平均で42歳ごろに限界を感じる…出世競争から「降りた人」が早期退職までにやっておくべきこと
※本稿は、小林祐児『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■5歳ごとに大学偏差値が10低下するのと同じ効果
転職市場にはかねてより「35歳限界説」という言葉が流布していました。35歳限界説とは、会社員は35歳を超えるとなかなか転職が難しくなる、企業から採用されなくなる、という意味です。
この俗説は、ミドルの転職が増えていくにつれて消えてきた、なくなってきたと言われることが多くなりました。
そこで筆者は、こうした中途採用時に年齢の与える影響を、採用担当者を調査対象にしたコンジョイント分析というやや特殊な実験的方法で測定してみました(※1)。
その結果、やはり高齢になるほど、特に、35歳以降は採用されにくくなっていました。企業規模や採用担当者の属性による差は特になく(医療・教育・福祉の業界はやや年齢によるバイアスが少ない)、こうした年齢によるバイアスは広い範囲で見られました。
どの程度採用されにくくなるかというと、35歳を超えると、5歳分歳をとるごとに出身大学偏差値が10低下することと同程度の採用抑制効果が見られました。受験のときを思い返してみれば、偏差値10の差はかなり大きな差です。
学校や塾などで頑張った分の教育投資効果がまるごと失われています。その他にも、転職回数が多いほど、無職期間が長くなるほど、採用費(人材紹介費)が高くなるほど、採用されにくくなることも示されましたが、それらの効果とは独立して、年齢という要素だけで大きく人は採用されにくくなります。「35歳限界説」はかなり明確に、広く日本の転職市場に根強く残っていそうです。
■ミドルに必要なのは「会社愛」でも「出世欲」でもない
さて、本書において、校内マラソン大会のような出世競争から「降りる人」や「限界を感じる人」が多くなるのは、平均で42歳ごろだというデータを紹介しました。
校内マラソンにたとえているのは、同年代の「同期」を準拠集団としつつ、職種や配属にかかわらず「みな」が同じスタートでヨーイドンの出世競争を始めるからです。
最初のころは「みな」が競争しているので、その中でリードしていること(勝つ見込みがあること)が動機づけやパフォーマンスを向上させますが、40歳をすぎるころには、まだ出世の見込みが残っている、先頭集団だけの競争になります。
どんな企業でも、上位のポストになればなるほど仕事の複雑性が増してポストも限られてくるので当然です。
しかし、先述したとおり、35歳神話が根強く残っているので、そのころにはすでに転職市場では価値がガクンと下がってしまっています。
不満だけを溜めて外にでない中高年層が大量に発生するのは、この長すぎる出世競争が終わるころにはすでに「簡単には外にでられない」状態になってしまっているためです。
しかもその動機づけ競争を主導しているのは企業側です。その状態の中高年にいきなり「外にでることも考えて」と告げるだけでは済まされないでしょう。
もちろん、出世は諦めたけれど、今の会社を気に入っていてまだまだ前向きに頑張りたい、という人もいます。次に、こうした企業への愛着や思いについて見てみましょう。
調査によって得られたデータを年代別に分析すると、所属している会社への愛着や一体感を示す「組織へのコミットメント」は、歳をとるごとにその人のパフォーマンスにつながらなくなる傾向が見られました。
残念なことに、「会社への愛」は「会社への貢献」には徐々につながらなくなっていくようなのです。
■変わる力は将来への備え
出世への意欲は限界を迎え、会社愛を持っていてもそれほど活躍につながらないとすると、中高年からのキャリアに必要なものは一体何なのでしょうか。
それは、変化に合わせて自分を変えられる力、筆者が〈変化適応力〉と呼んでいる力です。〈変化適応力〉とは、組織、企業、事業環境、技術などの変化に対してうまく適応していく力であり、将来への構えのことです。
未来に起こる思わぬ変化を、うまく乗り越えていく準備ができていることを指します。この変化適応力が高い人こそ、中高年になるほどパフォーマンスを出していることが分析の結果でわかっています。
詳しい分析を紹介する前に、〈変化適応力〉の現代的意義についてもう少し述べておくことにしましょう。
