聖神社の社殿(Kyhmさん撮影、Wikimedia Commonsより)

「和同開珎」って、ご存じだろう。日本史で習ったような気がする? 日本で最初にできた貨幣のことだ。

「和同開珎」に使われた金属は、ニギアカガネ(自然銅)。この銅が発見されたのは、708年、これを喜んだ朝廷は年号を「和銅」と改元した。年号を変えるほど、重要な出来事だったのだ。発見された場所は、武蔵国秩父郡(現在の埼玉県秩父市黒谷)である。

年号を「和銅」とし、日本最初の流通貨幣「和同開珎」を鋳造した。まさに画期的なことがスタートした歴史的な場所に祀られているのが、いまパワースポットと評判の「聖(ひじり)神社」である。

Jタウンネット編集部は、聖神社に詳しい話を聞いてみた。

御神体は「ムカデ」...なぜ?


聖神社拝殿前の和同開珎(Kyhmさん撮影、Wikimedia Commonsより)

Jタウンネット編集部の取材に答えてくれたのは、聖神社の増田忠三禰宜だ。

「聖神社の創建は和銅元年で、和銅の産地といわれる露天掘りの遺跡が近くにあります。 今でもニギアカガネが御神体として奉られ、和同開珎ゆかりの神社であることから『銭神(ぜにがみ)様』とも呼ばれ、『お金儲けの縁起の神様』として、いま注目されています。
聖神社創建当時、元明天皇下賜の銅製のムカデ雌雄一対が御神宝として納められました。ムカデには足がたくさんあるので、 おアシ、お金に困らないとも言われています。聖神社のすぐ横にある宝物庫に和同開珎、自然銅と一緒に、大切に保管されています」


おアシに困らない、ムカデがシンボルの金運財布(画像は銭神 聖神社Facebookページより)

聖神社より少し先に、高さ5メートルもある「和同開珎」のモニュメントがある。大きな円は「天」、四角が「地」を表している。みんなが集まって仲良く暮らしているいい国、それを記念してつくったのが「和同開珎」という貨幣だという。

「モニュメントの脇を流れている小川は、銅洗堀(ドウセンボリ)と言われています。銅を洗う堀だったようです。ここで自然銅を洗って、都に送ったそうです。現在は、参拝者がここでお札やコインを洗って行かれます。そのお金で宝くじを買われるとも聞きます」と増田禰宜は話す。


聖神社御朱印帖の背表紙にもムカデと和同開珎(画像は銭神 聖神社Facebookページより)

実際に当たった人もいるのだろうか、と聞いてみた。

「聖神社には、宝くじに当選した人からの報告書を掲示している場所もございます。そちらで確認されるとよろしいですよ」

また、神社周辺には、「和銅」が採掘された跡、和銅の選鉱場や製錬所跡(市指定史跡黒谷銅製錬所阯)があり、朝廷からの勅使・三宅麻呂など役人が滞在したと伝わる「殿地(どんぢ)」など銅山経営にちなむ地名も残っているという。「歴史好きの方も楽しめると思いますよ」と増田禰宜。

秩父で採掘した銅が、どのように奈良の都に運ばれて行ったのか、想像してみるのもいいかもしれない。


聖神社参道(画像は銭神 聖神社Facebookページより)

2020年こそ金運をつかみたい人は、埼玉県秩父市の「聖神社」にお参りしてはどうだろう。銭神様のご利益は、あらたからしい。