経営者は「働き方改革」でどうやって生産性を向上させるか?/猪口 真
「働き方改革」が閣議決定されてから、毎日のようにメディアや人事系を中心に賑わせている。「プレミアム・フライデー」なるものも生まれ、今の働き方ではダメだと言わんばかりの勢いで語られている。
働き方改革というと、あたかも労働者目線での「労働環境や労働条件」の変革のように聞こえるが、これはあくまで経済政策だ。閣議決定事項にも、次のように明記されており、最大の目的は、「労働生産性の改善」であるとはっきり謳ってある。
この「働き方改革」とは、将来の少子高齢化に備え、日本がこのままでは世界の中で競争力を失ってしまうことに対する対策だと言えるだろう。
•日本経済再生に向けて、最大のチャレンジは働き方改革。働く人の視点に立って、労働制度の抜本改革を行い、企業文化や風土も含めて変えようとするもの。働く方一人ひとりが、より良い将来の展望を持ち得るようにする。
•働き方改革こそが、労働生産性を改善するための最良の手段。生産性向上の成果を働く人に分配することで、賃金の上昇、需要の拡大を通じた成長を図る「成長と分配の好循環」が構築される。社会問題であるとともに経済問題。
•雇用情勢が好転している今こそ、政労使が3本の矢となって一体となって取り組んでいくことが必要。これにより、人々が人生を豊かに生きていく、中間層が厚みを増し、消費を押し上げ、より多くの方が心豊かな家庭を持てるようになる。 (「働 き 方 改 革 実 現 会 議 決 定」より)
労働生産性は、成果÷労働量
ただし、現在言われているような「働き方改革」で、生産性はどのように向上するのだろうか。
まず「労働生産性」とは、企業が生み出す「成果(付加価値)」を労働量で割ったものである。働き方改革は、「今後少子化を迎えるにあたり、一人当たり、時間当たりの成果(付加価値)を高めないことには、全体の生産高がマイナスになってしまうから、日本全体が成長するには、この生産性を高める以外に手はない」というわけである。
労働生産性の成果の定義には、総生産高で見るか、付加価値で見るかの定義の違いがあるようだが、「売上」だろうが「利益」だろうが、少ない労働力でより大きな成果を求めるのは、経営者ならずとも万人の思いだろう。
問題は、この生産性が働き方改革によって改善されるかということだ。
働き方改革は、「一億総活躍社会の実現」と一緒に語られることが多い。多様な働き方を選択してもらうことで、これまで働くことのできなかった人たちにも労働力として提供してもらい、より多くの成果を生み出そうというものだ。
当然多くの経営者は、多様なスキルを持った労働力はほしいし、新しい人材を常に求めている。
「売り」と「労働量」のバランス
ほとんどの経営者は、クライアントやユーザーの獲得に腐心している。顧客から高い評価を得るにはどうすればいいかを常に考え組織をつくっている。売上や利益に直結する顧客の評価は、その企業が打ち出す成果のクオリティにほかならないのだが、言い方を変えれば、「売り」に苦労しているのだ。
働き方改革によって、「売り」につながる、組織の生み出す成果のクオリティは上がるのだろうか。
経営者であれば、誰でも生産性をあげたいと思っている。休日を増やすことでアウトプットが増えるのであれば確実にやるだろう。賃金をあげればアウトプットが増えるのであれば賃金を増やすだろう。
しかし、そうした制度の変更のみでは、より効果的な戦略にも個人の能力向上にもなかなかつながりにくいことは特に中小企業の経営者であれば身に染みているはずだ。
もちろん、報酬制度や労働環境・条件が個人のモチベーションを高め、生産性を向上させる要因のひとつであることは間違いのないことではあるが、生産性をあげるもっと大きな要因は、適切な戦略(設備投資含む)、労働者一人ひとりの能力と実行力の高さである。つまり現在のバリューチェーンを改善していくしかない。
バリューチェーンにどうつなげるか
国が推奨する長時間労働の解消や多様な労働環境の提供にしても、人材としての能力アップには時間がかかることを考えれば、戦略の再構築や優れたアウトプットを生むバリューチェーンを築かなければ、生産性を一変させることはできない。
労働生産性の定義だけ見れば、アウトプットとしての成果を最大化するには、同じ労働量のクオリティをあげれば良いということになるのだが、働き方だけを変えれば、分子である「売上」や「利益」とのバランスを改善してくれるとは、残念ながら経営者は考えていない。
国の働き方改革に乗じて、様々なサービスも生まれている。在宅ワークを増やす、ITネットワーク環境を整える、シェアオフィスを活用する、アルバイトや非正規雇用者の条件を改善する、手段としては様々なことがあるだろう。しかし、環境整備、再教育、マインドの醸成など、どれもコストのかかることばかりだ。
仮に、一部の社員で成功し、個人の生産性が高まったとする、しかし分子の顧客開拓がうまくできなかった場合は、一部の社員は不要ということになる。より少ない社員でバリューチェーンが回ることになるのだから経営者としてはこれほど望ましいことはない。
その場合、余剰のスタッフを解雇すればいいのだろうか。それが一億総活躍とは言わないだろう。むしろ、「一億総競争」だ。
とはいえ、多くの中小企業、中江も小規模企業においては、あまり触れたくなかった問題であり、今後取り組まなければならない問題であることは間違いないことだ。
経営者は、「売り」と「労働量」のバランス双方を高めるために、一日も休まる日はないようだ。