近年、こうした〈変化適応力〉が仕事での活躍を左右した典型的なシーンと言えば、何よりも2020年から今なお続くコロナ禍における働き方の急激かつ予想しなかった変化でしょう。
2020年3月、緊急事態宣言の発令によって多くの会社が不慣れな在宅勤務を余儀なくされ、それに伴ってZoomなどの遠隔会議システムやTeamsやSlackなどのビジネスチャットツールが急速に普及しました。
この状況は、同じような条件のもとでの急速な変化として、日本中の職場がある種の社会実験のような様相を見せることになりました。
新しいテクノロジーやツールを使い始めるとき、「そういうのは自分は苦手だから」「どう調べればいいかわからない」と言って、なかなか使い方がマスターできない人もいれば、積極的に学び、使いこなそうとする人もいて、くっきり二つに分かれました。
1年たってもZoomの画面共有の仕方もわからない中高年も見かけましたし、一方で積極的に人に教えられるくらい習熟している人もいます。〈変化適応力〉とは、まさにそうした変化への「反射神経」のバックボーンとなる力です。
■「効力感」が業績・パフォーマンスに強く影響する
ミドル以降のキャリアは、一見安定しているようですが、ポスト・オフや再雇用、独立、早期退職、職域の変更などの大きなターニングポイントはいくつも存在します。
もちろん結婚・子育て・介護といったライフイベントもありますし、急な人事異動や事業の統廃合もありえます。〈変化適応力〉がない状態では、予見しにくいそうした環境変化を乗り切るのは難しくなります(※2)。
近年、会社での人事やマネジメントのあり方について研究する人的資源管理という学術分野で、「心理的資本(Psychological Capital)」という概念が注目され、海外を中心に多くの研究・調査・論文が蓄積されてきています。
日本ではまだあまり耳慣れない概念ですが、近年フレッド・ルーサンスらによる“PSYCHOLOGICAL CAPITAL AND BEYOND”が翻訳出版されました(※3)。
働く人のワーク・エンゲイジメントによい影響を与えるものとして、厚生労働省のレポートでも言及されました(※4)。
この心理的資本の一つとされるものが、「効力感(efficacy)」です。効力感とは、ある対象に対して「できる」「可能だ」と思えている心の持ちようです。
この効力感についても様々な研究があり、そうした多くの実証研究をまとめたメタ分析などから、こうした効力感が個人の仕事における業績・パフォーマンスに強く影響することが明らかになっています(※5)。
■中高年が就業期間において貯め込んでおくべきもの
先の〈変化適応力〉とは、この自己に対する効力感、つまり心の資本の一種として位置づけることができます。〈変化適応力〉における変化とは、まだ目に見えない将来における変化のことです。
ゆえに〈変化適応力〉は正確には、そうした変化にも適応していけるだろうという予測に基づいた「自己効力感」だからです(※6)。
〈変化適応力〉とは、これから自分の働き方や仕事に何らかの変化が起きたとしてもなんとかやっていける、前向きに適応することができるとする、ポジティブな心理状態です。
これらの変化は「今」を基準にすればすべて未来の話ですので、実際にそのときにうまくいくかどうかはわかりません。
しかし、何が起ころうとも、こうした自己効力感がない状態では、変化に対して一歩踏み出したり、行動を起こしたり、学びの時間をとるといった意思を持つことは難しいでしょう。
「未来」に対する効力感が、結局「今」の行動やパフォーマンスに影響を与えるということです。
「心理的資本」のコンセプトは、なぜわざわざ「資本」という経済学的な用語を使っているのでしょうか。
それは、「資本」という操作可能な概念・変数として扱うことで、変わらない性格や特質ではなく、「変わるもの」であり、「蓄積できるもの」として捉えるためです(※7)。
2019年、「老後2000万円問題」が世間を賑わしました。収入を年金のみに頼る無職世帯では、老後の20〜30年間で約2000万円の資金が必要になることが金融庁の審議会で報告され、議論が紛糾したのを覚えている方も多いでしょう(※8)。
本書の文脈に乗せれば、中高年が就業期間において貯め込んでいるべきは、老後資金とともに、こうした〈変化適応力〉だ、ということが言えます(※9)。
