孤独や孤立への関心は、すでに海外でも国家的な潮流となっている(写真:torwaiphoto/PIXTA)

ある夏の日、孤独死した現場の原状回復工事を10年以上手がけている武蔵シンクタンクの塩田卓也さんは、大家からワンルームマンションの1階部分の鍵を渡された。

塩田さんがドアを開けて玄関から1歩部屋に入ると、膝丈くらいまでコンビニのゴミであふれていた。玄関から居室に踏み込むと、フローリングの床がバキンと音を立てて、簡単に割れてしまった。塩田さんは、かろうじて床材の下の材木にかかとが乗っていたため、床下への落下は免れた。しかし、1歩足を踏み外していれば骨折などの大惨事になりかねなかった。

床に敷かれた布団には、女性が亡くなった跡が黒々と染みついている。この部屋で亡くなったのは、40代の女性である。しかし、働き盛りの現役世代の孤独死は、特殊清掃現場ではよくある風景だ。年間孤独死約3万人、孤立状態1000万人――。それがわが国の抱えている現状だ。

女性は誰にも助けを求めずに生活していた

女性の前職は水商売だったが、心身ともに病み、仕事を辞めて部屋にひきこもるようになったという。次第に部屋がゴミであふれ、尿や便もそのままフローリングの垂れ流しになっていく。

足元が危険だと察知した塩田氏は、すぐさまトラックに積んであったベニアの端材を何枚も使って足場を確保した。フローリングの木材は、どこも今にも地面まで突き抜けんばかりに危険な湿り気を帯びている。

こんなジャングルよりも過酷な環境で、女性は誰にも助けを求めずに、独りで生活していたのだった。

「生前の故人様は、ご自身の窮状を誰にも相談できなかったみたいです。体調が悪くなっても、部屋の中がこんな大変な状況になっても誰にも相談できなかった。それを思うと、本当に切なくなるんですよ」

塩田氏は、そう言いながら合掌をして作業を開始した。床がボロボロだったため、すべて解体するという大作業になった。

孤独死の現場を長年取材して浮かび上がってくるのは、女性のように社会から1度崩れ落ちると一気に孤立し、立ち上がれなくなった人たちの姿だ。

2020年2月7日付の朝日新聞デジタルは、大阪府内で昨年1年間に誰にも看取(みと)られないまま屋内で死亡し、1カ月以上たって見つかった遺体が382体にのぼることが大阪府警の調査でわかったと報じている。同記事によれば、「死後2日以上」で区分すると2996人。65歳以上の高齢者が71%と大部分を占めたが、一方で40〜50代の「働き盛り層」が18.4%を占めることも判明したという。

前述の女性のように、身の回りのことを行う気力すらなくなり、「セルフネグレクト」(自己放任)に陥り、ゴミ屋敷化したり、不摂生や医療の拒否などの状態に陥ったり、自らを殺すような乱れた生活の末に、誰にも助けを求められずに若くして孤独死したりしてしまう現役世代が後を絶たない。

日本少額短期保険協会が、昨年5月に発表した『第4回 孤独死現状レポート』によれば、高齢者に満たない年齢での孤独死の割合は5割を超え、 60歳未満の現役世代は男女ともに、およそ4割を占める。

世渡りが下手でまじめな人が多い

私は、元ひきこもりの当事者だが、孤独死する人は世渡りが下手で、まじめな人が多く、社会をうまく生きられなかった痕跡を端々に感じる。現場からは、「生きづらさ」を感じ、つまずいた人の生前の苦しみが痛いほどに伝わってくる。

2020年2月6日付のNHK「NEWS WEB」は衝撃的なニュースを報道した。

兄弟の困窮死という事例だ。

報道によると、昨年12月24日のクリスマスイブに東京江東区の集合住宅で72歳と66歳の兄弟がやせ細った状態で死亡していた。電気やガスが止められ食べ物もほとんどなく、困窮した末に死亡したとみられているとしている。警察によると、死後4日から10日ほど経過。兄弟はいずれもやせ細っていて低栄養と低体温の状態で死亡したとみられているという。

体重は兄が30キロ台、弟は20キロ台しかなかった。近所づきあいはほとんどなく、江東区の福祉担当の部署もNHKから取材を受けるまで今回のケースそのものを把握していなかったという。

