自殺後に「いじめは確認できない」とされた都教委調査 遺族の要望もあり再調査を検討 - 渋井哲也
※この記事は2018年04月26日にBLOGOSで公開されたものです
2015年9月、東京都立小山台高校一年の男子生徒(当時16)が自殺した問題で、東京都教育委員会いじめ問題対策委員会の調査部会は昨年9月、調査結果を公表した。都教委では「いじめ防止対策推進法」による調査報告は初めてだったが、報告書では、「収集できた資料の範囲内で判断する限りにおいて、いじめがあったと判断することは極めて困難」と、いじめを認定しなかった。
一方、筆者が入手したNPO作成の意見書によると、亡くなった生徒は「いじられキャラ」で、「特に男子生徒間では少なからず『孤立』し、悪気のないいじりは当該生徒にとってはいじめの状況にある」などとしていることがわかった。遺族は再調査を要望し、都青少年・治安対策本部が昨年11月、調査報告書検証チームを設置。現在、再調査するかどうかを検討している。遺族は検証チームにNPO作成の意見書をすでに提出している。
都調査部会報告書は、いじめの定義を独自に解釈
報告書や遺族によると、2015年9月27日午後4時30分ごろ、同生徒がJR中央線・大月駅(山梨県)で列車に飛び込んで死亡した。その後の学校の調査ではいじめについては認められなかった。しかし、遺族が同生徒のスマートフォンのデータを復元。それによって、いじめの疑いがある記述が見つかり、いじめによる自殺ではないかとの疑念を持った。16年1月、都教委では「いじめ防止対策推進法」に基づいて、いじめ問題対策委を開催し、調査をしていた。
報告書によると、調査委は、遺族が主張していた15のエピソードのうち、疑いのある5つを検討(理由は明記されていない)した上で、調査の結果、いじめが確認できないとした。こうした調査結果の背景には、調査委が法律上の「いじめの定義」について疑問を投げかけている点がある。
いじめ防止対策推進法では、第2条で以下のように規定している。
この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。
しかし報告書では、法の定義では、いじめの概念が広すぎる、として、以下のように説明している。
「関係性が存在する以上、今回、当該生徒が同じクラスの生徒や同じ部活動の生徒の言動から、心理的影響を受けていたことは事実である。その結果、当該生徒が、不快感や寂しさを感じたことがあったであろうことは否定しない。だが、いじめ問題に対する指導を行うに際して、学校、教職員がその端緒として活用する定義としては有用であるとしても、少なくとも、いじめ防止対策推進法に基づき重大事態の調査が行われるに当たってはこれをいじめと捉えることは広範にすぎる」
独自解釈は、葛飾区調査委でも
こうした法の定義に沿わない判断をしているのは、都教委の調査部会だけではない。東京都葛飾区の中学3年の男子生徒(当時14)が部活後に自殺した問題で、葛飾区いじめ調査委は「社会通念上のいじめに当てはまるかを検討した」として、部員の行為は悪質性はないとして、いじめを認定しなかった。
葛飾区ではいじめ調査委の答申の概要をホームページに公開している。それによると、調査委の設置にあたっては、法による広義のいじめによるかどうかの調査をできるだけ早期に行うべきことが求められるが、調査結果が「関係者に対してどのような指導を行う必要があるかどうかという現実の対応に影響を与える場面である」から、広義の定義を当てはめていない。
その上で、部活内でチーム決めの話し合いがあった後、「生徒たちは、無反応になった当該生徒を窓際に移動させ、霧吹きで水をかけ、ピンポン球を当て、ジャージを下ろそうとするという行為」があったと認定している。しかし、「生徒間の悪ふざけとして日常許容されているという共通認識の下、当該生徒を覚醒させる目的で行った」として、社会通念上のいじめを認定しなかった。
何が「社会通念上のいじめ」が何かが明らかにされていないが、広辞苑(小学館、第7版)よると、
いじめ【苛め】 いじめること。弱い立場の人に言葉・暴力・無視・仲間はずれなどにより精神的・身体的苦痛を与えること。1980年代以降、学校で問題化。
