トランプ政権はここへきて弱体化しているどころか、むしろ安定化してきている(写真:ロイター/Brendan Mcdermid)

ドナルド・トランプ米大統領は、9月19日に行った国連総会演説で、北朝鮮の金正恩労働党委員長を「ロケットマン」と呼び、同国が強行する核・ミサイル開発について、「世界全体に脅威を与えている」と糾弾した。


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トランプ大統領が北朝鮮の暴走にどう立ち向かうか、予断を許さない。筆者の見立てでは、すでに北朝鮮は「レッドライン(越えてはいけない一線)」をはるかに越えてしまっている。その意味では、軍事力を行使する可能性もゼロとはいえない状態だ。

それでもトランプ政権が先制攻撃に打って出ないのはなぜなのだろうか。

金融規制緩和派のFRB副議長を起用

トランプ大統領の「炎と怒り」発言は単なる脅しにすぎなかったのか。そうだとすれば、ひところの勢いから、かなり後退しているのではないか。国内政策をめぐって野党の民主党との歩み寄りを見せているのは、トランプ政権の弱体化を示すものではないか――。米メディアの一部には、そんな論調もある。

が、トランプ政権はここへきて弱体化しているどころか、むしろ安定化したと筆者は見ている。その根拠の一つは、ホワイトハウス報道官が「トランプ政権の7年半」というフレーズを使うようになったことだ。それはトランプ再選を当然視しているキーワードだが、それに対して米メディアも目くじらを立てていない。

もう一つの有力な根拠は、FRB(米連邦準備制度理事会)副議長の人選だ。7月10日、トランプ大統領はFRBの銀行監督担当の副議長として、ランダル・クオールズ氏を指名した。

その職は金融規制改革法(ドッド・フランク法)によって新設されたものだが、これまで誰も就任していない。クオールズ氏の指名については、相当厳しい審議を経て、9月7日、上院銀行委員会で承認され、あとは上院本会議の承認を待つばかり。いよいよFRB初の銀行監督担当副議長が初めて誕生する。

クオールズ氏はウォール街の弁護士時代、筆者が働いていた弁護士事務所と同じビルの別の階にある、別の事務所で働いていた。エレベーターでよく見掛けたものだ。当時は銀行と証券を分離していた「グラス・スティーガル法」が生きていた時代だった。筆者は巨大銀行側の仕事に専念していたが、彼はどちらかといえば、証券(インベストメントバンク)寄りの立ち位置だった。

その後、ウォール街からワシントンに本拠を移すようになり、ブッシュ(ジュニア)政権下で財務次官を務めた。財務省を去ってからはカーライル・グループに参画。もともと金融制度に精通しており、トランプ政権下で金融規制緩和など重要政策を担うことになった。

クオールズ氏は名門の一族でもある。夫人は有名なエクルズ一族の一員だ。エクルズ一族といえば、マリナー・エクルズ氏の名は知る人ぞ知る。同氏はフランクリン・ルーズベルト元大統領の「ニューディール」時代、1934〜1948年までFRB議長を務めた超大物だ。その名はワシントンのFRB本部ビルに刻されている。通称「エクルズビル」と呼ばれ、米国の金融関係者で知らない人はいない。

そうした名門出身かつ金融制度改革に影響力のある人物を、初のFRB銀行監督担当副議長に任命したことは、トランプ政権がこれから進めようとしている、金融規制緩和を加速する方向に働くことを意味する。

イエレンFRB議長再任の可能性が急浮上

クオールズ氏が、新たにFRB副議長に就任すると、スタンレー・フィッシャー副議長と2人体制となるはずだった。ところが、フィッシャー氏は、9月6日、突然辞意を表明した。副議長としての任期は来年6月まである。辞任は個人的な理由と説明されているが、かねてから共和党が進めようとしている金融規制緩和に対して批判的だったことから、間接的にトランプ大統領からの肩たたきがあったのではないかと憶測されている。

フィッシャー氏の辞任によってFRB体制はどうなるのか。ジャネット・イエレン議長の任期は来年2月までだが、彼女は任期をまっとうする考えであり、フィッシャー氏に続いて辞任するとは考えられない。むしろ再任する可能性が高まっている。

