■歩道の真ん中を自転車がまっすぐ突っ込んできた

今年5月12日、自転車の乗り入れが禁じられている首都高で、ウーバーイーツの配達員が走行している姿が目撃された。通報を受けた警視庁高速隊が現場に向かったものの、当の配達員はすでに近くの出口から高速を降り、逃げた後だったという。

コロナ禍に伴う外出自粛要請を受け、この春、飲食店の料理配達代行サービス「ウーバーイーツ」の利用者が急増した。以来、現在に至るまで同サービスの自転車配達員が路上にあふれるようになり、大都市圏では昼夜を問わず、いたる所で大きな四角いバッグを背負った彼らを目にするほどだ。

写真=iStock.com/rockdrigo68
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/rockdrigo68

そうした配達員の中には、交通法規や運転マナーを無視した自己中心的な運転で周囲の歩行者や車両に迷惑をかけたり、最悪の場合、事故を起こしたりする者が少なくない。

私も、ウーバーイーツの配達員から被害を受けた一人である。

4月の末、自宅近くのスーパーの歩道で、自転車がこちらに向かって進んできた。私の左右には誰もおらず、すれ違えるスペースはあった。しかしその自転車は、進路変更せずにまっすぐ突っ込んできたのだ。

■アプリをダウンロードしなければ問い合わせすらできない

衝突する寸前で運転者はブレーキをかけたが、それでも私を避けて進もうとはせず、止まったまま。要はこちらに対して〈お前がよけろ〉というわけだ。ここまでされて笑って見過ごすほど私もお人よしではない。すれ違いざま20代前半と思われる運転者をにらみつけると、なんと相手も振り向きながらにらみ返してきたのである。マスクもしていなかったので、その若者の形相ははっきりとわかった。そして背負っていた大きな黒いバッグには、くっきりと「Uber Eats」のロゴがあったのである。

この事故未遂を腹に据えかねた私は、ウーバーの従業員教育に対する姿勢をたださないことにはどうにも気が収まらなかった。そこで公式サイトに当たってみたのだが、問い合わせ先の電話番号はどこにも記載されていない。

よくよく調べると驚いたことに、ウーバーの日本法人に連絡を取るには、ウーバーイーツのアカウントが必要なのだ。つまり、ウーバーイーツの注文客でもなんでもない第三者であっても、ウーバーイーツのアプリをダウンロードし、会員登録した上でなければ、クレームを伝えることができない仕組みになっているのである。それも問い合わせフォームを経由しなければいけない。

まさかそんなはずはないと入念に調べてみると、複数のブログに問い合わせ先の電話番号とされるものが書いてあった。この番号は、公式サイト上にはどこにも記されていない。そこへかけてみたが、現時点では自動音声で「新型コロナウイルス感染症の影響により、電話サポートは一時的に停止させていただいており、アプリのヘルプよりお問い合わせを受け付けております」というメッセージが流れるだけだった。

■ウーバーから返ってきたメールはまるで要領を得ない

釈然としない気持ちを抱えつつ、不本意ながらウーバーイーツのアプリをダウンロードし、自分のアカウントを作った。そして問い合わせフォームに歩道上での事故未遂の顛末と、当該の配達員を特定しての厳重注意を求めること、さらに全配達員に対して安全運転教育を徹底すべきだとの要望を記して、送信した。

ところがウーバーから返ってきたメールはまるで要領を得ない。

末尾に記された住所と返信者名から推察すると、オランダ・アムステルダムにあるウーバー海外本部の日本人スタッフが担当しているようなのだが、とにかく毎回、返信担当者が替わる上、こちらの文面を精読しておらず、見当はずれな回答が続くのだ。5往復以上のメールのやりとりをしても、私の身に起きたことやウーバー側に求めていることを理解してもらえず、話が前に進まない。これ以上不毛なやりとりに付き合っていては私の神経のほうがやられてしまうとあきれ果て、結局、ウーバーとの連絡をこちらから絶ったのである……。

自転車配達員を始めてから2年半がたつA氏の証言

なぜウーバーイーツの配達員は、わが物顔で無法運転をする輩が目立つのだろうか?

