料理自慢の会員(サービスの提供者)は、その料理の腕をサービスに転換し収入を得ることができる(写真提供・エニタイムズ)

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5万人が利用する「家事シェア」のサービスがある。2013年に始まった「エニタイムズ」は、1時間2000円程度で、料理や買い物、掃除といった生活スキルのマッチングを行っている。その利用者は6割が男性だという。なぜ女性より男性の利用者が多いのか。神戸大学大学院の栗木契教授は「女性は家事代行への心理的抵抗感が強い」と分析する――。

■生活スキルのシェアリングでは国内最大級

ITの生活領域への浸透が進むにとともにシェアリングの可能性が広がっている。今回、紹介するエニタイムズは、生活スキルのシェアリングのためのプラットフォームを提供する企業である。

家事代行のビジネスは各種ある。従前は、家政婦を紹介したり、自社で養成したハウスクリーニングのスタッフを派遣したりするなどの業態が主流だった。近年では、これらに加えて、生活者同士がスキルを有料で提供し合うプラットフォームが、インターネット上に次々と登場している。

とはいえ、この生活スキルのシェアリング事業では、参入した大手企業が撤退するケースも少なくない。従来型のマス・マーケティングの発想では、成長の舵取りが難しい領域だといえる。そのなかにあって、たくみなパッチワーキングで事業の基盤を確立しつつある個人起業家がいる。それがエニタイムズの創業者・角田千佳氏だ。

エニタイムズの創業は2013年。現在では5万人の登録ユーザーをかかえるなど、生活スキルのシェアリングでは国内最大級のプラットフォームに育っている。他社に比べて、自由度が高く、狭義の家事に限定されない幅広い生活スキルのシェアに適したデザインで知られる。

■それぞれの「得意」と「苦手」を組み合わせる

シェアリングは古くて新しい経済のあり方だといえる。図書館という本の共同利用、銭湯という風呂の共同利用など、シェアリングの仕組みは古くからある。これらに対して近年では、ITの進化を受けて、以前は共同利用の機会に出会えずに眠っていた物財やスキルに新たなシェアリングの可能性を見いだし、ビジネス化しようとする動きが生じている。

民泊やカーシェアはその代表例だが、家事などの生活領域の各種のスキルについても、インターネットを活用したシェアリングの動きの拡大が進む。

料理が得意だったり、整理整頓がうまかったりと、生活のなかの特定領域を得意とする人は少なくない。しかし、こうした人たちも、自身の生活に関わる全ての領域に長けているわけではない。ここにシェアリングのプラットフォームの出番がある。例えばガーデニングが苦手な人は、それを得意な人に依頼し、その代わりに誰かの買い物を代行することで費用をまかなう、といったことが可能になる。

■金額決定はサポーターと依頼者の交渉

角田氏は、こうした生活スキルのマッチングに事業機会を見いだし、2013年にエニタイムズを立ちあげた。利用にあたっては。まずはユーザー登録が必要となる。その後は誰もが、仕事をする側(サポーター)、発注する側(依頼者)のどちらの側にもなることができる。登録は個人でも法人でもできる。

エニタイムズには「みんなのリクエスト」というページがある。そこには依頼者が書いた「引っ越しを手伝ってください 5000円」「懇親会の料理をつくってほしい 7500円」といったリクエスト(仕事の依頼)が並んでいる。サポーターはこれらのリクエストを、仕事や地域のカテゴリを絞り込んだりしながら閲覧し、やってみたい仕事が見つかると、その依頼者とコンタクトを取り、金額などの条件の交渉を行う。この交渉の結果、依頼者とサポーターの双方が合意すると、成約となる。

あるいは「みんなのサービス」というページもある。こちらにはサポーターが書き込んだ「エアコンクリーニング 1万円」「買い物代行します 3000円」といったサービス・メニューが並んでいる。依頼者はこれらのメニューを絞り込みながら閲覧し、頼みたいメニューに出会うと、そのサポーターとコンタクトを取り、金額などの条件の交渉を行う。この交渉の結果、サポーターと依頼者の双方が合意すると、成約となる。

エニタイムズではサービスの料金は、サポーターと依頼者がその都度交渉して決定する。現在は1時間2000円くらいでの成約が多いという。依頼者は事前にエニタイムズに料金を支払い、サポーターは仕事を実施した後に15%の使用料を差し引いた金額をエニタイムズから受け取る。支払いをめぐるトラブルの防止にもつながる決済システムである。

さらにエニタイムズでは、登録時に運転免許証などで本人確認を行っているほか、利用後にサポーターと依頼者が相互の評価を開示するなど、安心して利用できる仕組みを整えている。

