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3月18日、午後2時すぎ。東京・上野駅のイベントスペースは物産展でにぎわっていた。商品を見て回る大勢の人たち。しかし、老婆の関心はむしろ人々の持ち物にあったようだ。1人の高齢女性に目をつける。手提げバッグから財布がのぞいている。老婆は、身につけていたストールを右手に巻いて周囲からの目隠しにすると、女性のバッグに手を突っ込んだ――。

警戒中の警察官に窃盗容疑で現行犯逮捕された老婆は、「デパ地下のさと婆」の異名を持つ伝説的スリ師だった。昭和7年生まれの83歳。スリ師としてキャリア65年超のベテランで、デパ地下の食品売り場を縄張りにしていたようだ。前科18犯、この日は、約4年ぶりの逮捕で、その回数は24回目ともいわれている。

●「死んでもお詫びできない」

「さと婆」の初公判が6月2日、東京地裁で開かれた。問われたのは常習累犯窃盗罪。窃盗窃盗未遂で、過去10年間に3回以上の懲役を受けた後、同じ罪を犯すと成立する。さと婆は、2006年、09年、12年に窃盗窃盗未遂で実刑判決を受けていた。

この日のさと婆は、グレーの上衣に、黒のスウェット姿で出廷。髪の毛は茶色ががっており、どことなく昔流行った「モンチッチ」を思わせる。足が悪いのか、ペンギンのように手を広げ、ドタドタと音をたてながら証言台に向かうと、起訴状の内容に「間違いありません」と答えた。

何度も盗みを繰り返す人の中には、身寄りがなかったり、生活に困窮していたりする場合がある。しかし、さと婆は違う。現在は息子夫婦、孫2人との5人暮らし。中野区にアパートを所有しており、月20万円ほどの家賃収入があるという。

前回出所してから2年ほど、家族はさと婆が二度と盗みを働かぬよう、必ず外出に同行していたという。だが、今回の事件は、さと婆が初めて一人で外出したときに起きてしまった。裁判では、家族からの「(次の)出所後も面倒を見る」「お婆ちゃんが好きなプロレスに連れて行ってあげたい」などのコメントが読み上げられた。

検察官から、家族を裏切ったことをどう思うかと問われ、さと婆は「死んでもお詫びできない。申し訳ないと思っています」と涙をぬぐった。

●「手が出ちゃうんです…」

さと婆は、刑務所に入る度に「絶対に人のものに手をつけないように」と思ってきたという。それなのに、なぜ同じことを繰り返してしまうのか。裁判官から尋ねられ、さと婆は「今度こそ、いたしません。1日でも早くつぐないをしたいです」と話す。

しかし、裁判官は続ける。「質問の答えになっていません。どうして同じことを繰り返してしまうのだと思いますか」。

うつむき、黙り込んでしまったさと婆。長い長い沈黙の後、「手が出ちゃうんです…」と悲痛な声が法廷に響いた。

「原因を考えないと、一生同じことの繰り返しになってしまうのですね」

「あなたが財布を盗まれたらどう思いますか」

「手が出るときに、いけないと考えられないのですか」

「考えの中にどこか歪んだものがあるから直らないのではないですか」

裁判官から投げかけられる厳しい言葉に、さと婆の背中はどんどんと丸くなっていった。

●検察は懲役4年を求刑

検察は懲役4年を求刑。「懲りることなく犯行に及んでおり、規範意識が鈍磨している」などとし、再犯の可能性が高いと指摘した。一方、弁護側は、高齢であることから再犯の可能性は低いと反論し、情状酌量を求めた。

最後に発言を求められた、さと婆は「1日も早く刑務所に行きたいです」と語った。判決は6月13日に言い渡される。

(弁護士ドットコムニュース)