東武東上線に誕生する新駅「みなみ寄居 <ホンダ寄居前>」の工事現場=2020年8月(筆者撮影)

鉄道と自動車は昔からライバルとして位置付けられることが多かった。しかし自動車工場で働く従業員の通勤や完成車・部品の輸送に鉄道が使われることは多い。

我が国では完成車の輸送はなくなったが、従業員向けでは岡山県の水島臨海鉄道水島本線の旅客輸送終着駅として三菱自工前駅があるし、JR山陽本線向洋(むかいなだ)駅はマツダ広島本社および本社工場に近く、東武鉄道伊勢崎線・桐生線・小泉線の太田駅はSUBARU(旧富士重工業)群馬製作所本工場の最寄り駅として知られている。

かつては「トヨタ自動車前」駅も

かつては名古屋鉄道挙母(ころも)線にトヨタ自動車前という名称の駅があった。1937年に三河豊田駅として開業した駅を1959年に改称したものだ。トヨタがこの地に工場を設立したのは三河豊田駅が生まれた翌年で、駅名改称の年には市の名称も挙母市から豊田市になっている。

名鉄挙母線は1973年に廃止されたが、その前から貨物専用線として存在していた旧国鉄岡多線が3年後に旅客輸送を開始した際、三河豊田駅が同じ場所に復活しており、第3セクターの愛知環状鉄道に転換後もトヨタ自動車本社および本社工場の従業員が利用している。

東武の太田駅やJR向洋駅は第2次世界大戦前に開業しており、三菱自工前や三河豊田駅も半世紀近い歴史を持つ。自動車工場は広い敷地が必要なので、近年は郊外に立地するパターンが多く、完成車や部品の輸送は自動車になり、従業員もマイカー通勤が主流になっている。自動車工場のための駅が出現するのは難しい状況だ。

だからこそ、今年10月に東武鉄道東上線に開業する埼玉県寄居町のみなみ寄居駅は異例と言える。駅の西側に隣接するのが本田技研工業(ホンダ)埼玉製作所の寄居完成車工場だからだ。

ホンダはご存じのように、現浜松市天竜区出身の本田宗一郎氏が創設した会社で、当初は浜松市を拠点としていたが、まもなく東京に進出。その後、隣接する埼玉県に研究所や工場を次々に開設していった。

現在ホンダ埼玉製作所は、2013年に稼働を開始した寄居工場のほか、1964年設立という長い歴史を誇る狭山市の狭山完成車工場、2009年から生産を始めた小川町の小川エンジン工場がある。またホンダの研究開発を行う会社として1960年に分離独立した本田技術研究所の本社は和光市にあり、隣の朝霞市にも研究施設がある。

ホンダ広報部によると、寄居工場の建設にあたってはとくに埼玉県にこだわったわけではなく、研究所やサプライヤーなどの位置関係を考慮したうえで、いくつかの候補の中から同社が選んだという。ホンダの拠点は東武東上線沿線に多いことも目立つが、これも偶然であり意図してはいないそうだ。

寄居工場は寄居町の南部にある。南端は小川町に接しており、東武東上線と国道254号線バイパスに囲まれた土地にある。やはり254号バイパスに面した小川エンジン工場との距離は2kmほどだ。関越自動車道の花園インターチェンジからも約6kmと近い。年間25万台の生産能力がある大工場であり、稼働開始時の従業員数は約2000人と発表されている。

副駅名が「ホンダ寄居前」

この地に新駅の話を持ちかけたのはホンダのほうだった。

「近くを走る国道254号線の渋滞を懸念しており、現時点でも東武竹沢駅から専用バスを出していますが、公共交通利用を促進すべく、東武鉄道と話し合いを重ね、新駅設置となりました。設置費用はホンダ側の全額負担となります」(ホンダ広報部)


ホンダの寄居完成車工場(奥)と駐車場(筆者撮影)

東武鉄道によれば、2017年11月にホンダから検討の申し出があり、協議を重ねた結果、新駅の設置や場所についてまとまったため、2019年6月に発表した。同年12月には開業日が2020年10月31日に決定するとともに、駅名が「みなみ寄居」、副駅名が「ホンダ寄居前」に決まった。

「駅名および副駅名については、ホンダの請願駅であることからホンダの意向を踏まえて、当社より新駅名称の候補案を提示し、両社において調整を図り候補案をまとめ、最終的に当社で決定しました」(東武鉄道広報部)