この疑問の答えを求め、伝手をたどってウーバーイーツの現役自転車配達員A氏に実態を聞かせていただくことにした。

自転車配達員を始めてから2年半がたつA氏。インタビュー場所にも自転車でやってきた。(撮影=河崎三行)

インタビューの会場は、都内のビジネス街近くにあるファミリーレストランだった。約束の時間より少し早く店の前まで着くと、片側2車線の車道の路肩を逆走(右側走行)してきた自転車が目の前で歩道に乗り入れ、そのままこちらに向かってきた。そして私のすぐ横をすり抜けるように走り去っていった。自転車を操る男は、「Uber Eats」と書かれた四角いバッグを背負っていた……。

だが、その配達員はA氏ではなかった。A氏がやってきたのは、待ち合わせ時間ちょうど。写真撮影もあるだろうからと、わざわざ自分が普段の配達で使っているバッグも持参してくれていた。彼のバッグは、形こそ他の配達員が使っているものと同じだが、背面にロゴがない。ウーバーが配達員に支給(正確には有償貸与)するバッグにはいくつか種類があって、ロゴなしのバージョンもあるらしい。

A氏は自営業とのWワーク。副業としてウーバーイーツの自転車配達員を始めてから、2年半がたつ。同サービスの日本上陸が2016年9月だから、相当なベテランだ。

「ここまで続いている最大の理由は、週単位で報酬が振り込まれる金払いの早さと、自分の都合のいい時、気が向いた時に稼働できる勤務時間のフレキシブルさですね」(A氏。以下同)

かといってウーバーイーツの仕事に心底ほれ込んでいるわけではなく、配達員の労働環境の劣悪さにはかなり批判的だ。つまり、是々非々の立場で自らの副業と対峙している。

■「アカウントを作り、バッグを入手すれば、すぐに始められる」

そんな彼でも、ウーバー配達員の中で運転マナーの粗暴な者を見かける割合は、以前も今もさほど変わらない印象らしい。

「ただ、新型コロナの影響でバイトや仕事を失う人が続出し、その一方でフードデリバリーの需要が高まったので、以前に比べてウーバーイーツの配達員が5倍ほどに急増しました。つまり分母が増えたので、比率は同じでも、危ない運転をする配達員の絶対数は確かに増えています。その上、あの大きなバッグを背負っているので、余計に目立ってしまう」

そもそもウーバーの仕事は、運転マナーが荒くならざるを得ない状況の上に成り立っているのだと彼は言う。

まず、乗り物で公道を走ることが前提の仕事なのに、ウーバーでは自転車配達員に対する安全運転教育がほとんど行われていないのである。

「就業前、ビデオや座学といった講習を受ける義務はありません。配達員専用のアプリを落として自分のアカウントを作り、例のバッグさえ入手すれば、すぐに仕事を始められます。一応、毎回の始業前に配達員用アプリを立ち上げる際、交通安全に関する注意事項が出てきて、文末の『同意します』を押さないと業務を開始できない仕組みにはなっています。ただ、配達員が事故を起こしたり事故に遭ったりしても、『このようなことがあったので他の配達員も注意して運転するように』といった注意喚起を受けたことはありません。あってもいいと思うのですが……」

