パブリックエネミーがいっぱい - 赤木智弘
※この記事は2018年05月13日にBLOGOSで公開されたものです
ここ数日「パブリックエネミー」という言葉が僕のツイッター上では飛び交っていた。
始まりは、前都議選で民進党の候補として出馬した青地イザンベールまみ氏が「オタクに対してパブリックエネミーだということを明確にした名称をつけたい」という趣旨のツイートをしたことである。(*1)(*2)
まず、青地氏自身がオタクを嫌っていることは問題ではない。個人の嗜好なのだから「ご自由にどうぞ」である。その点においてオタクを「萌え豚」と称することは単なる個人的な悪口であり、どうでもいいのである。
しかし「パブリックエネミー」という言葉は単なる個人的な悪口とは異なる。なぜならオタクを「公的な敵」であるとみなすということは、つまり漫画やアニメに対する規制強化を意図していると見られる。このことからネットで大きな反発が起きた。
また、青地氏は2017年に民進党の公認候補として都議選に出馬し、落選している。この時に公認を後押ししたと言われるのが当時民進党所属で、現在は立憲民主党の最高顧問である海江田万里氏であったことから、ネットでは立憲民主党に対する批判が行われ、立憲民主党に抗議を送る人もいたという。また青地氏を議員であると勘違いしている人もいた。
しかし実際には青地氏は立憲民主党党員ではなく、一市民としての立憲民主党の支援者という立場であると見られている。(*3)
このように青地氏個人の見解を、さも立憲民主党という党の問題であるかのように認識し、これをもって立憲民主党を叩こうという人が見られた。また、青地氏を野党の議員であると勘違いしていた人は「オタクをパブリックエネミー扱いする人達が政権を取ったらと思うと、恐ろしくてたまらない」などというツイートをしていた。
しかし、表現規制という観点で言えば、つい先日まで自民党内で検討されていた、表現の自由を大幅に狭める可能性のある青少年健全育成基本法案の成立のほうが、よほど危機的であり、今も決して予断を許さない状況にあるといえる。野党憎しの人たちの中には、こうした現実が見えず、ただ野党サイドだからという理由だけで青地氏を叩いているだけの人も見られるのである。
こうした状況において、僕が「ある意味で的確だな」と思ったのがジャーナリストである佐々木俊尚氏のこのツイートである。
「仮にもリベラルを謳ってるはずの人たちから「パブリックエネミー」とか「豚」という用語が出てきてることに慄いています。 」(*4)
仮にもリベラルを謳ってるはずの人たちから「パブリックエネミー」とか「豚」という用語が出てきてることに慄いています。
- 佐々木俊尚 (@sasakitoshinao) 2018年5月10日
発言の責任を青地氏個人に帰すのではなく「リベラル」という、実態のよく分からない括り人たちに帰してリベラル憎しを煽る。実に空気を読んだ見事なネット忖度発言だ。こういうときに的確にネットに寄り添う素敵なツイートをできるからこそネットで人気なのだろう。僕にはとてもではないが、こんなご立派なステキ発言はできない。
青地氏が批判されるべきは、オタクという単なる趣味の総体を指して「パブリックエネミー」と呼んだことである。つまり個人の犯罪性を批判するのではなく、その集団が犯罪者っぽいから雑にまとめて犯罪者予備軍扱いしろと言っていることが批判されるべきである。
犯罪とは個人で行うことであり、集団的な犯罪でもなければその集団そのものはその集団に属する1人の犯罪とは関係がない。それはたとえ在日韓国人が日本で犯罪をしたとして、在日韓国人を「パブリックエネミー」と呼ぶことが不当であるのと同じである。
つまり、青地氏のパブリックエネミー発言を批判する人たちが、他者を「どこぞの集団だから」と批判するなど、矛盾もいいところなのである。
青地氏を「リベラルと自称している」という文脈で、ネット界隈で「リベラル」とレッテルを貼られている人たち全員を同じとみなして叩くことは、単純に「オタクはパブリックエネミーではない。リベラルこそがパブリックエネミーなのだ」と言っているのと同じである。
「オタク」であろうがあるまいが、「リベラル」を謳おうが謳うまいが、所属で他人をパブリックエネミー扱いするような言動は批判されるべきなのである。
さて、佐々木氏は「リベラルガー」と煽るが、実際には他者をパブリックエネミーとみなした行動は、右や左関係なく、いくつも発生している。そのほんの僅かを紹介したい。
まずは、ここ数日Twitterで話題になっている、2017年に複数の弁護士に対して、大量の懲戒請求がされているという問題である。(*5)(*6)
日弁連の報告書を見るに、基本的には年間1000から3000件台程度の請求がされているようである。今回の件ではこの報告書に注意書きがあるように、全体で約13万件の懲戒請求があったようで、今回の請求がどれだけ大量なものであるかが明白である。
元々は日弁連が朝鮮学校への補助金交付などを求める声明を出したことから、一部の「愛国系」のブログが呼びかけたものであると考えられている。これを一部の言論人がSNSなどを通して広めたことが、今回の大量の懲戒請求につながっている。例えば経済評論家の渡邉哲也氏は、この大量懲戒請求を「抑止力として効果が出る」と期待を寄せるツイートをしている。(*7)
しかしながら、懲戒請求の中にはその声明に関与していない弁護士もおり、懲戒請求を送った人たちは、事実をよく理解しないまま、ブログに煽られて懲戒請求を送った可能性が高い。いわば一連の懲戒請求は、よくある「ネトウヨの妄想からの暴走」である。
そんなよくある件が、今回どうして大事になっているかといえば、どうやら呼びかけ元は弁護士への懲戒請求では個人情報が弁護士本人に渡ることはないと考えていたようだ。なので懲戒請求を送った人たちは匿名のつもりでスナック感覚で懲戒請求をした可能性がある。
