※この記事は2009年12月31日にBLOGOSで公開されたものです

 12月25日、文部科学省は、2013年度から実施する高校の地理歴史科の新学習指導要領の解説書を公表した。2008年、中学の解説書で、わが国が抱える領土問題として島根県沖の竹島(韓国名・「独島」)を初めて記述し、これに韓国が猛反発した。

<中学の解説書は、自民党議員などの声を受け、「我が国と韓国の間に竹島をめぐって主張に相違があることなどにも触れ、北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせることも必要」と、初めて「竹島」の文言を入れた。竹島を「日本固有の領土」と表現しないなど韓国にも配慮した表現だったが、竹島に触れたこと自体に韓国側は反発、駐日大使を一時帰国させたほか、民間の交流事業でも中止や延期が相次いだ。

 今回の高校解説書も、文科省内で中学と同様「竹島」に触れた案が検討されたが、平野博文官房長官らの判断で最終的な文言が固まった。

 1999年作成で、今も使われる高校の解説書は領土問題について、「北方領土など我が国が当面する領土問題については、我が国が正当に主張している立場に基づいて的確に扱う」となっている。今回の改訂で、これに「中学校における学習を踏まえ」「領土問題について理解を深めさせる」との表現が加わった。

 25日の閣議後会見で、川端達夫文科相は「(竹島が)我が国の領土であるということは何も変わっていない」と説明。竹島と明記しなかった理由は「中学の解説書に(既に)書いてある。中学の学習を踏まえるという記述に集約した」と、この記述でも高校での指導には十分との認識を示した。韓国への配慮については「ない。我が国の教育は我が国が責任を持つ」と答えた。

 文科省によると、高校の地理歴史では、ほとんどの教科書で竹島の記述がある。>(12月25日asahi.com)

 韓国では、川端文科相の発言を「妄言」と非難する声もあるようだが、2008年と比較すれば落ち着いた対応をしているようである。日本も韓国も主権国家である。主権国家が自らの国民に何を教育するかについて、他国からとやかく指図されるいわれはない。韓国への配慮について「ない。我が国の教育は我が国が責任を持つ」と言い切った川端文科相の姿勢を筆者は支持する。

 領土は、国家の礎だ。日本が抱える領土問題は、北方領土問題と竹島問題の2つだけである。北方領土はロシアによって、竹島は韓国によって、不法占拠された状態にある。この状況を糺し、両国との関係を完全に正常化することが、日本外交の責務だ。ちなみに、尖閣諸島をめぐる領土問題は存在しない。尖閣諸島は日本が実効支配している。これに対して中国が領有権を主張しても、「日中間に領土問題は存在しない」と突っぱねる。これを領土問題と認めることは、中国に対する譲歩である。

 北方領土について、ロシアは帰属を巡る係争があることを認めている。そして、法と正義の原則に基づき、外交交渉で解決することについて、日露両国政府は約束している。これに対して、竹島について、韓国は帰属を巡る係争があることを認めない。この状況を変化させることが、日本外交の重要課題だ。その前提として、竹島をめぐるお互いの国内的発言(それには当然、教科書や学習指導要領の解説書も含まれる)について、外交的に反応することをやめることだ。その意味で、今回の竹島をめぐる文部科学省の対応とこれに対する韓国政府の抑制された対応は、大人の日韓関係を築く基礎になる。目立たないが、鳩山外交の成果と筆者は見ている。(2009年12月28日脱稿)

プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・元外交官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「外務省ハレンチ物語」、「獄中記 (岩波現代文庫)」、「インテリジェンス人生相談 [個人編]」、「インテリジェンス人生相談 [社会編]」など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。