飼い主に放置されたため衰弱し、動物病院へ向かうタロウ君(写真:筆者撮影)

2020年5月1日に発表された矢野経済研究所の「おひとりさま関連市場の動向調査(2020年)」によると、日本国内においては単身世帯が増加し、いわゆる「お独りさま」が増えているほか、ライフスタイルの変化や趣味、嗜好の多様化などにより、1人で行動や消費することを好む「お一人さま」も増加しているといいます。

その要因には、晩婚化や非婚化による単身者の増加、高齢化による単身世帯の増加があり、今後もますますその傾向が高まるとのこと。

今回のコロナ禍で、心の安らぎと癒やしを求めて犬や猫などのペットを飼う人も増えています。また、単身世帯ではそれがより顕著であると聞いています。

しかし、以前から1人暮らしでペットを飼うことには、賛否両論の意見がありました。なぜかというと、飼い主にもしもの事があった場合に、ペットが路頭に迷う可能性が高いからです。

飼い主が飼えなくなったときに、その後も幸せに過ごしていけるのか、それとも不幸な道をたどるのか。その行く末は100%、「飼い主の選択」に委ねられています。

生活苦から「ペットを飼育放棄」したAさん

少し前に、筆者のところに仕事で知り合った社会福祉士から相談がありました。「ケガで寝たきりになって入院しているAさんの自宅(集合住宅)に、猫が2匹取り残されています。もう退院ができない状態で、以前からその方の世話をしていた介護支援相談員が、週に1度だけフードや水、トイレの世話をしている状態です。すでにそれが数カ月続いているので、どうにかならないかと思いまして」とのことでした。

猫の飼い主であるAさんには身寄りがありません。入院した当初はペットシッターを頼んでいたそうですが、その費用は毎日お願いすると、1カ月に75000円ほど。徐々に頼む頻度は2日に1度、3日に1度と減り、その後はお金が続かないということで断ってしまったそうです。

動けないAさんの代わりに、介護支援相談員が、行政やいくつかの施設、猫ホーム等に相談をしたのですが、猫2匹を預けるには高額の費用がかかるなどの理由で解決には至らなかったというのです。

Aさんにどうしたらいいかと尋ねても「そのまま、ほっといてくれ」の一点張り。それは、糞尿がたまった部屋で、猫2匹を餓死させるということを意味します。

介護支援相談員は「猫がいるとわかっていて、そんなことはできない」とAさんを説得しながら、できる範囲で猫たちの世話を続けてきたそうです。

筆者も猫を飼っているので、週に1度の世話ではどのような状態になるのか想像ができました。また、「そのまま、ほっといてくれ」と言い続けるAさんの心情も気になり、猫たちの様子や飼育環境などを確かめることにしました。

相談を受けた数日後、介護支援相談員と共にAさんの自宅を訪ねました。玄関を開けると猫の糞尿のニオイが漂ってきましたが、猫たちの姿はすぐには確認できませんでした。玄関横の部屋の床の上には鍋やお皿に入ったフードと水が置かれていました。


Aさんの自宅の様子。フードと水は介護支援相談員が置いたもの(写真:筆者撮影)

同じ部屋に設置された2つのトイレには1週間分の糞尿がたまり、何匹ものハエが飛び回っていました。2DKの間取りには荷物が所狭しと置かれており、整理整頓もされていません。

猫たちはその荷物のあちらこちらでも糞尿をしているようで、どの場所に立ってもニオイを感じました。Aさんが入院してから清掃されることもなく、数カ月間が過ぎているため、衛生状態はかなり悪いと感じました。

猫の名前はタロウ君とジロウ君。名前を呼びながら2匹を探しましたが、物音ひとつしません。しばらく探し回ると、タロウ君はベッドの下から、ジロウ君はベッドの上の布団のわずかな隙間から、じっとこちらを伺っていました。しかし、それ以上は近づこうとはしません。むしろ近づくと逃げようとします。

2匹だけで生活をしているからか、警戒心が強くなっているようでした。健康状態などを確認することはできませんでした。

「もう2匹はそのまま死なすしかないと思っていた」

飼育環境などから早急に保護したほうがよいと判断し、Aさんの介護支援相談員に「この状況では、衛生状態も悪くなるばかりで、彼らの健康にも問題が出てくると思います。まして、餓死させるわけにはいきません。私が新しい家族を探すために動きますので、Aさんに里親募集をする許可をもらってください。費用はかからない方法で考えますので」と提案をしました。

ペットシッターを雇うのを途中でやめたことを考えると、Aさんのかたくなな主張は金銭的な問題が大きいのは明らかでしたので、費用は要らないことをあえて伝えてもらいました。

しばらくしてAさんから許可をもらったと介護支援相談員から返事がきました。そのとき、「解決の方法がわからず、もう2匹はそのまま死なすしかないと思っていた」と言っていたそうです。「そのまま、ほっといてくれ」は、困窮からでた言葉でした。

やっと保護ができると思った矢先、事態は思わぬ方向に進みました。タロウ君が窓の網戸を破って、隣の部屋のベランダへ行ってしまったのです。いくら呼んでもタロウ君は戻ってきません。運が悪いことに隣は空き部屋。しかも5階で、簡単に行くことはできません。

保護するためには、Aさんから管理会社に連絡をしてもらい、鍵を開けてもらう必要がありました。しかし、この集合住宅はペット不可の物件で、「猫を保護するので、隣の部屋を開けてほしい」とはすぐに言えない事情があったのです。

