【赤木智弘の眼光紙背】安易な徴用は国を滅ぼす - 赤木智弘
※この記事は2010年03月11日にBLOGOSで公開されたものです
自民党が、自民党憲法改正推進本部の合会で、徴兵制の検討を示唆する内容を含む、憲法改正へ向けた論点整理を発表した。(*1)大島幹事長は「わが党が徴兵制を検討することはない」と発言したそうだ。しかし、憲法改正推進本部の各論として民主主義国における兵役義務の意味を論点とする(*2)ということの意味を考えれば、「徴兵制までもを視野に含めた憲法改正までありうる」そうほのめかして、保守層にアピールすることが目的であると言っても、決して過言ではないだろう。
こうした「自民党が徴兵制を検討している」という報道に対して、Twitterのつぶやきで「ガセである」と噛みついたのが、自民党の岩屋毅衆議院議員である。
このつぶやきの中で岩屋議員は、「徴兵制の検討」についてはガセであるとしつつも、兵役意外の社会的な労働に一定期間就かせる「徴用制」なら検討の価値はあるかも知れないと論じている。(*3)
岩屋議員は「徴兵制」という言葉が持つ問題を、正しく認識できていないようだ。確かに昔ながらの左翼には「徴兵制=軍靴の音=反対」と安直に論じる人もいるし、岩屋議員もそうした意味で「兵役ではない労働であれば、賛同を得られるのではないか?」と思って、徴用制ということを言ったのだろう。
しかし、徴兵制が持つ本質的な問題は「兵」ではなく「徴」の方にある。兵役が問題なのではなく、若者が国によって一方的に徴されることこそ、問題なのである。
例えば、若者を2年間農村で働かせたとする。仮に地元との軋轢などもなく、さまざまな経験をしながら、順調に生活をやり終えたとする。確かに、そこで得たものはたくさんあっただろうが、同時に学問を修める機会や、市場に合った労働スキルを得る機会などを2年分失ったことになる。
仮に農業訓練がうまく行ったとしても、農業で得たスキルは農業以外に活かせるものではないし、うまく行かなければ若者は2年間を農村で無駄に過ごすことになる。
問題はそれだけではない。そうして若者を山村に集めれば、都市部から若者がごっそりいなくなることになり、居酒屋に映画館、書店やゲームセンターなど、若者が利用するあらゆる産業が大きな影響を受ける。また、どこの国でも徴兵される兵士は薄給であり、徴用も同じであると考えると、若者が2年間、まったくなにも消費できなくなる。これだけ「若者の○○離れが問題だ!」と産業界が悲鳴を上げている状況で、2年間も若者が都市から消え、お金も持たなくなったら、果たして日本の産業はどうなってしまうのだろうか?
結局「徴用制」というのは、教育の名の下に若者を食いつぶし、社会を混乱に貶めるだけの下劣な政策に過ぎない。実際にポル・ポトや毛沢東といった共産主義の指導者が、こうした下劣な政策を率先して行い、みごとに国を傾かせた。徴用が失敗するのは歴史が証明している。民主主義国家である日本が同じ轍を踏む必要性など、まったくないのである。
最後に1つだけ、「徴用制」が本当に若者のためになるかも知れない方法論を述べておきたい。それは、徴用制を「有償労働」にするということだ。もちろん労働の自由を簒奪するわけだから、その分給料は高く設定する。衣食住は国が保証し、年収は500万以上。若者は若いうちに大きなお金を得て、「土台」を固めることができるのだ。
さらにいえば、これは決して若者だけの制度である必要はない。国民全てが一生のうち2年限定で、国の労働をすれば年収500万円以上のお金が得られることにしたらどうだろうか。借金がかさんだり会社が倒産しそうになっているなどという状況で、各自セーフティーネット代わりに徴用制度を利用することができる。
諸外国では当たり前な「権利としてのセーフティーネット」に対する理解が薄い日本人にとっても、「労働の対価としてのセーフティーネット」であれば、多少は受けいれやすいのではないだろうか。
念のために最後に記しておくが、私は徴兵だろうが徴用だろうが反対である。ただ、利用しようとするのであれば、国による「徴用」ではなく「雇用」という形を目指すべきであろう。
*1:自民、徴兵制検討を示唆 5月めど、改憲案修正へ(共同通信)http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010030401000592.html
*2:「天皇元首」「外国人参政権」など検討 自民が憲法改正で論点整理(産経新聞)http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100304/stt1003041806007-n1.htm
*3:「自民党が徴兵制を検討!」なんていうニュースはガセだが(Twitter @takeshi108)http://twitter.com/takeshi108/status/9976121305
プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「「当たり前」をひっぱたく」など。