■変わる力があれば今の会社でも活躍できる
さて、分析結果をもう少し丁寧に見ていくことにしましょう。〈変化適応力〉とは正確には「変化適応への自己効力感」だと言いました。もう少し分析を掘り下げるために、他の「自己効力感」との比較を行ってみました。
比較したのは「社内活躍」への自己効力感です。つまり、今いる会社や組織の中において、「自分はこれから中心的な役割を担えるだろう」「上位の職位に昇進できるだろう」といった自分の社内地位に関するポジティブな見込みです。
わかりやすく対比すれば、今いる組織に対して「内向き」の効力感と、組織の外も含んだ「外向き」の効力感である変化適応力の、どちらが成果へと強く結びついているかを比較してみたということです。
そうすると、性別や年齢、企業属性などの基本的な事柄をコントロールしても(影響を取り除いても)、〈変化適応力〉のほうが強くパフォーマンスや学習行動などとプラスの関係がありました。
「社内活躍見込み」が唯一強く紐付いていたのは、「組織へのコミットメント」です。つまり、社内でまだまだ活躍できる見込みを持っていると、確かに組織への愛着や会社への想いは強い傾向が見られたのですが、そのことはさほどパフォーマンスにつながっていないということです。
しかも、この〈変化適応力〉とパフォーマンスとの正の関係は、加齢に伴って強くなっていきます。再度「社内活躍見込み」と比べて年齢別に影響度を見ると、歳をとるにつれてどんどん変化適応力のほうが重要になっていることがわかります。
また、この〈変化適応力〉が高いシニア層は、定年再雇用後に仕事内容が変わったとしても満足度が高いまま働き続けられることがわかっています。
■変化対応力の背景にある3つの促進心理
さて、中高年からの活躍には、こうした環境変化への備えであり自己効力感である〈変化適応力〉が鍵になりそうだ、ということを見てきました。しかし、〈変化適応力〉と言われても、具体的にどんな力なのかイメージしにくいと思います。
もう少し解像度を上げ、変化適応力の背景にある心理を見ていきましょう。解析の結果、変化適応力の背景には、三つの促進心理があることもわかっています。
一つ目の促進心理は、自分なりの目指すべき目標を見つけて進んでいく「目標達成の志向性」です。常に自分で目標を作っていく力と、その定めた目標に向かって集中して行動していくことが含まれます。
同じ仕事をするにも自分なりの目標をセットするかどうかによって、取り組み方は大きく変わってくるものです。
仕事における「目標」の重要性は、学術的にはアメリカの心理学者ロック(E. A. Locke)やカナダのレイサム(G. P. Latham)といった研究者によって提唱された「目標設定理論」が明らかにしてきました。
目標設定理論に関する研究では、曖昧な目標を立てるよりも、明確で具体的な目標を立てたほうが人の動機づけは強くなることなどが明らかになっています。目標を持つことの習慣づけが、変化への効力感にもプラスに作用しているということです。
■日本の社会人は圧倒的に学習活動が少ない
逆に、変化適応力とマイナスの関係にあった心理が、「現状維持志向」です。これは右記の「目標達成志向」の裏返しとして見ることができるでしょう。
自分が思っている目標や負っている責任を果たせないのではないか、と「失敗」のほうに目がいってしまい、現状維持で「失敗を避ける」ということがいつのまにか目標にすり替わってしまっている、そうした状況です。
二つ目の促進心理は、「新しいことへの挑戦や学びへの意欲」です。職業人生において、ますます「学び」の大切さは増しています。そのこと自体に意義を唱える人はおそらく少ないでしょう。
環境変化と技術発展の速度が速くなれば、新しいことを学び続けることの必要性は高まり続けていきます。しかし、前ページの図に示したとおり、中高年になるにつれ、全く学ばない人も増え、平均の学習時間も目減りしていきます。
さらに、国際的な水準から見ても、日本の社会人は圧倒的に学習活動が少ないことが知られています。例えば、アジアの中で比べてみましょう。
図表9は、パーソル総合研究所が実施した調査の結果です。これを見ると日本はアジア・APACの中でもとりわけ学びを行っていないことがわかります。
読書、研修、語学学習などあらゆる学習行動がAPAC諸国の平均よりも低く、学習行動を「特に何も行っていない」人の割合が5割近くに上っています。
