前指揮官から冷遇されていた柴崎がデポルティボの巻き返しの原動力に。 (C)Mutsu FOTOGRAFIA

写真拡大

 今からほんの1か月ほど前、セグンダ(2部)の最下位に低迷していたデポルティボがここにきて猛烈な巻き返しを見せている。その20節終了地点で積み上げた勝点が12。それがここ6試合で破竹の6連勝を飾り、一気に18ポイントを荒稼ぎ。降格圏との勝点差が9だったのが、昇格プレーオフ圏と9ポイント差(25節終了時点)と状況が完全に逆転した。

 巻き返しの号砲なったのが、クリスマスブレーク前最後の試合となったテネリフェ戦(21節)だった。当時クラブ周辺には強烈な逆風が吹き荒れていた。チーム低迷の責任を取ってフランシスコ・マルティネス・ザス会長を筆頭とした経営陣が総辞職。ルイス・セサル・サンペドロ監督も結果如何にかかわらず、ラストゲームになることを知ったうえでの采配だった。

 このクラブを覆う暗雲が天候にも波及したのか、試合会場のデポルのホームスタジアム、リアソールがあるラ・コルーニャは暴風雨に見舞われ、順延も懸念された。結局雨に濡れたピッチで試合は開催されたが、観客は今世紀ワーストの8000人ちょっとしか集まらなかった。しかもこの二重の嵐が試合にも波乱を巻き起こした。
 
 デポルが1点リードで迎えた90分、スソ・サンタナがPKを決めてテネリフェが同点。しかしラストプレーで、ペル・ノラスコアインが劇的なヘディング弾を叩き込みデポルが勝点3を獲得したのだった。

「これで流れが変わるはずだ。選手たちは本当に苦しんでいる。何も彼らが好んでそうしているわけではない。光が見えてきた」

 試合後こう言い残してサンペドロは去っていった。

 そのテネリフェ戦の数日前には、総辞職したフランシスコ・マルティネス・ザス政権が発足する以前の昨年4月まで会長職にあったティノ・フェルナンデスの下で、スポーツ部門の責任者を務めていたフェルナンド・ビダルがクラブの株主総会で会長選に向けて出馬の意向を示していた。ちなみにティノ・フェルナンデスの前会長が「スーペル・デポル」を築き上げたアウグスト・セサル・レンドイロだ。
 結局、他には誰も立候補せず、ビダルは無投票で新会長に就任。矢継ぎ早に最大債権者であるアバンカ銀行と負債の一部を株式に切り替えることで合意したことを発表した。これによってFFP(フィナンシャル・フェアプレー)の縛りが緩和され、強化費を捻出できる状況になった。

 そしてビダルが新監督に指名したのが、デポルが13−14シーズンに2部で2位となり、最後に1部昇格を果たした時の監督であり、その翌シーズンが開幕する約1か月前に解任の憂き目にあったフェルナンド・バスケスだった。デポルとバスケスの関係はその時の1年半に留まるが、理不尽な解任劇がむしろ追い風ともなってファンの間では英雄視される存在となっていた。

 またバスケスは一流のモチベーターでもある。

「デポルは偉大なクラブであり、デポルのファンは偉大なファンだ」

 前回監督時代にも復帰後も、試合前日と試合当日の記者会見で決まってこの言葉を口にする。長く低迷するチームのカンフル剤となれる打ってつけの人材である。
 
 その一方でバスケスは戦略家としての顔も持っている。堅守を重視する傾向が強く、初陣のヌマンシア戦(22節)でも5バックを敷き、さらに前方に中盤を4枚並べて中央をしっかり固めるという守備的な戦術を採用。相手チームに枠内シュートを1本も許さなかった。

 もちろん守るだけでは試合に勝てない。バスケスは攻撃の舵取り役としてともにサンペドロ前監督に冷遇されていたアヘル・アケチェと柴崎岳を任命。アケチェはバスケスの一連の采配について「フェルナンドは僕たち選手の意識を変えた」と称賛する。