兄弟の存在は世間から孤立し、社会からは「透明で見えない存在」になっていた。このニュースで注目すべき点は、兄は昨年9月までは警備会社に勤めていたという点だ。たとえ働いていたとしても、社会との接点は職場のみで、そこから1度転がり落ちれば、誰にも助けを求められずに孤立してしまう。

この兄弟の孤独死は公共放送で大々的に報じられたが、前述した女性のように社会から孤立し、その結果、孤独死するというケースは、わが国では日々起こっているのが実情だ。

孤独死の現場を取材していて、警備員のように職場の入れ替わりが激しく、友人もおらず、固定した人間関係を形成しにくい職業に就いていた人が、孤独死しているケースはよくある。

ある50代の警備員の男性は、足を悪くしてから家に引きこもるようになっていく。布団を敷くことすらつらかったのか、取っていた大量の新聞とゴミの中に斜めに横たわるようにして亡くなり、管理人が見つけたときには死後1カ月が経過していた。

たった1度、社会からフェードアウトしただけで

長年、孤独死現場の取材をしていると助けを求める気力すら持てずに孤立し、亡くなる現役世代の姿が浮かび上がってくる。1度社会からフェードアウトすると、たった1人、部屋の中に置き去りにされ孤立してしまう。

そしてゴミ屋敷になるなどして、その部屋だけ異次元空間のように島宇宙化し、本人はその中で緩やかな自殺に向かう。もちろん個々人によって孤立に至るまでの理由は違うし、その期間もさまざまだ。そのため窮地に陥っていても、孤立している人をピンポイントで捕捉することは非常に困難である。

個人情報との兼ね合いもある。2017年の個人情報保護法改正で5000件要件が撤廃された。これまで5000件を超える個人情報を保有する事業者のみが個人情報保護法の対象だったが、改正個人情報保護法では、保有する個人情報が5000件以下の事業者でも、適用の対象となった。

そのため、支援が必要な人の情報を地域で共有することが難しくなり、これまで行ってきた見守り活動の一部がなり立たなくなっているという弊害も出ている。

ある福祉関係者は「自ら助けを求める勇気を持ってほしい」と訴える。

今後、孤独死をめぐっては、ひきこもりは高齢者だけでなく、親亡き後に迎える8050問題のようなケースが増えてくるだろう。また就職が極端に厳しく働き方も不安定な就職氷河期世代が年老いて、孤独死という結末を迎えることも考えられる。

私は長年取材を重ねてきたが、孤独死は社会のいびつさを映す鏡だと感じている。

働き方や社会情勢によって孤立を余儀なくされたケースもあり、もはや孤独死を本人の「自己責任」と突き放すことはできないはずだ。

孤独や孤立への関心は、すでに海外でも国家的な潮流となっている。イギリスでは孤独担当大臣を設置し、国家予算を投入。アジア圏だと、中国は一人っ子政策の影響もあり孤独死への関心がとても高く、孤独死に関する多くのドキュメンタリー番組が製作されている。お隣の韓国も、孤独死防止の取り組みを行っている常盤平団地(千葉県松戸市)に視察に訪れるなど関心が高い。

『世界一孤独な日本のオジサン』(角川新書)の著書で知られるコミュニケーション・ストラテジストの岡本純子さんは、都市化、過疎化や核家族化、非婚化などが進み、人々のつながりや絆が断ち切られていると指摘する。

海外では「孤独」は現代の伝染病

「海外では『“孤独”は現代の伝染病』として、国家、社会をあげての対策が進んでいます。しかし、日本では、『孤独は美徳』といった価値観が非常に強く、社会としてまったく対策がとられていません。孤独死は独りで死ぬことが問題なのではなく、『孤独が緩慢な死』を招くのです。長年の孤独・孤立は健康や幸福感をむしばみます。国として、もっと腰を据えて取り組む問題だといえます」

と警鐘を鳴らす。

現役世代にも広がる孤独死を、われわれの社会はこのまま放置していいのか。国はその全体像を把握するために、まずは発生件数を割り出し、一つひとつの孤独死の事例を検証してほしい。そこから導き出される知見から具体的な対策を国家ぐるみで立てることが望ましい。「孤独死」という社会問題は、もはや無視できないところまできている。