中高年の「変わらなさ」の背景には、先進各国の中で最低クラスの学習習慣のなさがあるということです。
■「怠惰さ」ではなく「学びが職場に偏っている」
世界でも学ばない大人が圧倒的に多い日本、さらにその中でも、中高年が最も学びから離れているということを確認してきました。こうした結果を見て、「日本の中高年はなんと怠け者なんだ」と感じる人もいるでしょう。
しかし、このことを「怠惰さ」といった個人特性のせいにするのは一面的な見方です。問題の根源を「心理」に求める心理還元主義に対抗するのが本書の方針でもありました。
日本人の学ばなさは、そのキャリアの歩み方によって、「学びが職場に偏っている」ことが一因です。
「平等主義・競争主義」的である日本企業の人事管理において、社会人のキャリアのスタートは、国際的にはなかなか見られない実務未経験入社です。入職のときから「具体的職業への就職」ではなくて、「会社という箱への就社」という形で行われます。
未経験でも多くの学生が職につけること、そして長く続く安定雇用と引き換えに、企業主導の異動という形で、自身のキャリアの選択権を企業に明け渡してきました。
実務上は、異動では多くの場合事前の交渉が行われますし、従業員の合意のもとに異動辞令が下されることも多いです。しかし、問題は主導権が企業側にある限り自分の「未来展望」を捉えにくいことです。
筆者が立教大学・中原淳教授と行った「転職学」の研究においても、自分のキャリアの道筋を「運次第」だと捉えている人は、学習意欲が低くなっていました(※10)。
キャリアについて「予習」することができにくい場合、自分で計画的に社外学習するよりも、実際に配属されたあと、現場ごとに先輩や上司から仕事の手ほどきを受けたり、背中を見ながら仕事のやり方を覚えたりするほうが合理的です。
■男性中高年にとって社外で学ぶことは夢のまた夢
加えて、日本の正社員には、長時間労働の習慣が根付いています。平日夕方5時に仕事が終わるならば(そしてそれが安定的に予想できるならば)、6時以降は大学院に通って学ぶといったことも可能ですが、多くの正規雇用では難しい生活サイクルです。
とりわけ「残業分離」の負担がのしかかっている多くの男性中高年にとっては夢のまた夢です。
こうして日本の企業の社員たちの学びの場は、「職場」へと偏ることになります。日本企業はオン・ザ・ジョブ・トレーニングを重視し、直接費用のかかる人材育成への投資は先進各国に比べて極めて低いことが知られています。
職場外のOff-JTや教育機関への通学ではなく、未経験から現場で育ち、異動するたびに現場でやり方を学んでいくスタイルこそが日本人の「学び」です。
しかし、OJTを中心とする職場内の経験学習がなお会社員の学びのメインストリームであり続けていることは、現代の状況と照らすと問題含みです。
市場環境の変化が激しい現代においては、職場経験を通じて学んだことが、一人ひとりのキャリアという観点からは、これからも引き続き役に立つとは限りません。
現場で蓄積してきたノウハウや知見の中には、これから「使えないもの」や「使いにくいもの」が増えていくからです。
■「漠然とした不安感、自信のなさ」の正体
例えば、ソフトウェアアプリの開発現場では、使用されるプログラミング言語の変遷スピードが加速し、ある言語が別の新しい言語に取って代わられるといったことが頻発しています。
プログラミングそのものを不要とする「ノーコード」と呼ばれる開発手法も広まりつつあります。自動車業界ではコネクテッド(Connected)、自動運転(Autonomous)、シェアリング(Shared & Services)、電動化(Electric)という四つの頭文字をとった「CASE」のスローガンのもと大きな変革が進んでいます。
そうした事業的な変化には、これまでの内燃系エンジン技術はEV(電気自動車)に変わるといった技術分野の変化も伴います。
他にも、金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた「フィンテック(FinTech)」、農業(Agriculture)と技術(Technology)を組み合わせた「アグリテック(AgriTech)」といったテクノロジーを用いた革新運動は、すでに多くの業界で起こっています。
