世界で初めて「生物学的年齢」を若返らせる可能性が示される
by Taylor Smith
組織を若返らせる技術は加齢に伴う疾患の治療に役立つという可能性から、近年注目される研究分野となっています。暦年齢とは別に組織や細胞の老化の程度から求められる「生物学的年齢」(Biological Age)という概念がありますが、3つの薬を組み合わせて飲むことで、この生物学的年齢を若返らせることができるということが世界で初めて示されました。
https://www.nature.com/articles/d41586-019-02638-w
カリフォルニア大学ロサンゼルス校の遺伝学教授であるスティーブ・ホルヴァート氏は、DNAメチル化により求める生物学的年齢として、かねてより「エピジェネティクス的年齢」を提唱してきました。このエピジェネティクス的年齢を世界で初めて巻き戻すことに成功した、という研究結果がAging Cellの9月3日号で発表されています。
スタートアップ・Intervene ImmuneのCEOであり免疫学者のグレゴリー・フェイ氏が行った「The Thymus Regeneration, Immunorestoration and Insulin Mitigation」(TRIIM)という臨床試験は、1年にわたり9人の被験者に対して成長ホルモンと2種の糖尿病薬という3種類の薬の組み合わせでカクテル療法を施すというもの。研究者によると、実験期間後に被験者のゲノムを解析したところ、生物学的年齢が平均して2.5歳分下がっていることが判明したとのこと。また、被験者の免疫系も若返りの兆候を見せたそうです。
エピジェネティクス的年齢(生物学的年齢)のバイオマーカーであるエピジェネティクス時計は通常、メチル基をDNAに付加する化学的改質といった、エピゲノムの技術を利用します。タグとしてのメチル基のパターンは年齢によって変化し、生物学的年齢を追跡しますが、暦年齢より遅れたり、反対に暦年齢を超えたりするとのこと。
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フェイ氏が行った最新の臨床試験は主に「成長ホルモンは人間に危害を及ぼさない形で人の胸腺の組織を修復するか?」という点を調査するためのものでした。胸腺は人間の免疫機能にとって重要なもの。白血球は骨髄で作られますが、その後、胸腺で成長し、感染症やがんと戦うT細胞へと変化を遂げます。ただし、思春期を終えたあたりから胸腺は脂肪が入り込んで退縮します。
動物や人間を対象としたこれまでの研究から、成長ホルモンが胸腺の再生を刺激することが示されていますが、同時にホルモンは糖尿病を促進してしまうという問題点がありました。このため今回の研究ではDHEAとメトホルミンという2種の糖尿病の薬を併せて飲むことで糖尿病の促進を抑えようと試みました。
今回のTRIIM臨床試験では血液サンプルが採取されたところ、試験期間中に血球数が若返りの傾向を示したとのこと。またMRIで試験の開始時と終了時の胸腺をスキャンしたところ、9人中7人の被験者において胸腺の組織が再生されていたことが確認されました。
臨床試験終了後、フェイ氏はホルヴァート氏に対して薬の効果の解析を依頼。ホルヴァート氏が複数のエピジェネティクス時計を使って被験者の生物学的年齢を評価した結果、全ての試験において被験者に生物学的な若返りが見られました。さらに、試験終了後に血液サンプルを提供した6人の被験者では、その後6カ月にわたって効果の持続が見られたそうです。
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ただし、この研究は「51歳から65歳までの白人男性」を対象としており規模が極めて小さいことや、比較グループを用いていない点で、十分な証拠が示されたとはいえません。他の研究者も「効果はあるだろうが、研究が小規模でコントロールされたものではなかったため、確固たる研究結果とはいえない」という見方を示しています。一方でエピジェネティクス解析を行ったホルヴァート氏は「体の中のエピジェネティクス時計がスローダウンしているだろうとは予想していましたが、若返りとまではいかないだろうと考えていました」と研究結果が予想外のものだったことを述べており、研究は「未来を感じさせる」ものだとコメントしました。
フェイ氏は臨床試験中の手法ががんや心臓病といった加齢に伴う疾患に苦しめられる人々に対して効果を発揮するとみており、異なる年齢・民族・性別・年齢の被験者を対象にした大規模な実験を今後行っていくとのことです。