CMで大活躍!千鳥ノブの「大(おお)◯◯」は「クセがすごいんじゃ」に続くキラーフレーズになれるか - 松田健次

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※この記事は2018年04月27日にBLOGOSで公開されたものです



2ヶ月ほど前だろうか、週末午後にテレビで流れていたCMに「あら?」と意表を突かれた。続けて流れた2本のCMに同じタレントが出演していたからだ。同じスポンサーのCMがリフレインされたわけではない。別々のスポンサーによるCMでだ。

それがCM女王と言われるランクの人気女優、例えば綾瀬はるかあたりなら珍しいことではない。連ドラの主演でもしていれば、CMゾーンで別スポンサーのCMが続くこともよくある例だ。だが、そういう条件下とは何も関わらない場で出くわした2本のCMだったので、忘れ難い印象となった。まず始めに流れたのは次のCMだ。
< スマートニュース クーペン編 >

NA「スマートニュース」
~車中後部座席に千鳥大吾とノブ~
ノブ「腹へったなぁ」
大悟「(スマホを手に)このスマニューのクーペンから選べよ」
ノブ「なんやクーペンって、クーポンやろ」
大悟「見てみいズラーッとクーペン並んどるじゃろこのクーペンの中から好きなクーペン選べ」
ノブ「クーペンが気になる!」
大悟「ウウ~ン」
大悟・ノブNA「スマートニュース 今すぐダウンロード」
このあとに続いたのが次のCMだった。
< P&G 車のファブリーズ編 >
妹「(車中にイヤな臭気が漂っている)わ、この匂い!(ドアを閉めて)」
兄「絶対酔う!(怒)」
母(小西真奈美)「芳香剤つけるから♡」
父(千鳥ノブ)「え? (モノローグになって)芳香剤の匂いもキツイ~」
NA「ファブリーズ無香タイプは車の匂いを無臭化 (兄妹、車中の匂いを心地よく吸う)車のファブリーズ」
父「(快適な笑顔で)はぁ~」

ノブの「下からツッコミ」がマスに刺さった

千鳥でのコンビ、そしてピン、千鳥ノブ連発だった。確かに千鳥は旬だ。昨年あたり、実力はあるけどワンノブゼム・・・という頭打ちの芸人群をひとつ抜け出し、大きく飛躍した。その証として昨秋以降、CMでもその顔を見かけるようになっていった。

のだが、テレビを眺めていてCMでノブ連打という、その現実に追いついていない自分がいた。確かに千鳥は人気で、ノブは「クセがすごい」がヒットフレーズとなり、千鳥の人気上昇をもたらすシンボリックな要素にもなっていたが、CM需要でノブが相方の大悟より半歩先を行く現実に「そうか、ノブなんだ・・・」と広告業界から教えられたような気分だった。

ノブを見つめ直してみる。ノブはツッコミ百花繚乱の時代に、「怒」「間」「鋭」「妙」「語彙」「例え」など、様々なツッコミのスペシャリストが群雄割拠している中、ツッコミに必要なそれらの要素を持ち合わせた上で、彼らとは異なるスペックを携えていて、それがノブのノブたる磁力になっている。

そのスペックを言葉にするなら「願」か。大悟ののらりくらりとした掴みどころのない脱線を止めるために、(上記の各種スペックも踏まえた上で)切実な懇願が大悟にぶつけられる。見渡せば、ツッコミを担う人々の多くがそれが至極当然であるかのように、ボケを「上から制する型」を用いているが、ノブは「頼むからちゃんとしてくれい」という感じで、ボケを「下から願い出て制する型」を頻用している。

そしてノブは岡山弁の「~じゃ」という語尾を多用する。これは、「むかーしむかしのことじゃった」という昔話の語り部(要するに「まんが日本昔ばなし」の常田富士夫なのだけど)を匂わせ、仙人、正直爺さん、ご隠居、村長(むらおさ)、村人・・・そんな民話に登場する素朴な人物たちを思わせる。

となると千鳥の漫才というのは、村に降りかかった災厄(大悟のボケ)を、村の民衆が願掛け祈祷お祓い(ノブのツッコミ)で鎮める、「まんが日本昔ばなし」と言えるかもしれない。

ノブのツッコミが「下から願い出る型」だとしたが、ツッコミには「上から下へ」と「下から上へ」という、投球フォームならばオーバースローとアンダースローのような違いがあって、このアンダースローのフォームを用いるツッコミはかなり少数派だ。