先程、Zoomの使い方をなかなか覚えようとしない中高年の話をしましたが、こうしたビジネスの潮流やテクノロジーの進化についていっていないという感覚や、自分の専門性や経験が「世間に通用しない」「評価されない」といった「漠然とした不安感、自信のなさ」は、〈変化適応力〉を衰えさせる二つ目の心理として浮かび上がりました。
■私たちは興味関心の幅や限界を設定して生きている
さらにもう一つ、筆者が特に重要だと考えているのが〈変化適応力〉の三つ目の促進心理、自分自身の興味関心の範囲を決めつけないという「興味の柔軟性」です。
仕事の場でも、日常生活でも、持っている趣味においても、人がそれぞれ抱いている興味や関心の範囲は様々です。
そうした興味関心は、無限に抱くことはできません。
「万学の祖」と呼ばれたアリストテレスならば目に入るすべての知識を吸収していたのかもしれませんが、アリストテレスではない私たちは、どこかに自分の興味関心の「幅」や「限界」を設定して生きているものです。
この「興味の柔軟性」が意味しているのは、これまでの経験や知識に固執して、「ここまでだ」と決めつけてしまうことなく、自分の興味関心の範囲がこれからも広がっていくということです。
この「興味関心の幅」を固定化してしまえば、当然ですがこれから起こってくる様々な変化についていくことは難しくなります。
手前味噌になりますが、筆者は、いわゆる「サブカルチャー」に子供のころから親しんできたタイプです。映画、音楽、アートなど、今の仕事とは全く結びつかない文化作品を好んで渉猟してきました。のめり込んだきっかけは、映画です。
幼少期は宮崎駿監督の作品やゴジラ映画などの子供にも親しみやすい大衆的映画しか観ていない子供でした。
■長期安定雇用の副作用とも言える現象
しかし、中学のころの北野武監督の作品との出会いに始まり、そのあと大島渚やATG(日本アート・シアター・ギルド)、フランスのヌーヴェル・ヴァーグから、イランのアッバス・キアロスタミの作品、そしてハリウッド大作まで徐々に幅広く観るようになっていきました。映画で使われている音楽やサウンドトラックから聴く音楽の範囲も広がりました。
私的な経験ですが、このように興味関心というのは徐々に「変遷」していくものですし、ゴジラ映画しか観ていなかったころの筆者の「興味の範囲」と、今の筆者の「興味の範囲」は全く異なります(そもそも学生時代、筆者にとって人事管理や労働研究は全く関心の埒外にありました)。
しかし、ゴジラ映画を観ていた子供が、いきなりイランの監督の作品を観るようになることはありません。興味とは、「一足飛びに」移るものではなく、徐々に変化していくものです。
しかし、パーソル総合研究所の調査では、終身雇用傾向が強く、安定した雇用の企業で勤めている人は、この「興味の柔軟性」が低いという傾向があることがわかりました。
解雇の心配がない人ほど、「自分はこういうものだ」という好奇心の限界を設定してしまうことが示唆されます。これは、日本企業の特徴でもある長期安定雇用の副作用とも言える現象です。
簡単に、その他の発見事項もお伝えすれば、社内公募や社内FA制度など、社内のジョブ・マッチング施策が充実し、個人の意思が反映されやすい異動・転勤が多い場合、従業員の変化適応力が高いことがわかりました。
また、上司、キャリアアドバイザー、仕事関連の友人・知人とのキャリア相談経験が変化適応力と正の関係にありました。
*1 コンジョイント分析とは、主にマーケティング分野において商品やサービスの持つ複数の要素のどれが重要なのかを分析する、実験計画法と呼ばれる手法の一つ。例えば、ある人が自動車を購入する場合、色、価格、エンジン、乗車定員、メーカーなど多くの要素を総合して購入を決定する。それらの複数要素の無数にある組み合わせをすべて評価しなくても、要素を組み合わせたいくつかのカードを評価させることで項目別の影響度(効用値)を算出することができる。
*2 不安定感が増した経済状況下で、こうした変化へ対応・適応することの重要性を説いた論考も散見されるようになってきている。例えば、佐藤・松浦(2019)は「知的好奇心」「学習習慣」「チャレンジ力」の三つの特性を持つ行動として「変化対応力」を定義し、多様性や変化に富んだ職場経験、多様な人々との交流がそうした行動を促していることを明らかにしている。中馬(2015)、久米(2017)らは、環境を認識しながら自ら変化し、自らを変化させる心構えを「自己変化能」と呼び、そうした心構えを持つ人は、新しいテクノロジーの受容性が高いことを示している。