次期FRB議長の有力候補の一人としては、ゲリー・コーンNEC(国家経済会議)委員長の名が上がっていた。トランプ大統領もコーン氏を候補者の一人として明言していた。しかし、ここへきて2人の関係がぎくしゃくし、候補者から外される見通しだ。

2人の関係がおかしくなったのは、バージニア州シャーロッツビル事件で、トランプ大統領が白人至上主義者を強く批判しなかったことに対して、コーン氏が強く反発したからだが、それには白人至上主義を憎むコーン氏と夫人の正義感が強く働いたとされる。その後、トランプ氏とコーン氏とは和解したが、両者の間に距離ができたことは否めない。

そんなことも影響してか、イエレン議長再任の可能性が急浮上してきた。トランプ氏は大統領選に勝利する前には、イエレン議長の解任を公言していた。大統領就任後も金融規制に対するタカ派的な姿勢に批判的だったが、このところ批判はまったくしていない。イエレン氏自身も再任の打診があれば、受ける考えだ。

トランプ大統領がイエレン議長を批判せず、むしろその技量を認めるようになったのは、ウォール街におけるイエレン議長への高い評価が効いている。イエレン議長は金融規制について、フィッシャー副議長よりタカ派ではない。何よりもマーケットの先を読む天才の誉れが高い。それはウォール街では前々から知れ渡っていた。

ウォール街と連携して中国、ロシアを抑える

イエレン氏は2014年にFRB副議長から議長に就任した。女性で初のFRB議長だ。バラク・オバマ前大統領にとって、イエレン議長はあくまでも5番目のチョイスだった。その候補を議長に押し上げたのは、ウォール街の強い推薦だった。マーケットを熟知している才能を大いに買っているからだ。その評価はいまも変わらない。

オバマ氏退任後、ウォール街は40万ドルの高額講演料でオバマ氏を迎えたが、実はオバマ氏は、議会との関係も含めてウォール街に頭が上がらない。2008年のリーマンショック以後の混乱を救ったのは、オバマ氏と議会の共同作戦ということになっているが、その「オバマプラン」と呼ばれる救済プランは、ウォール街の原案を基に仕上げたもので、それに直接携わったのは、今回、FRB副議長に指名されたクオールズ氏が働いていた弁護士事務所だった。「オバマプラン」の書類には、その事務所のペーパーの透かし刻印があった。

「オバマプラン」はオバマ氏の見識と指導力で作られたことになっているが、実は、ウォール街の卓抜した技量と、ウォール街出身で金融を熟知した議員たちの協力があって初めて仕上がったものだ。トランプ大統領の「最大のライバル」であるオバマ氏にとって、その事実は「弱み」であり、トランプ氏にとっては「強み」になる。

現在、トランプ政権の下で進んでいる、クオールズFRB副議長の任命、フィッシャー副議長の辞任、イエレン議長の再任という一連の動きは、いわばトランプ政権によるFRB新体制づくりであり、それはウォール街との絆を強めるものでもある。

トランプ政権が進めようとしている金融規制緩和は、FRB新体制によって加速される。それはウォール街のパワーをも活性化する。勢い、ウォール街との絆は強まる。トランプ大統領がそれを意図的に進めているかどうかは不明だが、まさに「トランプ政権の秘策」といっていいだろう。

ウォール街は何といっても米国と世界のパワーとマネーの中心である。トランプ政権にとって、北朝鮮だけでなく、中国やロシアなどを抑え込むには、ウォール街のバックアップは欠かせない。マネーロンダリング調査や資産凍結などの手法は、ウォール街のサポートがあって初めて出来上がる。優秀な仕事人が集まっているウォール街との連携は、これからの政権運営に強力な支援になることは間違いない。

そうした支援体制の構築によるトランプ政権の安定化が功を奏しているのかどうか、ここへきてニッキー・ヘイリー米国連大使も強気に出ている。その強気が、国連安保理の北朝鮮に対する中国、ロシアを含めて一致した追加制裁決議を引き出したのではないか。その背後に「トランプ秘策」が進められていたと見ることもできる。