保護できたと連絡がきたのは、それから数週間後でした。私はすぐに介護支援相談員の事務所に向かい、タロウ君とジロウ君と再会しました。

衰弱状態になったタロウ君

早速、車に乗せ、キャリーバックに入った2匹を確認すると、タロウ君の様子がおかしいことに気がつきました。


左から保護時のタロウ君とジロウ君(写真:筆者撮影)

まだ車も動いていないのにゆらゆらと体が揺れています。名前を呼んでも目が虚ろで、反応が鈍いのです。よだれも出ています。私はすぐに車を走らせ、動物病院へ向かいました。もう1匹のジロウ君は、軽い脱水症状があったものの、健康に大きな問題はありませんでした。そのため事前に相談をしていた施設に預けて、里親を探してもらうことにしました。

残念ながらタロウ君は、衰弱が激しく、脱水症状・腎機能低下・黄疸・貧血という診断で、そのまま入院することになりました。

数カ月にわたる飼い主不在の過酷な生活が、タロウ君の健康を害したようです。命の危険もありましたが、少しずつ回復。退院して私の家で様子を見ることになりました。1カ月半後、ボロボロだったタロウ君は元気を里親を探せる状態にまで回復。「本当によかった」と安堵したのでした。

さて、Aさんがタロウ君とジロウ君のことを「そのまま、ほっといてくれ」と言った背景には、どんな事情があったのでしょうか。

今まで共に暮らし、かわいがってきたであろう2匹を「餓死」させる選択をするには、よほどの困窮があったのだと思います。介護支援相談員から詳しい話を聞くうちに、いくつかの事情が見えてきました。

1. 身寄りや頼れる人がいなかった

Aさんは1人暮らしで、身寄りがなかった。もともと人付き合いが苦手で、友人・知人も少なく、猫のことで頼れる人がいなかった。猫を飼っていることを知っているのは、介護支援相談員だけであった。

2. 貯蓄がなかった

入院当初はペットシッターを雇っていたものの、貯金もわずかで、自分の入院費用も必要であったため、依頼を続けることができなくなった。介護支援相談員が問い合わせてくれた施設や猫ホームに預けるにもある程度の費用が必要とわかり、金銭的に余裕がないため、それもできなかった。

3. 万が一のことを考えていなかった

自分に何かあったときに、タロウ君とジロウ君をどうするかをまったく考えていなかった。当然、預け先などは決めていなかったため、飼い主がいない家に2匹は取り残されることになった。

4. ペットに関する情報を得ていなかった

インターネットやSNSを利用していないので、ペットに関する情報に乏しく、「ペットシッターを雇えない」「施設や猫ホームに預けられない」ということであれば、もう何もできないと考えた。また、介護支援相談員もペットについて詳しくなかったので、なかなか解決策が見いだせなかった。

5. 自宅である集合住宅はペット可ではなかった

住民たちの中では「暗黙の了解」とはいえ、ペット不可の物件であるため、猫を飼っていることは大っぴらに言えなかった。そのため、介護支援相談員も大っぴらには動けなかった。また、完全室内飼育の猫であるがゆえに、近隣住民も猫を飼っていることに気が付かなかった。

6. 自分の状況に絶望してしまった

自分が動けない体になってしまい、何もできないといういら立ちと絶望があった。

タロウ君とジロウ君が助かった理由

これらの事情がすべて重なり、Aさんは「そのまま、ほっといてくれ」と介護支援相談員のサポートを拒絶するようになってしまいました。

しかしながら、そこで引き下がることなく、Aさんの説得とサポートを続けてくれた介護支援相談員のおかげで、タロウ君とジロウ君は命をつなぐことができました。


退院後、少しずつ元気になり筆者の足に甘えてくるタロウ君(写真:筆者撮影)

保護するまでに長い期間がかかりましたが、飼い主以外の誰かが、猫の存在を知っていたことが功を奏したのです。

Aさんのケースでわかるように、1人暮らしの飼い主が考えておかなければならないのは、自分に万が一のことがあったときのことで、さまざまな事態を想定して備えておく必要があります。

ケガや病気など短期間であれば、何とか対応ができますが、それが長期間、永久にということになれば、備えなしに対応できません。友人・知人、あるいは力になってくれそうな人に相談して、ペットのことを頼んでおくことも必要です。

Aさんには身寄りがありませんでしたが、「私は家族がいるから大丈夫」と安心するのもいけません。家族がいたとしても、ペットの世話をしてくれるとは限らないからです。ペットを飼える環境ではないなど、さまざまな事情で断られることも多く、事前に意思の確認をしておくことが大切でしょう。

そのほかにも、いざというときに施設に預けられるようペットのための貯蓄をしたり、かかりつけの獣医師やトリミングサロンのトリマーなどにも相談しておくと安心です。また、施設等の情報を収集したり、里親募集の方法を事前に調べておくことも必要でしょう。

そして、万が一のときは意思の疎通ができるとは限りません。自分の希望等を手帳やノートにまとめて持ち歩く、あるいは自宅のわかりやすい場所に置いておくことも大切なポイントです。すべては「備えあれば憂いなし」です。

あきらめなければ「ペットの命」はつなげられる

最後に今回のケースで考えなければならないことは、「飼い主が困窮したからといって、ペットの命を奪う選択をしてよいものか」ということです。

確かにAさんのように八方塞がりになれば、投げやりになることもあります。それでも、「ペットの命をつなぐ」ことをあきらめないでほしいのです。飼い主があきらめなければ、その思いは誰かに伝わり、命がつながる可能性は確実に高まります。

万が一のことは、誰にでも起こりえます。飼い主の責任ある選択とは、共に過ごしてきたペットがその後も幸せな日々を送れるように、新しい居場所を見つける努力を最大限することではないでしょうか。