佐藤博樹、松浦民恵、2019「『変化対応行動』 と仕事・仕事以外の自己管理―ライフキャリアのマネジメント―」 キャリアデザイン研究、2019, 15: 31-44.
久米功一・中馬宏之・林晋・戸田淳仁、2017「人工知能等の新しいテクノロジーを活かす能力とは何か 自己変化能と情報提供・働き方の変化に対する態度に関するアンケート分析」 経済産業研究所、RIETI Discussion Paper Series17-J-053.
中馬宏之、2015「ICT/AI革命下でのベッカー流人的資本理論の再考――自己変化能という視点から」『日本労働研究雑誌』No.663、68―78頁。
※3 フレッド・ルーサンス、キャロライン・ユセフ=モーガン、ブルース・アボリオ、関本浩矢ほか訳、2020『こころの資本 : 心理的資本とその展開』中央経済社。
※4 厚生労働省 令和元年版「労働経済の分析 人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について」
※5 Albert Bandura and Edwin A. Locke. "Negative Self-Efficacy and Goal Effects Revisited." Journal of AppliedPsychology 88(1) (2003): 87-99.
Alexander D. Stajkovic and Fred Luthans. "Self-Efficacy and Work-Related Performance: A Meta-Analysis."Psychological Bulletin 124.2 (1998): 240-261.
※6 本書と同様に、バンデューラの自己効力感を参照しながら変化対応力を広く論じたものに本明・野口(2000)がある。
本明寛、野口京子、2000『「変化対応力」入門―成果主義時代の必須能力』ダイヤモンド社。
※7 一方で、こうした「資本」という経済学的な概念を流用する概念に対しては批判も存在する。例えば、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者ロバート・ソローは、「社会関係資本」の概念に対して、物質的な投資ないし意識的な計算を不可欠としない、リターンを計測できない、人から人への譲渡ができないといった点から、資本というよりも行動パターンと呼ぶほうがよい、と指摘している。こうした指摘は心理的資本にも当てはまる。しかし、筆者は、それでもこの心理的資本という概念には、一時的・直情的なものとみなされやすい心理的状態を、中長期的に操作可能にするという点において十分に意味があると考える。
※8 金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」
※9 Robert M. Solow. "Notes on Social Capital and Economic Performance." Social Capital: A Multifaceted Perspective 6.10 (1999).
三隅一人、2013『社会関係資本: 理論統合の挑戦(叢書・現代社会学)』ミネルヴァ書房。
※10 中原淳・小林祐児・パーソル総合研究所、2021『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』KADOKAWA。
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小林 祐児(こばやし・ゆうじ)
パーソル総合研究所 上席主任研究員
上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。共著作に、『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(KADOKAWA)など。
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(パーソル総合研究所 上席主任研究員 小林 祐児)