460億増資のPayPay、スマホ決済の第2ラウンドが間もなく始まる:モバイル決済最前線
ソフトバンクグループで決済サービスを提供するPayPayが5月8日、ソフトバンクグループを引受先とする約460億円の第三者割当増資で資本金を920億円に増強したのは既報の通りだ。

▲累計登録者数700万人突破したPayPayだが、本当の争いはまだ始まったばかりに過ぎない

この増資はソフトバンク(携帯子会社)社長の宮内謙氏が説明するように、「顧客や加盟店獲得、システム追加投資」をさらに加速するためのものだ。それぞれ「("100億円あげちゃう"のような)顧客への還元キャンペーン施策」「加盟店開拓のための営業とサポート部隊の増強」「PayPayアプリの改良と機能追加、システムそのものの増強」の意味合いを含んでおり、ユーザー視点でいえば「100億円キャンペーンの第3弾、第4弾」が今後も継続的に行われる可能性が高いことを意味する。

キャンペーン施策による新規顧客獲得や既存顧客つなぎ止めもさることながら、PayPayの本領を感じるのは「加盟店開拓のための営業とサポート部隊の増強」の部分だ。PayPayアプリには周囲の店舗を地図で探す機能があるが、気が付くといつの間にか自分のまわりが利用可能店舗の"ピン"で埋め尽くされていたりしないだろうか。工場地帯のど真ん中でも多くの"ピン"が見えるほどで、準備期間を含む創業から1年程度で驚異的なペースで導入店舗が増え続けている。

一部では「(大量に無料ADSLモデムを配布した)Yahoo! BBの再来」と囁かれているが、同社の営業部隊が全国津々浦々まで人海戦術で絨毯爆撃のように営業活動を続けており、契約に同意したらすぐにPayPayの導入キットが送られてきて「セットアップもしていないのに対応店舗として登録された」という事例も多く報告されているほどで、資本と人的リソースを武器にローラー作戦を推し進めている。

昨年2018年12月時点では1000人を超える程度だったPayPayの従業員数も、翌2019年3月時点では5000人に近い水準に近いという関係者の話もあり、ものすごい勢いで増加している。ソフトバンクグループでは昨年、人員の再配置による最適化を表明しているが、この人員リソースが営業を中心にPayPayにかき集められ、他社を圧倒するレベルでの迅速な広域展開を可能にしている。

筆者が把握する限り、ここまで圧倒的な開拓スピードと物量を誇るモバイル決済サービスは他になく、それだけソフトバンクがPayPayにかける本気度がうかがえるだろう。


PayPayアプリでは周囲の対応店舗を地図上で検索できる機能がある

ソフトバンクグループ社長の孫正義氏は「私はナンバー2が嫌いです。目指すからにはナンバー1です」を公言してはばからないが、PayPayが目指すのもやはり業界での"ナンバー1"だ。このPayPayの最新事情と業界動向について少しだけ整理して、いまこの分野で何が起きているのかをみてみる。


▲「ナンバー2よりナンバー1」が人生哲学の孫正義氏。自身はユニコーン企業を集めたビジョンファンドでそれぞれの分野でのトップを狙う

「本気度」の指標


いわゆる「QRコード/バーコード決済」(筆者は「アプリ決済」と呼んでいる)と呼ばれる昨今の「○○Pay」ブームだが、その折り返し地点が間もなくやってくる。5月8日には「ゆうちょPay」がリリースされ、以前よりサービス開始が予告されていた銀行系の○○Payが出揃いつつあり、6-7月にはファミリーマートの「ファミペイ(FamiPay)」とセブンイレブンの「7Pay(セブンペイ)」といった流通系○○Payが登場することで、当面の主役と呼べるサービスは一通り出揃うことになる。

今後もさらに新サービスが登場する可能性があるが、これらサービスが参入ラッシュとなっている理由の1つは今年10月1日より開始されるとみられる、消費税増税にともなうキャッシュレス決済でのポイント還元施策に合わせたものだ。

小売店各社、特にこれまでクレジットカードや電子マネーの導入に及び腰だった個人商店を含む中小小売店舗が、この10月1日までにキャッシュレス決済を何らかの形で導入するため、このタイミングに間に合わないサービスは少なくとも現在きている○○Payの波に乗ることはできない。来世での活躍を期待するだけだ。

ポイント還元施策は来年2020年夏の東京五輪まで続くため、少なくとも今後1年以上は各社ともに加盟店開拓と各種キャンペーンによるユーザーの取り込み施策を継続しつつ、現状維持が続くだろう。