■注文してから届くまで2時間近くかかることもある

そして配達員は商品を届けた後、注文客によって満足度評価を受けることになっているのだが、この制度も悪質運転が続出する一因になっている。

料理がこぼれたり崩れたりしていない限り、評価の基準になるのは主に、配達完了までに要した時間だ。大半の客は、ウーバーイーツのアプリで商品を注文した時点で、実店舗にも『注文が通った』と思うはずだ。アプリ上には、注文を受け付けた旨の表示が出るからだ。しかし実際には注文を受けてから、その客に商品を届ける配達員を決めるまで、ウーバー側には最大30分の猶予がある。その間、ウーバーは当該店に最も近い場所にいる配達員から順に〈この店での商品受け取りと配達を引き受けてくれないか〉とアプリを通じて打診する。その打診を引き受ける配達員が現れた時点でようやく、『注文が通った』ことになるのだ(30分以内に担当配達員が見つからなければ、注文自体がキャンセルされる)。

「ところが打診を断る者が続出すると、最終的に店からかなり遠い場所にいる配達員が引き受けることがあるんです。そうなったら、配達員が決まるまでに30分近くを要した上に、離れた店まで商品を取りに行く時間がかかってしまいます」

しかも人気店だとオーダーが立て込んでいて、店に到着してからも配達員が待たされることがある。それやこれやが重なると朝や昼といった繁忙時間帯には、客が注文してから商品が届くまで2時間近くかかってしまうこともあるという。

■「すぐ近くの店なのに、到着が遅すぎる」の裏事情

もちろん担当配達員が決まった時点で、その配達員の位置と到着予定時間は注文客のアプリに届くようになっているのだが、最初の操作ですでに注文が完了していると思い込んでいる客は、そんな通知をしっかり見ることはない。

「通知を見ていたとしても、トラブルになることはあります。ウーバーは経路をまったく無視した直線距離で所要時間を計算するので、アプリには実際よりかなり早い時間が表示されるんです。だからいずれにしても、繁忙時間帯の注文客は『すぐ近くの店の商品を注文したのに、到着が遅すぎる』とイライラを募らせてしまうんですよ」

そうなると少しでも早く配達し、客からのマイナス評価を回避したいと思うようになる。その結果、信号無視、急な進路変更、車道の右側通行、歩道上を猛スピードで飛ばす、といった交通法規無視や危険運転が起きがちなようだ。

またGPSで現在位置が表示されることも、配達員の大きなプレッシャーになっている。

「繁忙時間帯では、同じ店で一度に2件分の注文商品を受け取り、2カ所へ続けて配達することがあります。しかし配達場所は必ずしも同じ経路上ではなく、お店を挟んでそれぞれ逆方向にあることも。ですが注文者はそんな事情は知らないので、2件目の客にはしばしば『なんで逆方向へ走ってたんだ』と問い詰められるんです。それがいやだから、配達時間を短縮しようとむちゃな走りをする配達員もいると聞きます」

■危険運転に拍車をかける「ボーナス制度」の存在

各人が持つスマホのGPS機能は、配達員用アプリでは、届け先までのナビ画面の黒子としても働く。ところがそのナビ画面も、トラブルを招く元になってしまう。

「目的地近くになると、どうしてもナビ画面を見ながらの運転にならざるをえません。つまり前方不注意の状態で走っているんですから、路上の急な変化に対応できるはずがない」

加えて、配達ごとの報酬とは別に設けられているボーナス制度も、危険運転に拍車をかけている。

「配達1件あたりの報酬は、東京だと近場の場合で400円前後、遠くまで届けるおいしい仕事でも600〜700円程度。でも雨の日になると、1日のうち8回配達するといくら、12回配達するといくらという区切りで、ボーナスが出るんです。また天候だけでなく、月曜から木曜までの間に例えば95回配達したら1万7000円、110回なら2万2000円といったボーナスもあります。そうなるとボーナス直前の配達員は、何とか規定回数をクリアしようと運転が荒くなりがちです」

