで宮川氏は自己保身のために「投げ終わっていたことに気づかなかった」と嘘をつくこともできたし、さらには「監督やコーチに試合出場を賭けたプレッシャーを与えられ、全く相手を見る余裕などなかった」と、内田監督や井上コーチに責任を押し付ける事もできた。しかしそれをせず、会見ではちゃんとアメフトの選手として自身のプレイを振り返った。
宮川氏を褒め称える人は、そうした態度を称賛しているのだろう。だが一方で、結局のところ、宮川氏は会見場では表明できたアメフト選手としての態度を、一番表明すべきであったフィールド上で表明することができなかったのである。
今回は幸いにも、倒されたQBの怪我の程度は軽いと見られ、大事には至っていない。しかし、それはたまたま運が良かっただけの話である。試合中はしっかりした防具を身に着けているとは言え、それでも激しい接触のある競技であり、怪我はもちろん死亡事故が発生することもあり得る。
アメフトの選手であれば、当然タックルの衝撃は理解しているはずであり、冗談でも競技外で本気のタックルを無防備な相手にしてはいけないなど重々承知しているだろう。
アメフト選手であれば当然理解しているべきことを、宮川氏はあのタックルの瞬間にかなぐり捨てたのだ。ひょっとしたら相手のQBは選手生命が終わる怪我を負ったかもしれないし、はたまた一生残る後遺症を負った可能性もある。もちろん死亡したかもしれなかった。
フィールド上に立っていたあの時、もし宮川氏がアメフト選手であったなら、あのような行為は行わなかったはずだ。しかしあの時フィールドに立っていた宮川氏はアメフト選手ではなかった。自分の出場機会という私利私欲のために選手であることをかなぐり捨てた暴行魔でしかなかった宮川氏は、バスが終わり、とっくに力を緩めていた相手QBの後ろから、全力で卑劣なタックルを叩き込んだのである。
わずか半年前。日大フェニックスは第72回甲子園ボウルで優勝を果たした。甲子園ボウルは、東と西の学生日本一同士が対決し、真の学生日本一を決める大会である。ここでの勝者が企業の日本一と「ライスボウル」で激突することになる。
そしてこの優勝のときに戦った相手は、23回という甲子園ボウル最多優勝の記録を持ち、なおかつ今回の被害者でもある関学ファイターズである。甲子園ボウルにおいて日大フェニックスは1990年に京都大学ギャングスターズに勝って以来、優勝を果たしていなかった。(*3)
それから2016年までに、4回東の王者として甲子園ボウルを戦ったが、その4回ともが奇しくも関学ファイターズと戦い、破れているのである。日大フェニックスにとって、甲子園ボウルに勝つことはもちろんだが、さんざん苦杯を舐めさせられてきた関学ファイターズを破っての優勝は、悲願であったと言えよう。
その時の様子をスポーツ報知が報じている。(*4)
内田監督もコーチや選手たちもいい笑顔である。
この記事に、こういう記述がある。
「全国屈指の名門も昨季は関東リーグ4位。今季、内田監督が復帰すると、選手に厳しい練習を課した。毎日の練習前にはトータルで2500ヤードのダッシュが必須メニューに。それまでになかった厳しさから20人ほどが退部した。山崎は「やめた中には大事な選手もいましたし、やめようとする選手もいましたけど、勝ちたいから日大に来た。練習はきつかったけど、まとまってきました」。内田監督も選手と対話を重ね、不満を吐き出させた。一つになったチームは3年ぶりに関東を制し、東日本代表決定戦で東北大を下して甲子園へ乗り込んだ。」(*4)
優勝の勢いのままに記事を読むと「20人は厳しい練習に耐えられなかったんだな。耐えた選手に優勝という栄冠が与えられたんだな」と思える。しかし、今振り返ってどうだろうか?
「この20人は本当に厳しい練習についていけずに辞めた「落ちこぼれ」だったのだろうか?」という疑問が浮かぶ。
この20人は、アメフト選手としての矜持をかなぐり捨ててまで、相手を「壊す」ような忠誠確認の行為を要求されたり、また自分が壊される可能性を感じ取った結果、内田監督の日大フェニックスという泥舟から正しく去った選手たちなのではないかと、僕は考えてしまう。
卑劣な行為に手を染めながら、それを正直に告白した。それをとても正しいことだし尊重はする。しかし、とてもではないが「正直で偉い」とか「うちの会社にほしい」などと褒めそやす理由はない。
僕は、日大フェニックスという名門の名声にすがる人たちよりも、一介のアメフト選手として正しい選択をした人たちこそ、褒め称えられるべきであると思うのである。
*1:日大・宮川選手(20)が記者会見 テレビ局の遠慮ない「顔のアップ」に批判の声(しらべぇ)https://sirabee.com/2018/05/22/20161635600/*2:「審判の笛は聞こえていたか」 日大選手会見、元関学QB有馬隼人の「重い質問」(J-CASTニュース)https://www.j-cast.com/2018/05/22329295.html?p=all
*3:過去の記録 ~戦績~ - 三菱電機杯 第72回毎日甲子園ボウル(甲子園ボウル)http://www.koshienbowl.jp/2017/history/record01/
*4:日大、蘇った!27年ぶり21度目V 内田監督涙「ちょっと長かった」(スポーツ報知)http://www.hochi.co.jp/sports/ballsports/20171218-OHT1T50000.html