エンジン性能の裏付けとしてクルマ好きに支持されてきた

 自動車のマフラーは、どんな働きをするものだろうか? すごく基本的な事柄だが、1度でも考えてみたことがあるだろうか? ある意味、性能を象徴するパーツとして印象付けられてきたマフラーについて、いま一度見直してみることにとよう。

 自動車にとってのマフラーは、正確にいえば排気系は、まず、エンジンを作動させる上で必要不可欠なシステムということが挙げられる。

 また、排気効率という言葉に代表されるように、抵抗が小さく効率に優れた排気系は、その排気音も含め、エンジン性能の裏付けとしてクルマ好きから歴史的に支持されてきた経緯がある。実際、現代の車両でも、高性能を自負する(売り物とする)モデルは、それを象徴するかたちで、排気系を強調するデザイン(大径マフラー、2本出し/4本出しなど)の車両も多い。

 本来的にマフラーの働きは、燃焼ガスのエネルギーを吸収し、弱まった熱エネルギーを音として大気中に放散する働きを持つもので、日本語訳では消音器とも表記されるが、響きの良い排気音はエンジン性能を象徴する効果があり、歴史的に見ても、車両のカスタマイズで多くのユーザーが手を加えてきた箇所である。実際、エンジン性能だけから見れば、マフラー(消音器)はないほうが有利だが、高温の排気ガスをそのまま大気中に放出するとその膨張音が大きくなりすぎ、騒音の発生源となってしまう。

 余談だが、現在のレーシングカーはサーキットの騒音規定に合わせ、マフラーを装着しなければ車検を通らないが、1980年代中盤ごろまでは、消音器のないストレートマフラー(消音器のない状態をストレートマフラーと言うのも変な表現だが)の状態でレースを行っていた。消音器のない大排気量エンジン(6リッターとか7リッター)がエンジンを始動させる際の排気音は、聞いたことのある人ならお分かりかと思うが、目の前で落雷にあったかのような轟音である。レーシングカーに消音器が必要なことを肌身をもって体験することができるだろう。

排気系パーツは環境意識の高まりとともに存在感が薄くなっている

 一方で、エンジンは大気を吸入し、燃料を混ぜ合わせ、シリンダー内で燃焼させて運動エネルギーを得るという、基本的な働きがある。そしてほとんどの燃料は、原油から精製されるガソリンや軽油を燃料として使っているが、石油が有機物か、無機物かという話は別にして、炭素を主成分とする石油を燃焼させるため、当然ながら燃焼ガス(排出ガス)にも炭素がらみの物質が含まれる。

 一酸化炭素、二酸化炭素、炭化水素などで、これ以外にも窒素化合物や粒子状物質などが含まれるため、これらは有害物質として、環境保全に対して悪影響を与える原因となっている。自動車の排出ガスは、こうしたものが主成分となっているため、最近では、自動車の排気系=排出ガス=反環境保全のイメージで受け取られることを危惧し、その存在をあからさまにしない意識が働くようになってきた。

 こうした世のなかの傾向を受け、環境性能をうたう車両や、道具としての実用性を重視するモデルでは、排気ガスをイメージさせるマフラー(の出口)の存在を、意図的に隠そうというデザイントレンドが生まれてきた。これまでなら、マフラーのテールパイプを当たり前に露出するデザインだった車両リヤエンドの処理が、それを意図的に隠したり、テールパイプを下向きにデザインする車両が増えてきた。

 今後、世界的に脱炭素社会の方向に向かっていくことになり、内燃機関を動力源とする車両も、早い地域では2030年ごろに新車販売ラインアップから姿を消す見通しとなっている。当然EV化が加速することになるが、電気モーターを動力源とする車両にとっては、排気系という言葉は無縁の存在であり、当然ながらマフラーの存在もあり得ない。

 思い返せば、1890年代から人類の身近な存在として自動車の動力源として機能してきた内燃機関は、現在がもっとも熟成した姿、完成された状態と考えることもできるだろう。環境保全は絶対に必要だが、行く先が見えた過渡期である現在は、使い勝手が良く小型コンパクトで高性能な内燃機関の走り味を堪能できる、クルマ好きにとっては最後のチャンスと言える時期なのかもしれない。