となっている。仮に、広辞苑の説明が「社会通念上のいじめ」ならば、弱いものへの行為でなければならないが、当該生徒が「弱い立場の人」ではない、ということなのだろうか。いずれにせよ。この考え方は、都教委調査部会の報告書と一致している。
遺族側はNPO作成意見書を提出
東京都立小山台高校で起きた問題については、都調査部会の報告書に対して、NPOが意見書を作成している。この中で、報告書の内容に異論を唱えている。
例えば、合唱コンクール(6月12日)について、報告書では、同生徒が練習時に歌い方について注意を受けていた点について、亡くなった生徒だけが目立って注意されたわけではない、としていた。一方、意見書では、歌に自信があり、かつてはボーカルとして活躍していた生徒が、クラスメイトに否定されたことで、思い悩み、精神的に強い苦痛を感じていた、としている。また、この一件により、クラスメイトは同生徒と距離を置いたとしている。
また、部活動の全体のグループLINEで、亡くなった生徒の姓に近い言葉が連呼されたことがあった。報告書では、「この言葉は、ハンドルネームであり、部活内での呼び名でもあった」としていた。一方で、意見書では、授業中に教員が間違えた呼び名で呼び、それを同じクラスの男子生徒が笑いのネタとして使っていたとしている。「男子生徒らはからかいの遊びだったかもしれないが、当該生徒は深く心の傷を負っていた」とのことだ。
この他にも、報告書が触れていない疑問点について、意見書は検討を行っている。都教委の調査の姿勢や初期に行われている学校内の調査部会の調査についても問題を指摘している。
都教委は昨年9月の報告書公表時期に通知
ちなみに、都教委は報告書公表を踏まえて、記者会見があった昨年9月26日付けで、「都立学校長」あてに、「いじめ防止および自殺予防に関する取組の徹底について」という通知を出した。それによると、報告書では「いじめがあったと判断することは極めて困難」との結論が示されたものの、同種の事態の発生防止に資することを目的として「提言」をまとめている。その上で以下のように具体的な方策を示している。
1いじめ防止及び自殺予防の取組
(1)教職員の児童・生徒理解に関する意識の向上
(2)学校いじめ対策委員会を中核とした組織的対応
(3)「いじめ発見のためのアンケート」等の適切な取り扱い
(4)スクールカウンセラーによる全員面接の効果的な活用
(5)学校教育相談体制の確立
(6)いじめに関する研修の確実な実施
(7)体調不良等を訴える児童・生徒への配慮2児童・生徒の自殺が起きたときの対応
(1)遺族に対する配慮
(2)児童・生徒の自殺が起きたときの背景調査(基本調査)の確実な実施
(3)児童・生徒の自殺が起きたときの背景調査(詳細調査)への移行
(4)いじめ防止対策推進法に規定される重大事態の事実関係を明らかにするための調査への移行
(5)組織的対応及び教職員間の情報共有の徹底
(6)再発防止策の立案及び教職員への周知・徹底
ただ、こうした通知を出したことを遺族は知らされていなかった。昨年の記者会見では都教委は「本日付で通知を発出する予定」としていたが、会見では通知内容の詳細は公表していなかった。また、遺族は通知のことを直接、聞いていない。遺族に直接知らせる義務はないが、遺族は「息子の件があって、通知を出しているのに、教えてくれてもよかったのではないか?」と話している。
「都教委謝罪」という報道。その後は....
また、同生徒へのいじめが確認できなかったとしても、亡くなるまでの1ヶ月間に4回も保健室に通っていたことが記録に残っている。SOSを出していたにもかかわらず、保護者に連絡もせず、対策をとっていなかった。このことについて、学校対応の不備があったとして、「異変を保護者に伝えず…都教委謝罪へ」という報道が一部でなされた。
この問題では、遺族側の弁護士にも都教委の担当から謝罪する旨を連絡があったが、都教委の対応は一転したという。遺族は「謝罪に関して担当課長から弁護士を通じて連絡がありましたが、直前になって、都教委の判断として『再調査の検証が終わるまで会えない』と言われました」と話す。一方、筆者に電話取材し、報道の真偽を問いただすと、都教委は「当時の担当課長と(取材・執筆した)記者はやりとりをしているようだが、そんな話は誰もしていないようだ」として、謝罪の動きがあったとは認めていない。