だが、最近では男女コンビの「にゃんこスター」や「パーパー」がこのアンダースローのフォームを採っていて、こういう文脈に世相をこじつけると、にわかに「評」っぽくなってそれらしく聞こえてくるという類例で記すが、「ハラスメントを避ける、クレーマーを避ける、炎上を避ける・・・そんなトラブル回避に気ぜわしく配慮しなければならない現代を、彼らのようなお笑いにおけるツッコミのアンダースロー型が映し出しているのかもしれない」・・・「評」終了。

意義深かったノブの「オードリー論」

ここしばらくノブを追いかける中で、先日「オードリーのオールナイトニッポン」にノブがゲスト出演した際のトークに、とても気にかかる箇所があったので引いてみたい。若林正恭がノブにオードリーに対する認識を尋ねたくだりだ。
<2018年4月21日(土) オードリーのオールナイトニッポン >
若林「2008年なんですよ、僕らM‐1の決勝が。(略)それを見たときに、率直に、ノブさんどう思ったんですか俺たちのこと」

春日「そのとき大阪?」

ノブ「大阪。これはほんとに面白いと思った。ネタは面白いと思ったけど・・・そのう、春日そんときもう着てたよなピンク?」

春日「着てます着てます。ああいうのは今も、見た目はそう変わってないですね」

ノブ「ようやるなあと思った」

若林「あははははは!」

ノブ「みんな当たり前なんやけど、これ一時期な、大阪でめっちゃその話になったのよ。オードリー論みたいな話」

若林「オードリー論? ちょっとこわいすね聴くの」

ノブ「ぜんぜん、いい意味。オードリーってホント東京でやり出して良かったよなーっていうか、勝手に俺らが言ってんねんで、面白いよなーも含めて」

若林「はいはいはい」

ノブ「若林もネタをちゃんとしてるし、で、春日なんやけど、それやっぱピンク着て、あの感じでトゥースって出てきて、我が輩は~とか」

若林「あははははは」

春日「我が輩は言わないです。(それはデーモン)小暮さん! 我が輩はなんて言わないです。私です」

ノブ「わたし? そうそうそう、トゥースとかね。あれは大阪じゃ、たぶん、なんやろな、面白くないやつ、みたいに、あの、思われるというか」

若林「ああー、なるほど」

ノブ「たぶん手見せ(ネタ見せ)とかで受からないタイプなのよ」

若林「あああ、まず受からない」

春日「へえ~、奇抜すぎて?」

ノブ「一発屋キャラみたいな。でも、ちゃんと面白いやん。春日ちゃんも若林も」

春日「春日ちゃん・・・春日ちゃんって呼んでくれるのノブさんと徳光(和夫)さんだけ」

若林「でも誰かに、吉本の先輩に、ルミネで、それ(キャラものを)やり始める時期あるじゃないですか。僕らも普通にスーツとかでやってた時期ありますけどね。だって(漫才の登場で春日が)ゆっくり出てくるの、もし吉本で東京でやり始めたら、ルミネの楽屋でもう色んないじられ方して」

ノブ「そうそうそう」

若林「(いずれピンクのベストは)脱いでたと思う、って(吉本の先輩に)言われたことあります」

ノブ「ほんとそう。いるのよ大阪でも。でもそれ俺ら大きな間違いで、大阪勢、オードリー論を喋ってたやつらが全員間違えてて」

若林「あはははは」

春日「そんなことある?」

若林「そんなことあるんすか」

ノブ「結局そうよ、俺らもストロングスタイルみたいな顔して、さあ第二のダウンタウンだみたいな顔してな、ぶっきらぼうに、あのよう~とか、変なボケ、なんか時事ネタとか入れませんよ、ストロングなネタですみたいなことやってたけど、今、東京での俺ら見てみい、大方言(おおほうげん)よ!」

春日「(爆笑)」

ノブ「大方言(おおほうげん)、やめてくれい~、わしはノブじゃ~」

若林「あははははは」

ノブ「結局な、最初のフックというかパンチというか・・・(そういうものが必要だってことを受け入れず、いきがっていた)」
ノブによるオードリー論だ。このくだりはさらに、若林が春日のキャラをすべて操っているのだと思い込んでいたが、実は春日が大阪の大喜利イベントで秀逸な回答を連発していた実力者だと後日知り、春日が実力を備えた上での、あの目を引く「ピンクアンドロイド」のキャラだったのかと、ノブがオードリーを再認識した話に至る。