しかし実際には、懲戒請求の情報は請求された弁護士に対して開示されており、また今回のような懲戒請求の乱用に対しては最高裁で下のような判例がでている。
「同項(弁護士法58条1項)に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である。」(*8)
故に、イタズラや政治的理由での懲戒請求という不法行為をされた弁護士が、これを訴えるということは、極めて当然であり、また不法な懲戒請求による損害賠償に対するこれまでの判例からして、50万円から150万円という高額な賠償金を払わなければならない可能性が高いことから、ブログや著名人のツイートなどに煽られて懲戒請求をしてしまった界隈の人たちが騒いでいるのである。
ネット上で囁かれる話としては、中には親戚などの名前を無断で利用して、複数名で懲戒請求を出した人もいたらしいので、有印私文書偽造などの罪も重なるかもしれない。
この騒ぎも、弁護士会をパブリックエネミー扱いし、義憤をもって懲戒請求をした人達によって引き起こされているのである。言葉やその手段は違えど、やっていることは同じである。
またもう一つ、今度は政府と企業の例だ。
「漫画村」や「Anitube」などの他人の著作物を勝手に配信する特定の海賊版サイトへの対策として、政府がサイトのブロッキングを行うよう、ネット接続事業者に対して要請。これに対してNTTグループ3社がブロッキングを行う方針を示したことの問題である。
問題になっているのはブロッキングを行う法的根拠が一切存在しないことだ。法的根拠がないのだからブロッキングは違法である。これを政府がネット接続事業者に対して要請している。つまり「違法行為をしろ」と政府が企業に要請しているのである。
その中で手を上げたのがNTTグループ3社である。その理由として対してNTTの鵜浦博夫社長は「ネット社会の自由やオープン性を守り、無法地帯状態を放置しておきたくないという強い思いがあった」と答えている。(*9)
ハッキリ言って意味がわからない。無法状態なのは法的根拠もないのにブロッキングをするNTTグループ側である。他人のことを言っている場合じゃないと言いたい。
しかし、こうした考え方も「海賊版サイトはパブリックエネミーである」という考え方に沿えば、その考え方に溺れた人たちにとっては納得できるものになってしまう。確かに海賊版サイトは著作者にとっては大きな不利益を及ぼす。しかしだからといって法的根拠なしにそうしたサイトを潰すことがどうして「ネット社会の自由やオープン性を守り、無法地帯状態しないこと」になるのか。むしろそうした自由やオープン性を、違法行為を要求するような政府と企業に委ねることこそ、自由やオープン性の否定ではないのか。
しかし、海賊版サイトをパブリックエネミーとみなした人たちは違法行為をしてでも排除しなければならないという考えに囚われてしまう。そうした使命感を帯びた高揚感は、人間として積み立ててきた理性を安直に捨て去ってしまうのである。 ざっと簡単に「他者をパブリックエネミー扱いするそれぞれの姿」を見てきた。
誰かが誰かを「敵視」することは、決して間違いではない。僕だって団塊ジュニア世代を見殺しにして、今なお一切恥じない自民党を敵視し続けている。
しかし、その敵視が公的なものと結びついたり、集団による他者への悪意と変質したときには、上記のような地獄の光景がたち現れるのである。
今回、青地氏の件はまだ青地氏とその対話相手程度の話で済んでいるが、宮崎勤事件以降、常にオタクというものは異端視と表現規制の危機の中にいる。
そのことを踏まえて、擁護するでも批判するでも真剣に考えてほしい。少なくとも「リベラルガー」程度のいっちょ噛みは、他人を煽るだけだからやめてほしいものである。
*1:オタクはパブリックエネミーなのか?(荻野稔 アゴラ)http://agora-web.jp/archives/2032581.html
*2:新宿区の青地まみ「(萌え)豚はパブリックエネミー」で再び炎上へ。今後は、立憲民主党の一員として頑張れない?(伊藤陽平:新宿区議会議員 BLOGOS)http://blogos.com/article/296258/
*3:青地イザンベールまみは立憲民主党員ではなかった。(Togetter)https://togetter.com/li/1226167
*4:(佐々木俊尚 Twitter)https://twitter.com/sasakitoshinao/status/994465905160536064
*5:弁護士:大量「懲戒請求」返り討ち 賠償請求や刑事告訴も(毎日新聞)https://mainichi.jp/articles/20180511/k00/00m/040/052000c
*6:【5分でおさらい】ネトウヨの皆さんが弁護士に集団で懲戒請求中の件(NAVERまとめ)https://matome.naver.jp/odai/2145396822973860001
*7:(渡邉哲也 Twitter)https://twitter.com/daitojimari/status/918211824620675072
*8:弁護士に対する懲戒請求が違法であるとして損害賠償が認められた事例(竟成法律事務所)http://milight-partners-law.hatenablog.com/entry/2018/05/03/161203
*9:ネットの自由を守り、無法地帯にしないために――NTTグループがブロッキングを決断した理由(ITmedia Mobile)http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1805/11/news136.html