次期米大統領のトランプ氏が新しい米大統領専用機について、価格を理由にキャンセルする旨の発言をしましたが、さすがに無理があるようです。なぜそこまで高価で、そしてキャンセルが難しいのでしょうか。

トランプ氏、「エアフォースワン」をキャンセル?

「現在生産中の新しい大統領専用機、ボーイング747『エアフォースワン』は、コストが膨れ上がり2機で4000億円以上にもなっている。発注はキャンセルだ!」

 2016年12月6日(火)、次期アメリカ大統領ドナルド・トランプ氏は、自身のTwitter公式アカウントにおいて、新しい「エアフォースワン」のキャンセルを示唆するこのような発言をしました。

「エアフォースワン」現行機は1990年、ジョージ・H・W・ブッシュ(ブッシュ・シニア)元大統領の任期2年目に就役(写真出典:senohrabek/123RF)。

「エアフォースワン」こと、アメリカ合衆国大統領専用機VC-25は、旧式機ボーイング747-200を原型としており、その老朽化から後継機ボーイング747-8を原型とした新しい「エアフォースワン」に更新されることが決まっています。

 旅客機型747-8は1機あたり約400億円です。次期日本政府専用機ボーイング777も通常の旅客機型より高いとはいえ、2機で1355億円(整備運用などにおける準備費を含む)。それに比べると「エアフォースワン」は2機で4000億円と破格です。なぜこのような高額になってしまったのでしょうか。

破格の「エアフォースワン」、その価格には理由アリ

 その答えは、「エアフォースワン」が単なる自家用機ではないからです。日本含め諸外国の政府専用機は、通常の旅客機型に比べて保全や通信能力に優れるものですが、「エアフォースワン」は桁違いなのです。核戦争時における電磁パルス対策や核報復攻撃を含む全米軍を指揮するための通信装置、手術さえ可能な医療室、空中給油装置、ミサイル妨害装置を備え、ホワイトハウスの備える機能を空中で可能にする、機動指令センターとしての能力を持ちます。

 こうした機能を備えるがゆえに、「エアフォースワン」は747-8という原型こそあれど、軍用機をほとんどいちから開発するようなものであり、研究開発試験評価費として現時点で約3000億円を計上しています。航空機としての実際の取得費用は約1000億円ほどです。

ボーイング737型機を原型とする、アメリカ海軍の哨戒機P-8A「ポセイドン」。右下に見える艦船は、最新ステルス駆逐艦「ズムウォルト」(写真出典:アメリカ海軍)。

 これよりずっと小型のボーイング737旅客機を原型とする、アメリカ海軍の哨戒機P-8「ポセイドン」は、原型機の3倍近い1機約200億円ですが、その研究開発試験評価費は「エアフォースワン」よりも遥かに高額な約8000億円を見込みます。

 P-8は100機以上生産するので、開発費を100機に分散すれば見かけ上安く済みますが、2機しか生産しないエアフォースワンは、1機あたりの研究開発試験評価費が高額になってしまうことは、どうしても避けられない宿命であるといえます。

個人所有の「トランプフォースワン」は…?

 トランプ氏はボーイング757、通称「トランプフォースワン」を個人所有してはいますが、これはあくまでも単なるプライベートジェット。本物の「エアフォースワン」のような機能は備えていませんから、トランプ氏は大統領であるかぎり、例外的な行動を取らなければ原則「トランプフォースワン」へ搭乗することはありません。

 またアメリカ大統領にはほかにも、空軍のVIP輸送機C-32(原型はボーイング757)や、海兵隊の大統領専用ヘリコプターである通称「マリーンワン」VH-60、VH-3Dなどを、たとえ休暇中であっても私用できる特権が与えられます。

「トランプフォースワン」の通称で知られる、トランプ氏のプライベートジェット。(写真出典:icholakov/123RF)。

 仮に「トランプフォースワン」を元に「エアフォースワン」相当の機能を持たせるとしたならば、やはり数千億円が必要になるでしょう。また、仮にトランプ氏の放言どおり747-8型機をキャンセルしたとしても、結局、寿命の近い現行「エアフォースワン」の後継機を開発しなくてはならず、もう一度やり直して費用が倍近くに膨れ上がるだけで何の利点もないことは明白です。大統領就任後は現実的な問題から、発言に修正を迫られるかもしれません。

 余談ですが、ウクライナの航空メーカー、アントノフ社公式Twitterアカウントは、トランプ氏に対し「アントノフの航空機のほうが『エアフォースワン』に良いかもしれません」と返信ツイートしており、大きな話題となりました。

【写真】「エアフォースワン」にウクライナ機?

ウクライナのアントノフ社はトランプ氏に対し、Twitter上で自社航空機を「エアフォースワンに」と発言。写真は世界最大の輸送機、アントノフAn-225「ムリヤ」(写真出典:icholakov/123RF)。