プランニングは役に立たないか/日沖 博道
「我が社は事業計画を立てない」と公言する会社が注目されたり、「計画は立てないほうが人生はうまくいく」という趣旨の本が注目されたりしている。そのせいか、若い人たちの一部に「計画なんて立てても無駄。だってその通りに物事が進むことなどないのだから」という理屈から、仕事上の計画づくりに否定的な人たちが増えているそうだ。
中小企業になると金融機関に金を借りる時以外は事業計画もすっ飛ばしている例が少なくない。彼らは実は「不要だ」と確信しているのではなく、「面倒」かつ「やり方もちゃんと知らない」ので「やらずに済ませている」だけだが、後ろめたい気持ちを抱えているので、何やかやと正当化の理由(言い訳の理屈)を探し出しているのが現実のようだ。
問題は、本当に「計画なんて役に立たない」と考え実際に計画を立てることを避ける人たちや、社命により嫌々ながら計画づくりを仕事で行っているが、本当は無駄な作業だと考えており、確信犯的にテキトーにお茶を濁している人たちの存在である。大企業や中堅企業でも結構いるのである。
でもちょっと待って欲しい。こうした人たちの論拠「計画なんて立てても無駄。だってその通りに物事が進むことなどないのだから」は本当に正しいのだろうか。
ドワイト・D・アイゼンハワーという人物をご存じだろうか。連合国軍とNATO軍の最高司令官、第34代大統領を歴任し、米国民からはアイク(Ike)の愛称で親しまれていた、当時も今も人気の政治家だ。
彼の言葉に次のようなものがある。「私はいつも、戦闘のための計画(プラン)を立てながら、計画自体は役に立たないと感じてきた。しかし立案(プランニング)は必要不可欠である」と。非常に明確であると思うが、ポイントを分かっていただけるだろうか。
彼の言いたいのはこういうことだ。計画(プラン)自体は直接的には役に立たない。なぜなら計画通りに事が運ぶことなどないから。しかし立案(プランニング)は必要不可欠だ。なぜなら計画プロセスを踏まえることで、
- 1) 全体を体系的に考えることになり、課題を認識しどう克服していけばよいかをシステマティックに考えることができる
- 2) 生じ得る障害やリスクを一通り考えることができることで(全てとは言わずとも)多くをあらかじめ対策でき、被害や失敗を最小限に食い止めることができる
- 3) 何を警戒すべきかをあらかじめ分かっていることで心構えができ、いざ似たような問題事態が生じた際にも慌てずに冷静に、しかも迅速に対処できる
- 4) レビューすることで計画通りに運ばなかったことは何かが分かり、次からはもっとうまくやれるように改善するサイクルに入ることができる
といったことが挙げられるだろう。
多くの人にとって事業計画づくりは必ずしも身近ではないかも知れないが、学祭の模擬店出店計画や、地域・会社の防犯や防災の計画・訓練をイメージしてもらえばよい。各自の頭の中だけだと何が抜けているのか分からないため、一通りのやるべき事柄を紙に書き出して、気になる点を関係者で議論した経験はあろう。あれこそが計画づくりの原点だ。
防災計画を例にとれば、「〇時〇分に△△から出火し、××フロアで燃え広がった想定とします」といった仮定の通りの事態が起きるなどとは誰も考えていない。しかしああいった計画を踏まえて訓練を一度体験しておくだけで、「ああこのビルからはこうやって脱出すればいいのか」と皆が理解しておくことができ、不幸にして実際の火災が(まったく別の時間帯に別の原因で)起きたとしても、大勢の人たちが混乱なく逃げおおせるのだ。
それと同様に、事業計画づくりもやることの効用は大きく、やる必要があることなのだ。ただしやるからには、当該ビジネスの構造からどういった要素が成果を左右するかを考え抜いて、徹底的に先読みをして生じ得る障害やリスクを洗い出して欲しい。中途半端にお茶を濁すのは労力的には無駄、かつ却ってリスキーだからだ(周りを安心させる一方で、見落としが多くなるため)。
最後に付け足しを2つ。
小生は毎期の事業計画づくりは必須だと考えるが、多くの企業の中期計画づくりに関してはピントがずれていると感じる。
それは前提の置き方が中途半端なためで(中期が3年程度のスパンであるため環境変化要因を小さく捉えてしまうためではないか)、大胆な指針になっておらず、むしろ現状の延長になってしまっているケースが少なくないことだ。それなら毎期の事業計画でカバーすればいい。中計の要諦は環境変化の大胆な先読みだ。
もう一つは、事業計画づくりの前提としての事業戦略の策定・深掘りにもっと知恵と時間を掛けるべきだということだ。前の点(中期計画づくり)とも関連するが、どの事業でも環境変化はますます激しくなろうとしている。
従前の戦略を前提にきめ細かい計画づくりを進める前に、前提条件は正しいのか、そこでライバルを蹴落としてサバイバルし、顧客にもっと大きな価値を提供できるフォーカスの観点はないのか、是非とも今一度見直してからにして欲しい。
戦略がしょぼくては、いくら事業計画づくりにきちんと取り組んで準備・実行しても、優れた戦略を持つ競合には負けてしまうのだから。