プロ同期が見た“斎藤佑樹”の真実 絶やさぬ笑顔に驚き「普通は辞めたくなる」
日本ハムに同期入団の榎下陽大さんは、広報として引退を見届けた
昨季限りで、日本ハムの斎藤佑樹投手が現役引退した。早実高時代“ハンカチ王子”として社会現象になり、進んだ早大、日本ハムといつも話題の中心にいた。2011年、日本ハムに同期で入団した選手たちは5人。その中でも榎下陽大さんは、球団広報として引退を見届ける経験をした。同僚として接した、等身大の“佑ちゃん”はどんな選手であり、どんな人間だったのだろうか――。
榎下さんが斎藤さんの引退を知ったのは、発表の前日だった。「引退するって言われたわけじゃないんです。でも『今までありがとう』って。それだけで分かりますよね」。10月1日、引退発表の場にも立ち会った。それが仕事とはいえ、何とも不思議な縁だ。
斎藤さんを初めて知ったのは2006年の春。早実が招待試合で鹿児島を訪れた時だ。榎下さんのいた鹿児島工高と早実は対戦することはなかったものの、いい投手がいるという情報は入って来た。さらに夏には、共に高校日本代表に選ばれ、合宿では同部屋にもなった。すでに社会現象になっていた斎藤さんの気さくな性格が印象に残っているという。
2人とも大学でドラフト候補へ成長。会議の当日は、家でテレビを見ていた。斎藤さんの交渉権は抽選の結果日本ハムが掴み、その後大学日本代表でともにプレーした乾真大投手(現・BCリーグ神奈川)と榎下さんも日本ハムに指名された。「また同じチームで野球をやれるのかという喜びはありましたね」と振り返るものの、その後渦中に放り込まれた“佑ちゃんフィーバー”は、想像の範囲を超えていた。
翌春1月、日本ハムの寮がある千葉県鎌ケ谷市には、早朝から報道陣が詰めかけた。空にはヘリコプターが飛び、民放のワイドショーが朝から生中継。連日の大騒ぎとなった。「キャッチボールをしていても、斎藤が投げるたびに『バシャバシャ』ってシャッター音が響くんです」。あまりの驚きで、鬱陶しいと思う間もなかった。
そんな日々を覚えているからこそ、斎藤さんが怪我に苦しむようになってからの姿も印象深い。
120キロの直球でも…「相手を抑える方法を考え続けていた」
斎藤さんの変化は、最初から感じていた。プロになってからキャッチボールをしてみると、高校時代に受けた感覚とは全く違った。「ボールを動かす投手になっていましたね。昔は『ピッ』て行くストレートだったのが、質が変わった印象でした。別のピッチャーになっていたと言ってもいいかもしれません」。斎藤さんはその後、肩と肘を痛めた。榎下さんがかつて衝撃を受けたボールとは、どんどん離れていった。
榎下さんは2017年限りで現役引退。斎藤さんの現役最後の1年となった昨季は、ファーム広報としてその姿を見守った。直球は120キロ台。150キロに迫るボールを投げていた高校時代の姿とは、比べるまでもない。その中でも、打者を抑えるにはどうすればいいのかをずっと追い求めていた姿が印象深いという。
「どこに投げたら打ち取れるのか、ずっとアナリストと研究していましたね。1時間くらい話し込んでいたのを見たこともあります。登板日が決まるたびに、次に対戦するチームの打者の傾向を聞きに来ていました。今の自分の持ち球で相手を抑える方法を、最後まで考え続けていたと思うんです」
試合を終えれば、どんな結果に終わろうと注目された。榎下さんが思い出すのは、笑顔を絶やさなかった姿だ。それは同時に、驚きでもある。
「普通は辞めたくなると思うんです。150キロを投げていたピッチャーが、120キロの真っすぐを投げているんですよ。もう投げないという選択だってできたはずです。いい時のボールは投げられないし、投げれば何かを言われる……。そんな中でどうやったらあんな笑顔でいられるのか、僕にはわかりません。強いとしか言いようがない」
「こういう呼ばれ方をするのは僕たちと『松坂世代』くらい」
1988年生まれの世代は、今年34歳を迎える。現役でいる投手はヤンキースを経て日本球界へ戻って来た田中将大投手(楽天)や、中日のエース大野雄大投手ら数少なくなってきた。世代の象徴でもあった斎藤さんが現役を引いた今。同世代の榎下さんの胸に残るのは感謝の念だ。
「僕たち1988年生まれがこれだけ『ハンカチ世代』『田中世代』と言われるのは、斎藤がいたからです。感謝しかないです。今でも語り継がれるくらいの社会現象でしたよね……。他にもいい選手がいた世代はたくさんありますけど、こういう呼ばれ方をするのは僕たちと『松坂世代』くらいじゃないですか。そこを引っ張ってくれたのは間違いない」
斎藤さんは自身の会社「株式会社 斎藤佑樹」を興し、野球への恩返しのような活動をしたいと構想を語っている。榎下さんはいまもプロ野球チームの一員として、直接球界の発展を目指す立場にある。そして田中のように、今も現役でプレーを続ける選手もいる。多士済々の“ハンカチ世代”は、これからも影に日向に、日本球界を支えてくれるはずだ。(羽鳥慶太 / Keita Hatori)