漫才の同業者として、大阪視点の異業者として、ノブが語ったオードリー論はなるほどと頷けることが多く、意義深い語りだった。

が、このオードリー論に頷きながら、それ以上に気にかかって耳に残ったのが「大方言(おおほうげん)」というフレーズだった。なんだ、この「大方言」という耳慣れない「大(おお)」は? それから番組中にノブはこの「大(おお)〇〇」という表現をさらにいくつか繰り出した。

ノブの「大(おお)〇〇」という言い回し

< 同上より >
ノブ「(若林に)たまに息抜きせんと、だからその息抜きってのが、本読むとか、映画観るとか、NGK行くとか、ルミネ行くとか、それは全然ダメ。頭動かしてるから」 

春日「それもうお笑いと関係ないみたいな」

ノブ「そう、ぜんぜん」

春日「(若林の息抜きはお笑いと)つながっちゃってますもんね」

ノブ「大(おお)パチスロとか行かなきゃ」

若林「あははははは」

ノブ「若ちゃんホンマによ」

春日「どういうことだ?」

ノブ「大(おお)パチスロ」

春日「なんですか、おおパチスロって」

ノブ「ぶんまわし。顔も若林って出して」

春日「開店ぐらいから」

ノブ「開店ぐらいから行って」

春日「閉店ぐらいまで」

ノブ「おれたまに行くもん」

若林「おおパチスロいいってことがわかってんですもんね」

ノブ「何してるんやろおれ、とか思いながら、ああ気持ちいい、昨日まであの番組をこうしたいから スタッフとこう打合せして、あのうゲストとこうやって番組一本成立させた次の日に朝から大パチスロ」

若林「あはははははは」

ノブ「おいおい、おい」

春日「その状況がギャップがありすぎて」

ノブ「そういうこと、そういうこと」
会話の流れからわかるように、このノブから発せられる「大(おお)〇〇」のニュアンスを、春日も完全には理解しきっていない。もちろんざっくりとは伝わってくるのだが、飲み込みきってはいない。

先述の「大方言」、そしてこの「大パチスロ」、どちらもシンプルな強調だ。だが、聞き慣れないため一瞬耳が止まる。「大(おお)〇〇」って、そんな言葉使いを今まで聞いたことあったか? 大嵐、大地震、大騒ぎ、大ゲンカ・・・普段日常にある「大(おお)」とは違うノブの「大(おお)」。なんだろうこれは。そしてまたノブの「大(おお)〇〇」が姿を現す。

< 同上より >
※(ノブが若林を頼もしいと誉めていく)

ノブ「若ちゃんすごいわホント、最近ホントな若ちゃん回しの番組に、おれ呼んでもらったり」

若林「だからワクワクしますよね。ノブさん、(ロバート)秋山さん、3人でこないだやったじゃないですか(※2018年4月22日放送 日本テレビ 『口をそろえて!アノ人もアノ人もアノ人も言ってました!若林・ノブ・秋山が初MC』)

ノブ「あんなのホントに楽しかったし」

若林「楽しいすね」

ノブ「あんときの若ちゃん勉強になるな。すごいわ、イメージ、俺の中ではもうその、余命宣告受けたミッドフィルダー? イメージあるから、なんやろな、シュッとした、なんか、フォーマル回し? 男子アナウンサーの円滑な回しプラス自分に回ってきたら毒とボケでバーンと落として終わるという感じやっぱ持ってたやん。したらあのう、あれよ、大ひな壇クイズやってるやん今」 

春日「大ひな壇クイズ? あの番組、大ひな壇クイズって言うんですね?」

ノブ「そうそう、大ひな壇クイズ、大回し!」

春日「あははははは」

ノブ「あれあんときのな、あんときの若ちゃんもうすごない?」

春日「確かに、言ったらもう一流芸能人、先輩を相手に、大ひな壇状態」

ノブ「全然フォーマルじゃなくなってんねん、武田信玄みたいに」

春日「あははははは」

ノブ「荒ぶる獅子みたいに、(若林の仕切りを描写)ほんで?ほんで?はい!」

春日「先輩に軍配差すぐらいの」

若林「そいつ改めたほうがいいすよ、心(笑)」 

ノブ「あんときにそれを見て、うわ、これもできるんやと思って」
「大(おお)〇〇」がノブお気に入りで、ここぞで繰り出すフレーズだとひしひし伝わって来る。ちなみに「大ひな壇クイズ」とは、若林正恭が現在レギュラーMCを務めるゴールデン帯のクイズ番組『潜在能力テスト』(フジテレビ)のことを指している。

そして「回し」というワードは、MC(司会)としてスタジオを仕切り、進行し、居並ぶゲストたちのコメントを受けてさばき、番組を「回す」という意味だ。「回し役」という言葉もあるように決して目新しい言葉ではない。だが、「大回し(おおまわし)」となると別だ。これは一体どこからきたのだ?

