自動運転化を進めるためには電機産業の力を借りる必要がある

 家庭電化製品のメーカーが自動車産業に食い込んできているのは、クルマが電動化し、自動運転化しようとしているからだ。自動車メーカーや自動車部品メーカーにバッテリーは作れない(ただし、電機産業との合弁会社をトヨタも日産も設立した経験はある)。したがって、電機産業に依存するしかない。

 また、自動運転のためのセンサーも、自動車メーカー自らが作ることはできない。たとえば、運転支援のなかでも車線維持機能などにはカメラが不可欠であり、SONYはデジタルカメラの開発を通じて、ISO感度で40万というとてつもない画像センサーを開発した。それは逆光でも手前の暗い部分の認識ができ、その能力は人間の目を超えている。したがって、日の出や夕暮れで太陽光が眩しく、前方を確認しにくい状況でも、進行方向の様子を確認できる能力を持たせることができるのである。

 現状、たとえ運転支援や自動運転が実現できたとしても、人間が目で見づらい太陽光の眩しさや、降雨や降雪、霧などの悪条件でも、前方を認識できるカメラなどのセンサーが開発されていけば、より安全な自動運転車が実現できることになる。

 電気やセンサーを起点とした要素開発は、従来の自動車産業での部品メーカーを超えて進められることが望まれ、電機産業の力を借りずに前へ進むことはできない。

電気自動車はより家電製品に身近な存在だ

 同時にまた、電気産業の側は、これまでどおり自動車メーカーの要望に応える開発だけでは、自らの知見を活かしきれないとの思いもあるだろう。技術交流の接点がなければ、互いに求めている技術と、実現した技術との出会いの場を見つけられず、年月を浪費することになる。

 しかも自動車専門の部品メーカーではない電機産業側は、従来の系列に属すことなく世界を相手に商売をすることができる。そうなると事業規模も大きくなっていく。

 その際、自ら開発車両を作り、走り込むことで、知り尽くした自社技術がどれほど次世代車に役立つか、あるいはどのような不足があるのかを直接知り、弱点を短期間に克服していくことにつながっていく。

 まして、電気自動車(EV)ともなれば、モーターやバッテリーは家庭電化製品にとって身近な部品であり、従来のエンジン車に比べはるかに車両製造が簡単だ。クルマの開発は容易ではないと自動車メーカーは考えるが、それは量産についてであって、一点物の試作車であればモータースポーツのコンストラクターであれば、十分な走行性能を備えたクルマを作れる。

 また自動車メーカーを退いた熟練の技術者たちはいくらでもいる。中国や韓国などで働いている人もいれば、国内の国産電機メーカーで働いている人もいて、生活を大きく変える必要もない。

 クルマは、やはり自動車メーカーでないと作れないなどと言っていると、自動車メーカーは大きく後れを取る懸念もある。電気の知見があれば、あとは自動車技術者を呼べばいいだけだ。その最たる例が、米国のテスラである。

 今後、国内の電機産業が自動車メーカーになる気があるかどうかはともかくも、要素開発のためにEVを作ることなどなんら難しくはない。なおかつ、生活の中へ入りこむ家庭電化製品を作り、販売してきた電機産業の人たちは、消費者との接点もクルマ以上に密接である可能性もある。