【photo by Kiminori SAWADA】

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[中編の続きから] 記者が誰もいなくなったミックスゾーン。中田は力強く語った。バーゼルにはフランス、イタリアなど、日本人選手が所属するリーグに存在する日本スポーツ紙の通信員もいない。中田を待つのは私一人だった。

 とは言え、バーゼルにおける中田の立場は低くはない。中田がいい守備を見せれば、スタジアムの大半を占めたバーゼルサポーターから「KOJIコール」が起きる。そして、06−07シーズンを振り返った公式ファン雑誌の表紙は中田の写真が飾られている。試合終了後にはすべてのチームメイトの元へ足を運び、お互いの労をねぎらっていた。サポーターへの挨拶も先頭に立っているのは中田だった。

「昨シーズンを通して、先発で出場し続けた。確かに年齢的にも上のほうだし、チーム内での自分の立場も上のほうに来ていることは自覚している。そういうことも含めてバーゼルで自分がやるべきことがある」DFというポジションだから、ゴールなどの派手な結果はわずかだ。しかし、彼の存在がバーゼルにとって、欠かせないことは間違いない。バーゼルの青&赤のユニホームを身にまとい、ピッチに経つ中田への選手、サポーターからの信頼度の高さは否が応でも伝わってくる。

 バーゼルの話がひと段落し、日本代表への話題に移る。「メンバーに選ばれなかったことは、僕がどうこう言うことではないよ。確かにスイスとの対戦があるし、残念であることには間違いないけれど」きっぱりとまっすぐな瞳で語る中田。招集外という結果を引きずっている様子はない。

「年齢や立場や所属チームに関係なく、代表は常に僕にとっては大事な目標」と話していた中田。それでも代表に入るためにJリーグ復帰を選ぶことはないという。ザルツブルグに移籍した途端、代表から外れた三都主アレサンドロの例があるせいで、Jリーグでプレーしたほうが、代表に近いという風潮があると問うたとき、中田はそうきっぱりと言った。

「代表に選ばれたいから、欧州移籍を断念するなんて、本当に残念なことだと思うよ」Jリーグと欧州リーグとどちらが上とか下という問題ではない。Jリーグでは、国内では経験できないことを“欧州”では経験できる。そんな欧州での選手生活がいかに貴重なものかを、彼は伝えたいのだろう。だから、今回代表に漏れたことも、中田は前向きに消化していた。

「キリンカップがあって、休めなかったからという理由で、シーズン前の合宿を免除してもらったんだけど、その合宿をせずに合流3週間で公式戦を迎えたから、ここまでの間、かなりハードワークだったし、コンディションがいいという状態でもなかった。来週はリーグ戦がないので、休暇をはさみながら、しっかりとコンディションを整えたい。9月下旬にはまたUEFAカップの1回戦もあるからね。試合が続くから気は抜けないよ」代表落選で落ち込んでる暇はない。FCバーゼルの一員として、主力選手として、やるべきことは山積しているのだから。

 世界サッカーのスタンダードは欧州にある。それには誰も異存はないだろう。もちろん、プレミア、イタリア、スペインなどのトップリーグがその中心ではあるが、それ以外のリーグであっても知ることは少なくない。それくらい欧州と日本には差がある。それは観戦者として、試合や練習を見ている私ですら感じる。ボールの獲り方ひとつ違うのだから。

「このままでは日本のサッカーは取り残される」以前、中田が言った言葉が忘れられない。インターネットやテレビ放映など欧州サッカー、世界のスタンダードに触れる機会は増えた。しかしそれは所詮、平面、2次元での情報でしかない。実際に体感した者のみが知る様々な情報を還元する時間があってもいいはずだ。たとえ、2010年の舞台に立つことが無くとも。日本には、欧州での経験を積んだ選手がいるのだから。

 もうひとつ中田の発言で忘れられないものがある。オシムジャパン発足当時、多くの代表選手が「2010年のワールドカップが大事だ」といっている中で、中田は「2010年、4年後……じゃなくて、大事なのは2009年、3年後のアジア最終予選だから」と言った。

 ワールドカップ予選を経験した者にしかわからない、アジア最終予選の難しさや厳しさを示唆している。確かに中田自身、最終予選の出場時間は短い。しかし、たとえベンチに座りながらも体感し、経験した“値”がそう言わせたのだろう。
 
 欧州リーグの中では、中位に位置するスイスリーグではあるが、自身の立場を理解し、その責任をまっとうするために中田は戦っている。代表選手、もしくは代表候補でなければ、彼の情報は日本には届いてこない。しかし、彼の戦いの日々は日本サッカーにとっても貴重な財産であることには間違いない。それを生かすも殺すも、日本代表指揮官にかかっている。

―― text by Noriko TERANO from SWITZERLAND ――

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