【佐藤優の眼光紙背】新型インフルエンザとバイオテロ - 佐藤優
※この記事は2009年09月15日にBLOGOSで公開されたものです
最近、厚生労働省医系技官(医師)の木村盛世氏と意見交換をした。木村氏は筑波大学医学群を卒業した後、米国ジョンズ・ホプキンス大学で公衆衛生学を専攻した。日本では数少ないバイオ(生物)テロリズム問題の専門家だ。筆者も現役外交官時代、バイオテロリズム問題については、米国、イスラエル、ロシアのインテリジェンス専門家からさまざまなことを教えられた。木村氏と話しているうちに当時の記憶が甦ってきた。
木村氏は、新型インフルエンザに対する厚生労働省の対応が、公衆衛生学の専門的見地からするとまったくなっていないという。まず、新型インフルエンザが発生したら、それが自然発生的なものであるか、人為的なものであるかを見極めなければならない。自然発生的なものであるならば、数年で流行は収まる。パニックを起こす必要はない。ただし、インフルエンザを水際で防止することは不可能だ。新型インフルエンザ対策として、成田空港の検疫体制を強化し、新型インフルエンザにかかっている可能性があると思われる人を隔離するという方式で、水際でウイルスの侵入を食い止めることは不可能だ。こういうことにエネルギーを注いでいる姿がテレビの映像を通じて世界に伝わることによって、日本の感染症対策が頓珍漢であることが露見してしまう。
木村氏は、テロリストが日本を標的にした場合の危険に警鐘を鳴らす。特に絶滅されたとする天然痘ウイルスをテロリストが入手し、バイオテロを仕掛けた場合、日本は壊滅的打撃を受ける。木村氏は著書の中でこう指摘する。
<WHO[世界保健機関]事務局長のマーガレット・チャンが、2007年の『世界の健康問題についての報告書』で天然痘が生物テロに使われる危険性について強調しています。
天然痘ウイルスはDNAウイルスであり、インフルエンザのようなRNAウイルスに比べて培養がしやすいウイルスです。DNAウイルスはRNAウイルスと比較して遺伝子の変異が少ないことがわかっています。DNAウイルスには増殖の際に生じる複製のミスを修正できる機能が備わっているからです。そのため、長期にわたって同じワクチンが有効です。
一方で、寒さや乾燥にも強いため、封印されている研究用のウイルスが外部に漏れ出さなくても、近頃の温暖化の影響で、凍土から復活した天然痘ウイルスが目を覚ます危険性も指摘されています。
天然痘ウイルスはエアロゾルという方法で空気中にまくと、大半の人が感染します。感染した人は病気になります。乾燥と寒さに強いウイルスですから、冬場に人が集まる場所や、電車、飛行機などの輸送機関でまかれたら、その被害は図り知れません。>(木村盛世『厚生労働省崩壊 「天然痘テロ」に日本が襲われる日』講談社、2009年、135~136頁)
天然痘ワクチンを予防接種すれば、このテロを防ぐことができる。民主党新政権は、バイオテロ対策にも真剣に取り組んで欲しい。(2009年9月13日脱稿)
プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「外務省ハレンチ物語」、「獄中記 (岩波現代文庫)」、「インテリジェンス人生相談 [個人編]」、「インテリジェンス人生相談 [社会編]」など。
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。