誰も乗ってないバイクを手にしたい層が増えている?
狙いはアピアランスで目立つ満足度、乗り味はひたすら従順という

フランス南西部のトゥールーズに復活したブラフシューペリアのワークショップがある。
そこで1台1台ハンドメイドされているのが、モデル名をロレンスと名付けられたこのスペシャルバイクだ。前後長を僅か30mm縮めるため、90°ではなく88°としたこだわりのVツインは、フランスのエンジニアが開発したオリジナル。イタリアCIMA製6速ミッションと、駆動中はプログレッシブセルフサーボがクラッチプレートを押しつけるアドラーAPTCスリッパークラッチ装備で、さりげなくスーパーバイク最新テクノロジーを込めるのがいかにもフランスらしい。
車体はさらにチャレンジングだ。エンジンが耐荷重性のあるシャシーメンバーとして設計され、シリンダーヘッドに小さなチタン製スペースフレームを固定、BMWやホンダGLと僅かしか採用していない一見クラシカルなウイッシュボーン形式のフロントサスペンションをマウントする。敢えて採用した大きめの19インチ前輪径と相まって、緩やか且つ曲がり方がライダーの意志より先回りすることがない親しみやすさを狙ったというから、乗ってみたい欲にかられる。
リヤサスもエンジン後部にピボットを持つカンチレバー方式モノショックで、Vツインと6点で結ばれるチタン製サブフレームにマウント。このためエンジン以外のフレーム部材は4.5kgしかない。カーボンファイバー製燃料タンク容量は17リットルだ。

エンジンは出力も控えめ、驚くほど静粛で街中をジェントルに駆け抜けるので超個性的な外観とは裏腹に派手好みには向かない。そしてウイッシュボーンのフロントサスは、ブレーキングでノーズダイブせずラフな路面でもやんわりと安定して、前輪19インチの落ち着いた曲がり方でひたすらライダーに対し従順な反応に終始するという。

異文化の葛藤を乗り越え自らを捧げた戦いの果てに
孤高な運命の男が心を許した唯一無二のハイエンドバイク

そんな走りのキャラクターに内包されている、なぜこのバイクはロレンスと名付けられているか、そこを辿ってみよう。
1962年に公開された映画「アラビアのロレンス」をご存じの方はさすがに少ないと思う。アラブ社会と英国など白人社会とのギャップや1910年代の覇権主義がテーマで、名作と謳われていた。
その冒頭にブラフシューペリアという英国のオーダーメイド専門の高級バイクが出てくるのだ。この主人公、実在した英国のトーマス・エドワード・ロレンスで、彼は大のオートバイ好き。映画は彼が戦地から帰国後に、自転車に乗った少年2人を避けるため非業の死を遂げたシーンからはじまり、そこから遡る展開ということもあって、ヨーロッパでは旧くからのバイクファンに有名な映画なのだ。

運命的な人生は、中東でオスマン帝国からアラブの独立に加担する英国の尖兵となり、命の価値観から違う彼らの異文化に溶け込む葛藤を経て、作戦を成功させたものの、結果としてアラブと英国からも英雄視が不都合と追われるように帰国した理不尽さが映画ファンの共感を呼んでいた。
そのロレンスがこよなく愛したオートバイが当時の最高級ブランドであるブラフシューペリア。7台も乗り継ぎ、8台目をオーダーしていたほどのファンだったことから、80年後に甦ったブラフシューペリアが世に送り出す初の機種名に、ロレンスの名を冠したということなのだ。

ところで英国でブラフシューペリアが創業したのは1919年。世界で第一次世界大戦が終結した翌年で日本は大正9年。明治維新からまだ半世紀とはいえ、自動車も高級外車が戦後景気で次々に上陸がはじまっていた。
そんな時代に英国ではワンオフ、つまり量産ではないハンドメイドでひとりひとりのオーナーに向けて1台限りのオーダーメイドのバイクを製作するビジネスが既にあったのだ。
そこでの頂点的な位置づけを標榜したブラフシューペリアは1924年から世界最速に挑戦、何とこの時代に200km/hを超え、1937年には273km/hを達成するというストイックさで名を馳せた。21年間で総生産台数は3,000台ほどだったという。
当時の先進国大型バイクは、エンジンやトランスミッション(変速機)を専門メーカーから調達して、メーカーがアッセンブリーする時代。ただブラフシューペリアは、他と同じように英国マチレス製やJAP製エンジンを搭載しながら、その仕様や隅々に至るまで同じバイクはふたつとない、オーダー制のワンオフに徹していた。
愛好家はバックオーダーに名を連ね、楽しみに待つのが贅沢なライフスタイルだったようだ。何と愛車自慢が集うラリーも開催されていたほどで、バイクの魅力が当時から如何に普遍的であったかを伺い知れるというものだ。

そうした歴史に刻まれたブラフシューペリアのブランドイメージは、英国やフランスなどヨーロッパでは語り継がれていて、ブランドを入手した起業家たちによって復活への道が示されたものの、頓挫するなどなかなか実現するのは難しいようだ。
そうしたなか、アストンマーチン誕生160周年と、ブラフシューペリア100周年とがコラボする企画が浮上、アストンマーチンからオーダーで88°Vツインの生産がスタートできる状況が揃ったという逸話の中で、このロレンスがようやく生産がはじまり、6万6,000ユーロ(フランス税込み)でオーナーの手に渡りはじめたようだ。果たして日本上陸はあるのだろうか。

SPECSpecificationsBrough Superior Lawrenceエンジン水冷4ストロークDOHC4バルブV型2気筒総排気量997ccボア×ストローク94×71.8mm最高出力75kW(102PS)/9,600rpm最大トルク87Nm/7,300rpm変速機6速フレームチタニウム/鋼管車両重量200kgサスペンションF=ウイッシュボーン
R=スイングアーム+モノショックタイヤサイズF=120/70R19 R=200/55R17軸間距離1,540mmシート高780mm燃料タンク容量17L価格6万6,000ユーロ(フランス税込み)

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