県立美来工科高等学校(沖縄)「関東遠征など豊富な試合経験を糧にして」【後編】

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 昨秋、初めて新人中央大会を制し、県大会へ向けて手ごたえを掴んだ美来工科。前編では新人中央大会までを振り返っていただいた。そして、さらなるレベルアップを遂げるため美来工科は関東遠征を行う。そこで彼らは何を得たのだろうか。

全てが変わった関東遠征!そして秋優勝

主将・神山 諒介選手(県立美来工科高等学校)

 新人中央大会を制した美来工科は、そこで立ち止まろうとしなかった。次なる手は関東の強豪校の胸を借りることだった。

眞玉橋 元博監督:関東遠征が大きかったです。もしもあのとき関東遠征へ行かず、ここでやっていたらおそらく痛い目に遭わず、秋へ入っていたのかなと。多分、沖縄尚学や興南とも秋の大会前には組まなかった(どちらも強いので、秋で当たる可能性が強い)だろうし。かといって他校とやって、何となく抑えちゃったら選手は勘違いしちゃってただろうし。

 遠征で対戦したのは日大三、関東一、都立日野といった都内上位のチームばかりだった。日大三の印象について「甲子園で何度も勝っているチーム。名前に構えちゃいました」と振り返れば、山内 慧は「どこに投げても打たれそうな雰囲気しかなくて体格も良いし、打球の速さが違う」と圧倒されたという。しかしマスクをかぶっていた神山 諒介主将は「打たれましたけど、このコースに投げれば打たれないんだなということをマスクを通して感じることが出来た」と、山内の球でもコースを突けば通用することを知る。

 眞玉橋監督はこの遠征中、それまでカットボールとSFFのみだった山内にもう一つ、球種を増やそうと声を掛けた。指揮官は山内が緩急のあるピッチングを身に着ければ、秋も十分戦えると踏んでいた。その結果、山内は緩いカーブを使い、秋を勝ち抜いていく。遠征の糧は山内だけではない。打線も日大三や関東一、都立日野などレベルの高いピッチャーと対戦したことで、低めの球を見極めないと勝てないことを痛感。また好球必打でいかないと、見逃してしまった甘い球はもう来ないということを体感した。これこそが、新人大会を制しても自信がわいてこなかった指揮官の思いであり、選手たちにとって必要だった課題が見つかった瞬間だった。

 秋の開幕まで二週間ほどの時間しかなかったが、美来工科には追い風が吹いてもいた。第一シードは参加全61校中一番最後の登場となる2回戦から。開幕戦のチームに比べると一週間の猶予が与えられていた。2回戦をコールドで快勝すると3回戦の名護とのゲームでは再びサヨナラ勝利。試合の中でもカーブを要求していた神山 諒介は、準決勝の那覇戦で「確実に使える」と確信。決勝戦はもうひとつの雄、興南との決戦であったが6回二死無走者から四球二つを挟みながら4連打を集めて逆転に成功。山内も興南打線を牛耳り見事新人・秋季の2冠を達成したのだった。

熊本工高校との戦い。僕らは未完成ゆえに伸びしろがまだある

副主将・古謝 僚人選手(県立美来工科高等学校)

 そして迎えた九州大会。熊本工のエース山口 翔は最速149キロの快速球が自慢の本格派右腕。だが美来工科打線も振り負けてはいなかった。3回表、山口を捉えて一挙4点を奪う。あの山口が点を取られた?と、熊本工ナインには少なからず動揺が走ったことだろう。その証拠に山内をどうしても捉えきれず終盤へ。そして運命を分ける8回がやってきた。

眞玉橋監督:その8回が全てでした。タラレバはいけないことだけどもそれを踏まえて話しますと、山内が粘って向こうも苦しみながら8回表へきて。ウチがワンアウト満塁とチャンスを得た。もう残り少ないイニングで点を与えたら厳しいと向こうは焦りもあったと思います。