■想定外の利用者が6割〜7割を占める

ユーザーの増加が続くエニタイムズだが、事業を立ち上げていく過程では、いくつもの見込み違いもあった。そのひとつにメインユーザーの性別がある。エニタイムでシェアされるのは、家庭の用事である。そのメインユーザーは女性だと思われがちである。しかし、蓋を開けてみるとユーザーの多くは男性で、現在は利用者の6割が男性だという。

今の日本では、家庭のあり方、男女の役割分担についての見直しが進んでいる。しかしそのなかにあっても、女性には、家事を他人に代行してもらうことへの心理的な抵抗感が強いといわれる。ところが男性には、こうした恥ずかしさがない。そのためにエニタイムズの利用は男性から広がっていったと見られる。

もちろん長期的には、女性の意識も変化していくことが考えられるが、それを待っていては、起業の機会を逸する。エニタイムズは、起業の海にこぎ出すことで、社会の規範による制約のなかに潜在していたユーザーをとらえることに成功している。

■ディー・エヌ・エーとの幸運な出会い

起業にあたっては、資金調達においても見込み違いがあった。後述する失敗もあって、起業後の1年で角田氏は用意していた資金をほぼ使い果たしていた。当初はユーザー登録の伸びも緩慢だった。一方で角田氏はエニタイムズ以外にも事業を立ち上げており、当時はそちらの収入がメインとなっていた。

そのなかで角田氏がエニタイムズに専念することにしたのは、株式会社ディー・エヌ・エーから出資の申し入れがあり、5000万円ほどの資金が調達できたからだという。行き詰まっていたエニタイムズは、さらなるシステム投資が可能になり、成長軌道に乗る。

人は経験に学ぶとともに、経験に縛られる。角田氏は大学卒業後に、大手証券会社で働いていた。その体験から、資産も何もない小さな個人企業に対して、大手企業が出資を行うはずがないと思い込んでいたという。ディー・エヌ・エーの担当者がエニタイムズを見つけ、このビジネス・モデルには将来性があると判断しなければ、角田氏は別の道へと歩みを進めていたのかもしれない。

■システム開発の失敗という災い転じて

エニタイムズの起業における、より深刻な見込み違いは、初期のベータ版サイトの構築時に起きていた。この時点での角田氏には、システム・プランニングの経験がなかった。そのために発注先のエンジニアたちはバラバラのコードでプログラムを書き進めてしまっていた。いわゆるスパゲッティ・コードといわれる、ページ起動にやたらと時間がかかるうえ、メンテナンスや機能の追加が困難なサイトになっていた。

未経験者の初歩的な失敗である。このとき角田氏はエンジニアの意見に耳を傾け、つくったサイトをすべて捨てて、一からやり直すことにした。

しかし、「今となって見ると、ここで失敗を受け入れていたことがよかったんです」と、角田氏は語る。結果的にエニタイムズはベータ版から一貫して、必要な機能が織り込まれているだけではなく、シンプルで動きが軽いサイトを提供してきた。

加えて現在のエニタイムズでは、事業の第2の柱が育ちつつあるという。複数の企業から、その企業の社員あるいは会員向けのシェアリング・サービスのためのアプリの開発案件が舞い込むようになっている。

この領域については、初期の失敗などを踏まえて蓄積してきた知見がある。同種のアプリの開発には、どこにどのような落とし穴があるかがわかっており、短期間での安価な開発が可能である。この強みが評価され、新たな市場が広がっている。

今の日本のなかでは、多くの企業が、既存の市場にしがみついているだけでは、小さくなるパイを奪い合う消耗戦に陥る状況にある。

残された可能性は、シェアリング・アプリのような、未知の市場を掘り起こすことだが、そこでは、既存の市場とは異なり、いかにデータを集め、精緻な分析を重ねても、確実な未来の予測はできない。そもそも、まだ出現していない市場についての確実なデータなど、存在しないのである。

エニタイムズだけではない。こうした領域に挑むときには、失敗の効用が高まることを忘れてはならない。

■失敗は起こる、重要なのはそこから何を学ぶか

起業や新規事業創出の達人とは、失敗しないことの名人ではない。S.サラスバシの主著、『エフェクチュエーション』(碩学舎刊、2015年)は、起業家に焦点をあてたエキスパート(熟達者)研究の成果である。そのなかでサラスバシは、次のように述べている。

「長期にわたって持続的に成功するには、熟達した起業家が(略)失敗と成功の両方から学ぶことが必要である。」(p.18、傍点筆者付記)

起業あるいは新規事業開発のような、高度にチャレンジングな活動においては、失敗は避けがたく起こる。

特にサラスバシがとりあげる、それ以前には存在しなかった新領域を切り開くような起業(たとえば、インターネットが黎明期の1990年代なかばにおける音声同時配信ソフトの事業化など)においては、過去の経験にもとづく予測が通用しないことが多くなる。したがってそこでは、失敗のマネジメントが重要となる。失敗の効用を引き出すことが、起業や新規事業開発における可能性の拡大につながる。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)