「大回し」というフレーズ、遡ってみるとオードリーのオールナイトニッポンで昨年6月、ナイツ土屋に誘われ、若林がノブたちと飲み会があったと伝えるフリートークでも登場していた。

< 2017年6月10日放送 オードリーのオールナイトニッポン(ニッポン放送) >

若林「ノブさんが三人とも顔がすごく怖いとか、顔がすごい面白いとか、超イケメンでもない、地味顔の三人だねってみたいな話になって、若林は地味顔の星なんやでみたいな、なんかその地味な顔で今の仕事があるってのは、俺たちもそうなっていこうって思うわって先輩だけど言って頂いて。

でもじゃあ、俺は言ったの。ノブさん俺は地味顔っておっしゃいますけど、返したのよ、この顔ですけどちょっとありすぎて覚えちゃうみたいな逆インパクトみたいなところがあるかなって俺は思ってんですよ、って言ったら、いやないって。若林の顔は培養液に脳が浮かんどるだけじゃ! あはははははははは」

春日「そう見てたんだね」

若林「脳だけでスタジオ入っとるんじゃ」

(中略)

若林「潜在能力テストでノブさんも回答者で出てたときに、なんか四時間ぐらい回しがね、あるじゃない。それでノブさんが、若林ってそんなゴリゴリ肩入れて、俺の現場だぁーってやるタイプじゃなくて、制作が望むことと、いいバランスで、優しいから、芸人さんとか大御所とかに振りながら、肩の力抜いて、培養液の脳でね、なんかこうオシャレにやってく感じかなあって思いながらパネラー席に座って、そういうタイプかなって思ったら、収録始まったら若林の大回しじゃ!」

春日「(爆笑)」

若林「大回しってなんすか? みたいな。そんなオシャレにセンスよく、バランス取りながらじゃ全然なく、大回しじゃ!(笑) いや、大回しじゃないっすよみたいな話になったりしながら・・・」
「大回しってなんすか? みたいな」と、若林も耳なじみのない返しをしていた。やはりノブが鍵を握る特殊な言葉なのだ。

さらにネットを掘ってみると「大回し」というフレーズは、関西テレビの深夜枠だった「ギョクセキっ!」(2013~2014)にその足跡を残していた。

番組最終回、ノブ小池(当時、改名前)の念願である「大回し」を叶えるという内容。メインMCは東野幸治、ひな壇には千鳥大吾、中川家、宮川大輔、メッセンジャーあいはら、ダイアン、麒麟川島、COWCOWらが並んだ。

< 2014年3月24日放送「ギョクセキっ!」(関西テレビ)より >

東野「最終回にあたりまして、ノブ小池さんが以前から言ってた夢といいましょうか、ノブの大仕切り、大回し!」

ノブ「大回しですね」

東野「大回しは定義的には10人以上の芸人、芸能人を集めて仕切ることを大回しって言う」

ノブ「僕がいちばん夢で」

NA「これまでギョクセキっ!で、ことあるごとに大回しという言葉を使い、自らの仕切り能力をもっと番組で使ってほしいと訴えかけていたノブ小池・・・」

タイトル画面「ノブの夢を叶えよう!! 最終回! ノブ小池の大回しSP」
どうやら「大回し」というフレーズの発信源がノブなのだということが、ここでほぼ絞れた。あとは「大(おお)〇まる」がノブによる造語なのか、または別に考案者がいてノブが受け継いだものなのか、もしかしてノブの地元の岡山弁の言い回しにあるのか、確かな語源が気になるが、いずれノブ本人から発せられる機会を待とう。

「大(おお)◯◯」が市民権を得る日

いずれにしても、「回し」→「大回し」→「大方言・大パチスロ・大ひな壇クイズ」という推移を行き来するに、この「大(おお)〇〇」というフレーズが、現在ほぼノブ専用(シャア専用的な)だと見えてきた。

千鳥の大阪から東京への露出拡大に連れ、この「大(おお)〇〇」は放射圏を広げている最中だ。自分もその過程でこのフレーズに釣り上げられてしまった。果たしてノブの「大(おお)〇〇」は、これからどこへ向かうのだろうか。