ホンダが公共交通でのアクセスにこだわる理由には、2017年に発表した埼玉製作所完成車工場の寄居への集約化もあるだろう。この集約は2021年度をメドに完了する予定で、狭山工場の従業員は寄居工場を中心に異動することにも触れており、今より多くの従業員が寄居工場に向かうことが予想される。増加分がすべてマイカー移動になると渋滞がひどくなるという予想もしているはずだ。

また寄居工場は、世界中の生産拠点に対してホンダのものづくりを発信していく役割も担っていくとしている。従業員だけではなく、生産技術の関係者なども訪れることになるわけで、公共交通手段の確保は重要である。


宇都宮ライトレールの工事現場(筆者撮影)

ちなみに狭山工場も、西武鉄道新宿線新狭山駅から徒歩圏内にある。また2022年3月に栃木県宇都宮市・芳賀町で開業予定の宇都宮ライトレールの終点の電停は本田技研北門となる予定で、2004年まで高根沢工場として稼働し、現在はホンダおよび本田技術研究所の開発拠点となっている施設の目の前に電停が置かれる。

ただし狭山工場は川越狭山工業団地、旧高根沢工場は芳賀・高根沢工業団地の一角にあり、新狭山駅および本田技研北門電停は、ホンダや本田技術研究所のためだけに考えた乗降場ではない。しかし一連の経緯を見ると、ホンダは自動車工場のアクセスに鉄道は重要と考えている会社のひとつと感じられる。

新駅ができる場所は…

東上線の新駅は東武竹沢駅と男衾(おぶすま)駅のほぼ中間に作られる。JR八高線との乗換駅である小川町駅から東上線に乗ると、八高線が西側に離れていくところで東武竹沢駅になる。同駅を出ると今度は国道254号線バイパスがオーバークロスする。このあたりから線路の両脇が森で覆われるようになる。すると突然、駅の工事現場に差し掛かる。ホームは1面1線で、橋上駅舎から西側に隣接する工場へ向けて連絡通路が用意されることがわかる。


国道254号線のホンダ寄居工場前(筆者撮影)

道路では寄居町中心部側からのアクセスに限られる。国道254号線を小川町方面に進むと、男衾駅の先で東上線の線路と接近し、再び離れる場所がある。ここで左に分かれる細い道に入ると、小さな集落を通過し、左に線路を見ながら田畑の中を進んだ先に、新駅の工事現場が現れる。

新駅の周囲には住宅はないが、地域住民のための出入り口も用意する予定で、JR東日本鶴見線海芝浦駅のように工場専用駅になるわけではない。ただし東武鉄道としては、駅前広場の整備や周辺の住宅開発は現状では考えていないという。

また東上線は現在、小川町駅で運転系統が分割している。つまり池袋駅や和光市駅からみなみ寄居駅に向かう際には乗り換えが必須になるが、東武鉄道としては直通運転を復活する予定はないとのことだった。

このあたりは開業後の状況次第になろうが、予想以上にホンダ関連の利用者が増えれば、駅周辺の整備や直通運転復活が議論されるかもしれない。

新駅開業に伴い、東上線の駅ナンバリングは男衾駅から先の数字がひとつずつ増える。現在TJ38の寄居駅はTJ39になる。運賃は当面の間、手前の駅までの金額になる。つまり池袋方面からは東武竹沢駅、寄居方面からは男衾駅までの運賃と同額になる。ただし東武竹沢駅および男衾駅から新駅までは最低運賃の150円になる。

海外では鉄道を積極活用

ここまで書いてきたのは従業員などの人流についてで、物流については東武鉄道自体が貨物輸送を終了しているので実施はない。しかし欧州に目を向けると、近年この分野での鉄道活用が目立ちつつある。


ポルシェの鉄道を使った完成車輸送(写真:ポルシェ)

たとえばドイツのポルシェは2018年、2カ所の工場で作られた完成車を再生可能エネルギーを使った鉄道輸送に切り替え、鉄道による完成車輸送の割合を約45%増加させた。その結果2014年からの5年間で、車両1台あたりのCO2排出量を75%以上削減している。

同じドイツのメルセデス・ベンツは今年、ドイツとハンガリーの計8工場で使う生産資材を、やはり再生可能エネルギーを用いた鉄道輸送に転換している。この鉄道輸送は、1日あたり約270台分のトラック積載量に相当するという。

今回のホンダの場合は渋滞解消が大きな理由なのに対し、ドイツの2社は環境対策を主眼にしており目的は異なるが、すべてを自動車輸送で賄うことの弊害は各所で出ており、解決手段のひとつとして鉄道に注目が集まっていることは確かである。