 僕らは1点でも奪えれば勝ったなと思う場面ですよね。ジックリ攻めるのもやり方の1つですが、僕らのフロントフットは、フルスイング+好球必打が信条。打者が好球と思えばいきますよね。結果はショートゴロ(本塁封殺)でしたが、それでもまだツーアウト。プレッシャーは掛けられるぞと思っていたら三塁で走者が飛び出して刺されてしまった。僕らが新人大会で沖縄尚学に勝ったのは相手の走塁ミスだったんだよと散々言ってきましたが、この場面で自分たちがしてしまいました。

 チャンスを逃した美来工科はその裏、二死無走者からポンポンと打たれてあっという間に2点を奪われて同点、そして延長戦へ入る。3回以降、打線は山口の左右に散らすピッチングとシンカーに手こずり連打が出なくなっていた。そして13回裏、サヨナラ負けを喫してしまう。そのあと熊本工がベスト4まで勝ち進み、来春の全国選抜高等学校野球大会への出場に明るい望みを託しているのは周知の通り。

 8回裏二死無走者まで2点をリードしていた美来工科にとって、悔やんでも悔やみきれない忘れられない敗戦となった。その敗戦から学んだことは何だろうか。

古謝 僚人副主将:熊本工との戦いでの失点は全部ツーアウトからでした。ほんの少し気が抜けたときにやられた。そこを忘れず春と夏に向けていきたいです。

山内 慧:熊本工は、バットの先に当ててでも点を取るんだという気迫と泥臭さみたいなものがありました。僕らもそれを手本にしていきたいです。

神山 諒介主将:ゲームセットの声が聞こえるまで、最後まで気を抜かずにプレーし続けることです。

 この敗戦から学んだ選手たちの様子は、日大三や関東一に負けたことで、「まだまだ自分たちは弱い」と自覚し、謙虚に練習に取り組むあのときのようだ。さらに、チーム間でのレギュラー争いも熾烈を極めている。

常に「上には上がいる」ことを忘れずに

キツイけど笑顔が絶えない(県立美来工科高等学校)

眞玉橋監督:宮城 世羅、上間 瑠偉ら実力ある者が虎視眈々とレギュラーの座を狙っている。そして山内。たくさんのピッチャーを育ててきたけど、この子は未知数。足も速いのでバネがある。身体能力が余りにも高いゆえ、まだ使い切れていないのです。リリースポイントでさえ、まとまったのは新人大会くらいからです。走者が出ると弱かったのですが、それも走者を置く実戦練習を繰り返すことで慣れていきました。そして神山。ホントに9人にとってのミニ監督です。彼が締めてくれるのでこのチームは成り立っています。

 僕らは全然完成されていません。逆に沖縄尚学の完成度は高い。オフ前に練習試合やらせてもらいましたけど、岡留、砂川をはじめ選手の力量やはり凄い。2対9で完敗でしたから。でも僕らも伸び代はまだまだある。絶対に力を付けてくる沖縄尚学と興南に最後まで食らいついていきたいですね。

 春季県大会で4位に入った前チームは仲宗根 登夢を中心とした投手陣の層が厚く、ある程度守り勝つ野球が計算出来た。逆に現チームでの不安は投手陣であったが、山内の高い潜在能力とそれを引き出した眞玉橋監督や捕手を務める神山らの歯車が上手くかみ合い、且つ元々持っていた自信のある打力で2冠に輝いた美来工科。山内らが1年生の頃から決して出来上がっていたわけではなく、むしろ部員たちの絆は簡単に解けるように緩く各々が勝手気ままな状態に近かった。

 それが新チームになり、自分たちの野球を信じて王者となっても、沖縄尚学や日大三、そして熊本工と「上には上がいる」ということを肌で知り続けることで「自分たちはまだまだ」と謙遜になることが出来ている。その心構えこそが、持っている伸び代に繋がるのだ。この冬で更なるアップを図り、戦国沖縄の、最後の夏までの彼らの過程を楽しみに追い続けていきたい。

(取材・文=當山 雅通)