「大(おお)〇〇」のように、ものごとを強調する修辞フレーズは時代とともに流行りすたって、日本語の中で大きな位置を占めていく。「超〇〇」「クソ〇〇」「神〇〇」「めっちゃ〇〇」「激〇〇」・・・盛衰も起きやすい表現だ。使いやすければ一気に日常語として拡散し定着していく可能性がある。

ノブ本人は拡散を望んでいるのか? 問うまでもないか、芸人として世に出ているのだ、フレーズが流行ることは人気の証だ。新しく世に出る者が、大衆を切り拓く剣のごとく新しい言葉を携えて現れることが多々ある。すでにノブは「クセが強い」という剣を持つが、「大(おお)〇〇」が二の剣となるのかどうか。

それを思うに、この「大(おお)〇〇」、ハードルの高さがあることを否めない。何にでも安易に流用できる修辞ではない。的確に使いこなすにはある種の言語センスを要する。素人による乱用は「大(おお)〇〇」本来の面白味をいたずらに劣化させるだけだろう。もし、的確ではない乱用も含めて「流行った」なら、「大(おお)〇〇」ファンは「大(おお)〇〇」の乱れを嘆くことになるだろう。

今しばらくは、ノブ本人の使用例に耳を傾けないと。もっとノブの「大(おお)〇〇」に触れないと。

おっと、こんなところにも類例が。
< @NOBCHIDORI 千鳥ノブ ツイッタープロフィールより >
千鳥ノブです。大漫才師です。サインの横にたまに「夢ひとつ」と添えます。
大漫才師。これは対義使用が「小(こ)〇〇」なのだとしたら、ノブの声が聞こえてきそうだ。「わしは大漫才師じゃ、だけどおまえは小漫才師なんじゃ!」

ここ数日、この「大(おお)〇〇」のことを考えて、この文を書き綴っていたのだけれど、どうしてこうも自分がこの「大(おお)〇〇」に執着しているのか、記憶に埋まっていたトリガーがふと見つかった。「(千と千尋の神隠しのハクの名前みたいに)いま思い出したの!」、自分はかつてこの「大(おお)〇〇」と同じ違和感を持つ「大(おお)〇〇」を聞いていた。

それは今は亡き名優・島田正吾が晩年に挑んだひとり舞台の最中、新橋演舞場の三階席だ。

島田正吾はかつて新国劇で大友柳太郎と並び看板を張った大物俳優だ。1991年、島田が86歳(!)のときに始めた新橋演舞場での「島田正吾ひとり芝居」の情報に接し、これは何か只ならぬことが行われるらしい、老齢すぎる役者がたった一人で新橋演舞場の舞台に立つ・・・その浪漫にいざなわれ、「新国劇」も「島田正吾」もよく知らぬままに足を運んだのだ。二十代後半の頃だ。

「白野弁十郎」「人生劇場」「番場の忠太郎」「一本刀土俵入り」「殺陣師段平」「沓掛時次郎」等々、毎年5月29日30日の2日間開催されたこの舞台を、(高額なチケットが買えなかったので最もチケットが安かった)三階席から見下ろし眺めた。芝居が見せ場切れ場になると客席のあちこちに座する島田ファン新国劇ファンから堰切るように掛け声がかかるのだ。

「島田!」「島田!」「島田!」「日本一!」

さみだれて飛び交う掛け声をシメるようにして掛かるのが、ファンの中でも主(ぬし)のような面々が陣取る三階席からのひと声だった。

「島田! 大島田!!」

すぐ間近で発せられ劇場に響き渡った「大島田(おおしまだ)!」、この掛け声を初めて聞いたとき、名前に「大(おお)」をつける時代がかった呼称に驚き、耳慣れない違和感を覚えながら、こういう独特の文化があったのかと唸り、上の世代たちが築いてきた劇場空間に居合わせる高揚にじんわり痺れた。

それから五年程のち、ようやく自分も周りにまぎれ、三階席から「島田!」と声を掛ける悦びにひたった。だが、「大島田!」は自戒し控えた。それはごく一部の熱心な長年のファンに許される特権であり、昨日今日の素人がむやみに真似ていい代物ではなかった。(ちなみにこの「島田正吾ひとり芝居」は2002年、島田が96歳まで開催された。)

新国劇での通な掛け声「大島田!」、千鳥ノブの「大回しじゃ!」、個人的に二つの「大(おお)〇〇」が時を経てつながった。ということを記憶に上書きしつつ、「大(おお)〇〇」がハマりそうな言葉を個人的に夢想してみる。ほら、やっぱりけっこうむずかしい。