問題は2020年後半以降で、この頃から投資体力の少なくなったサービスを中心に縮小または撤退、あるいは競合他社のサービスとの合併といった流れが加速するとみている。LINE Pay取締役COOの長福氏は「ある一定以上の加盟店開拓目標を実現すると、その先は終わりのない持久戦」のように表現していたが、日本全国を津々浦々までカバーし、本当に使えるインフラにまで機能させるには並大抵の労力ではない。

仮にPayPayが前述のような全国ローラー作戦で10年後までに日本全土の過半数以上の店舗をカバーしたとして、その時点でこれに匹敵する加盟店網を備え、かつ生存競争に振り落とされずに"使えるレベル"でサービスを継続できているところがどれだけあるだろうか。

「QRコード/バーコード決済」の世界では、いいところ2-3社程度に絞られるのではないかと予測する。その意味で、ソフトバンクが発表したグループ本体の資本参加は本気度を周囲に示す良いバロメータだ。数字目標や達成度の公表を嫌がる事業者も多いが、2019年後半以降の生き残り競争で「事業の継続性」や「本気度」を示すことは非常に大きなアピールポイントとなる。


PayPayにグループ本体が参加し、その"本気度"を訴える

また「乱立がよくない」という声はよく聞くが、適度な競合はサービスの利便性やユーザーのメリットを向上させる。それを見据え、どのサービスと適時付き合っていくかを判断するのはユーザーや加盟店自身だ。

見えてきた「餅は餅屋」の「○○Pay」


もう1つ、サービスが出揃ってきたことで見えてきたものがある。それは「餅は餅屋」という"たとえ"だ。その道の専門家に任せるのがベストという話だが、その文脈でいえば「○○Pay」もまた「銀行などの金融機関のサービスがベストでは?」と思うかもしれないが、実際には違う。

正確にいえば、日本の銀行は決済サービスの専門家ではない。現在でこそ銀行が直接クレジットカードを発行しているが、クレジットカードが日本に登場したころ、銀行法の規制により諸外国とは異なり銀行が直接クレジットカード発行ができなかった。ここ20年ほどで業界再編が進み、例えばみずほ銀行系列にはUCカードやクレディセゾンといったカード会社がグループとして組織され、実質的に子会社を通じて加盟店開拓やアクワイアリング業務を行っていたりするが、銀行そのものには決済サービスのノウハウやビジネス的蓄積は思ったよりは少ないのが実情だ。

ここでいう「餅は餅屋」とは、「スマホアプリのサービスとしての専門性」の話だ。一連の○○Pay戦争で、多くの目は加盟店開拓やユーザーの取り込み施策に向きがちだが、普及が一定段階に達し、キャンペーン施策が一段落したところで評価されるのは「アプリそのものの使いやすさ」だ。ユーザビリティに欠けたアプリが、キャンペーンなしでその後も使い続けられることはない。

サービス開始直後のゆうちょPayが「"佐々木"という名前が登録できない」という問題でクローズアップされたが、本来はサービス前の基本テストを行うだけで発見できたようなバグだ。

ゆうちょPayは全体に「UIがこなれていない」という印象が強いが、「モバイルアプリを作り慣れていない人が作ったアプリ」のようにも感じる。佐々木問題は愛嬌程度同様のようにも思われるかもしれないが、これは他のUIやUXを無視したアプリをいくつか見る限り、割と潜在的な話だと考える。「モバイル決済の世界は誰でも新規参入可能なフロンティアではない」ということを端的に表しているのではないだろうか。

これは「モバイルSuica」にもいえるが、「他に選択肢のないサービス」と「ほかにいくらでも代わりのあるサービス」の差は大きい。


▲先日のソフトバンク決算会見ではさらっと流されたスライドだが、実は非常に重要な意味を持つ

つまるところ、アプリは作れば終わりという話ではなく、各社のノウハウがユーザーの目に直接触れる形でさらされる場所であり、同時にユーザーを継続的につなぎとめるためのエサでもある。PayPayの場合DiDiとの提携を発表しているが、今後はこうしたグループ内でのシナジーを高める提携のほか、他社との連携でより自身のサービスの価値を高める施策が続き、それが最終決戦での勝負の分かれ目につながると予測する。

トップランナー各社は定期的にポイント還元施策を実施しているが、これが定期的にユーザーにサービスを利用させるモチベーションにつながっているだけでなく、たまったポイントを消費させるために行動させ、さらにその行動がポイントを生んで次につなげるといった形で、完全なポイントエコシステムを作り出している。その意味でPayPayの行動に問題がないとはいわないが、アプリ自体のUIやUX、ポイントエコシステムの作り方、本気度の見せ方で他社をリードしている部分は大きい。

始まったばかりの戦いではあるが、その結果が見えるのは本当に近い未来ではないだろうか。


▲DiDiアプリからPayPay決済が可能に。こういった仕組みをグループ内で先に対応させるのはアピールポイントの1つとなる