【赤木智弘の眼光紙背】石原慎太郎に“環境”は似合わない - 赤木智弘
※この記事は2009年10月08日にBLOGOSで公開されたものです
2016年の夏季五輪開催地は下馬評通り、南米初の五輪開催という大義名分を背負ったリオデジャネイロが選ばれた。東京も招致を目指していたが、誰もが思っていたとおり落選となった。個人的には最初の投票で落選しなかったことに驚きである。東京都知事である石原慎太郎は「政治的な動きがあった」だ、なんだとグチをこぼしている(*1)らしいが、IOCでの投票がアンフェアであったか否か以前に、石原都政は五輪開催を目指すことに対するコンセンサスを、東京都内ですら形成できていなかったではないか。都内ですらできないことが世界でできるはずがなかろう。
招致委員会の主張を見ると、東京五輪は環境に配慮した「カーボンマイナス・オリンピック」を目指していたようだ。環境への取り組みを世界に向けて発信し、五輪で生み出したものを、今後の日本に生かして行こうということだろう。
しかし、実のところ、カーボンマイナス、すなわち二酸化炭素排出削減への取り組みは、景気に対してマイナスを引き起こすことが懸念されている。CO2削減のためのコストが大きくなり、企業活動にブレーキをかけてしまうという考え方である。政治や行政に対して「景気の回復」「安心できる生活」が要求されている最中に、こうした景気と逆行する考え方を掲げたところで、十分な支持が得られるとは、私には思えない。
そもそも、石原慎太郎を支持する層の人たちが、石原慎太郎に何を期待しているかと言えば、それはまさに高度経済成長時代を取り戻すことだろう。太陽族の生みの親であり、大スター石原裕次郎の兄である石原慎太郎は、高度経済成長幻想を抱き続ける人たちにとっては神々しい存在である。だからこそ、都民は石原慎太郎に票を投じたはずである。
しかし、今回の五輪招致に関して、石原慎太郎はかつての東京五輪を繰り返そうとはしていなかったように思う。高度経済成長とはあまり関係ない部分で、業績としての五輪招致がほしかったのだろう。特に新銀行東京の問題が取りざたされ、自身の責任が追及されつつある中で、五輪招致の成功に賭けていた部分があった。
だから、石原慎太郎は支持者よりも、世界に評価されるために、カーボンマイナス・オリンピックという「極めてまっとうなアピール」をして、本気で五輪を招致しようとしていた。先進国である日本の五輪は、かつての発展途上だった日本の五輪を目標にするべきではないのだ。
しかし、石原慎太郎を支持する人たちにとって「コンパクトな五輪」は、興味の範囲外である。彼らが望んだのは「あの高度経済成長下の東京五輪」のような、経済成長の礎となる東京五輪、いわば「景気回復のための五輪」である。かつてのような過激なスクラップアンドビルドで街の姿を一変させ、日本橋の直上に高速道路を通しても許されるような、あの栄光の時代を取り戻したいのである。
結局のところ、高度経済成長幻想を背負う石原慎太郎が、低成長時代の礎となる「カーボンマイナス・オリンピック」を推進すること自体が、大きな矛盾であり、都民の間で五輪誘致の盛り上がりがなかった原因の1つではないかと考えている。
今回の五輪招致失敗から学ぶべきことは、もはや石原慎太郎のような高度経済成長の幻影を背負うような存在が行政の長であることは、今後日本が進むべき方向性を見誤らせる可能性が高いということだ。
それは決して石原慎太郎本人だけの責任ではない。彼は彼なりに今の時代に対応しようとしているが、背負った光があまりにも強すぎるのだ。もちろん、彼はそれを分かってこれまで利用してきたのであるから、そのことに対して決して無謬ではない。
しかし、もっとも間違った選択をしているのは、経済成長さえすれば、かつての日本の栄光が取り戻せるかのように勘違いし、石原慎太郎を行政の長に据え続けてしまった東京都民である。これからの社会が少しでも暮らしやすい社会であることを望むのであれば、石原慎太郎という個人に、過去の栄光を背負い込ませ、過剰な期待を負わせてしまっている現状を考え直すべきではないだろうか。
*1:IOCに「政治的動き」…石原都知事が敗因語る(読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/sports/news/20091004-OYT1T00596.htm
プロフィール
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「「当たり前」をひっぱたく」。
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。