■日本法人は原宿にあるが、業務請負契約先はなぜかオランダ

ここで私は、自分が経験したウーバーイーツ配達員からの被害と、その件に関する海外本部からのメールの的外れぶりや誠意のなさをA氏に伝えた。

「世間の人はよく誤解しているんですけど、ウーバーという会社自体が、配達サービスをやっているわけではないんです。彼らは、注文者と配達員をマッチングさせているだけ。だからウーバーイーツのアプリって、見ず知らずの男女を引き合わせるマッチングアプリと同じなんですよ。商品の配達そのものを行っているのは、ウーバーの従業員ではなく、その仕事を請け負った“パートナー”という名の個人事業主だというのが、彼らの考え方です」

だから極力、パートナーが起こしたトラブルの責任を負おうとしないし、企業の存在も表に出さないようにしているというのが、多くの配達員がウーバーに対して抱いている認識だという。

「日本法人の登記がある場所は原宿のレンタルオフィスの一室なんですが、僕たち配達員が業務請負契約を結んでいるのはその日本法人ではなく、オランダにある海外本部なんです。なぜわざわざ、そんな面倒くさい仕組みにしているのか……」

やはり私のところへ来たメールは、海外本部からの発信だったのだ。

■配達員に非がなくても、保険適用の事故に遭うと「クビ」になる

「安全意識にしても、街中の第三者に対する場合を含めた接客態度にしても、すべてが配達員個人の裁量に任されていますから、中にはタチの悪いのもいますよ。そして運営側の対応のひどさについては、実は配達員も日頃から感じていることなんです」

いったいそれは、どういうことなのか。

「業務中に困ったことがあったら電話で相談できるサポートセンターというのがあるんですが、オペレーターはマニュアル通りの対応しかできず、まったく役に立たない。また昨年9月までは、事故を起こした際に配達員本人を補償する保険にも社として入っていませんでした。そして保険制度ができて以降も、保険が適用されるような事故に遭った場合、配達員に非がなくても、アカウント停止、つまりクビになってしまうんです。そんな企業ですから、顧客や第三者への対応にも誠意なんて期待できませんよ」

では今後、配達員の運転マナーや、ウーバー自身の対応が改善する可能性はあるのか。

「今のようにサービスの利用者がどんどん増えている状況が続く限り、どんな告発や警告もウーバーは無視するでしょうね。でも、そんな体質に疑問を持った人々の間で全国的な不買運動が広がったり、ウーバーのシェアを脅かし、しかも良心的な経営理念を持つデリバリー業者が台頭してきたりしたら、さすがの彼らも考えを改めるかもしれません」

■警視庁「安全対策の徹底と交通ルールの順守を申し入れ」

この記事を書くにあたり、自転車による料理宅代行配業者の危険運転対策について、警視庁に問い合わせた。その回答は以下の通りだ。

「料理宅配代行業者の自転車配達員に限らず、自転車利用者に交通ルールを順守させるための取り組みとして、悪質性、危険性の高い違反行為に対しては、交通切符等を適用した積極的な取り締まりを実施しております。また一部の料理宅配代行業者に対しては、自転車の交通事故を防止するため、事業者への交通安全に関する情報提供と、事業者を通じた自転車配達員への情報配信等を推進してきているところであり、今後も継続してまいります」

「一部の料理宅配代行業者」とは、最大手のウーバーイーツを指しているのだろう。冒頭で触れた高速道路への配達員乗り入れ騒動の後、警視庁はウーバーイーツに対し、安全対策の徹底と交通ルールの順守を申し入れたと報道されている。

リモートワーク時代の人々を支える、新たな生活インフラとなるのか。それとも、路上の凶器となってしまうのか。社会におけるウーバーイーツの立ち位置の決め手になるのは、他ならぬ彼ら自身の企業姿勢なのだが……。

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河崎 三行(かわさき・さんぎょう)
ライター
高松市生まれ。フリーランスライターとして一般誌、ノンフィクション誌、経済誌、スポーツ誌、自動車誌などで執筆。『チュックダン!』(双葉社)で、第13回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。このほか、著書に『蹴る女 なでしこジャパンのリアル』(講談社)がある。
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(ライター 河崎 三行)