オリーブオイルを使った「地中海式ダイエット」の効果を示す重要な論文が撤回される
by Jessica Lewis
野菜や果物、魚、オリーブオイルなどをふんだんに食べる「地中海式ダイエット」は心疾患のリスクを下げるとして、これまで注目を浴びてきました。しかし、その主張の根拠となってきた影響力の大きな論文の1つが、調査手法に問題があったとして撤回されています。
New England Journal Of Medicine Retracts And Replaces Mediterranean Diet Study : Shots - Health News : NPR
A Major Mediterranean Diet Study Was Retracted. But Do Docs Still Recommend It?
https://www.livescience.com/62828-mediterranean-diet-retraction.html
地中海ダイエットは、サイゼリヤのウェブサイトにも「地中海式食事法」として紹介されているもの。野菜とオリーブオイルを中心とした「地中海ピラミッド」の図が描かれています。
地中海式食事法|サイゼリヤ
https://www.saizeriya.co.jp/selection/italia/diet.html
アメリカで最も優れた病院の1つに数えられるメイヨー・クリニックによると、地中海式ダイエットの特徴は以下の通り。
Mediterranean diet for heart health - Mayo Clinic
https://www.mayoclinic.org/healthy-lifestyle/nutrition-and-healthy-eating/in-depth/mediterranean-diet/art-20047801
◆果物や野菜、全粒粉、ナッツ、豆類といった植物性のものを中心にとる
◆バターはオリーブオイルやキャノーラ油のようなヘルシーな脂肪に置き換える
◆塩などの替わりにハーブやスパイスで風味付けする
◆赤身の肉は月に数回程度に制限する
◆魚や家禽(かきん)を週に2回は食べる
◆食事は家族や友人と楽しんでとる
◆適度に赤ワインを飲む(飲まなくてもよい)
◆たくさん運動をする
しかし、これまでに、「地中海式ダイエットで健康を手に入れた人は裕福で高い教育を受けた人に偏っている」という点も研究で指摘されていました。
地中海式ダイエットを成功させて健康になるために必要なものは実は「お金」と「教養」 - GIGAZINE
地中海式ダイエットが注目を浴びたのは、2013年にニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)で「オリーブオイルを多く使った地中海式の食事をしていた人は、低脂肪食をとっていた人に比べて心臓発作・卒中・心疾患による死を経験する確率が30%少ない」という研究結果が発表されたことをきっかけとしています。この研究では、ナッツを多く取る地中海式の食事を取っていた人は上記のリスクが低脂肪食をとっていた人に比べて28%低かったことも示されています。
Primary Prevention of Cardiovascular Disease with a Mediterranean Diet | NEJM
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1200303
しかし、NEJMは研究方法に問題があったとして、2018年6月13日付けで上記の論文を撤回しました。基本的に一度医学・薬学雑誌で発表された論文が撤回されることは珍しく、その数は1000本に1本以下だと言われています。上記の論文の信頼性はかねてから疑われており、撤回は最後の手段といえます。
論文は訂正版と差し替えられており、「地中海式ダイエットは心臓病や卒中のリスクをさせる」という主張はほぼ同じですが、「心臓に対する恩恵が食事によってもたらされた」と直接的に表現しない形に書き換えられているとのことです。
by Maarten van den Heuvel
もちろん、論文の表現が変わったからといってただちに地中海式ダイエットによる利益の信頼性がなくなったわけではありません。しかし、もともとの論文に書いてあった強い表現がなくなったことは「ある意味、論文を支える足を蹴り飛ばしたようなもの」だと肥満研究者であるDavid B. Allison氏は語りました。
研究の問題点を指摘したのは麻酔科医のJohn Carlisle氏。もともと、臨床試験の結果の分析について知識がなかったCarlisle氏でしたが、麻酔学の研究方法に問題があることに対して医学誌に寄稿したところ、編集者から「証明して欲しい」と言われたそうです。
Carlisle氏は、多数の学術論文のデータねつ造を行った麻酔科医である藤井善隆氏の臨床試験160件などを含めた統計的手法を調べ、異なる治療法においてどのように被験者のランダム化が行われているのかを分析しました。臨床試験において、偏りをなくすためのランダム化が非常に重要になってくるためです。
2012年、藤井氏によって発表された変数のばらつきがランダムだったかどうかについて、Carlisle氏は「偶然の結果とは考えられない」という調査結果を発表。Carlisle氏が調査に用いた統計学手法は「カーライル法」と呼ばれ、その後も医学論文の調査結果に適用されていきます。
by rawpixel Follow Message
これまでにCarlisle氏が分析した論文は5000本以上で、そのうち934本の論文がNEJMから発表されたものでした。そのうちの1本がこの地中海式ダイエットについての論文だったわけです。Carlisle氏の分析内容を読んだ論文著者のMiguel Angel Martinez Gonzalez氏は研究の詳細について調査を行ったところ、すぐに問題点に気づき、訂正版に差し替えられたとのこと。
Carlisle氏の分析で示されたのは、研究の被験者7400人のうち約14%が、地中海式ダイエットか低脂肪食かをランダムに割り当てられていなかったということ。研究において、カップルの参加者には両者に同じ食事法をとってもらうよう指示が出されましたが、研究が行われた11箇所のうち1箇所ではカップル単位ではなく「村単位」で同じ食事を取るように指示が与えられてしまったそうです。そしてこの村を担当した研究者は、このことを他の研究者に伝えませんでした。
Gonzalez氏は「この影響は臨床試験の小さな部分にのみ影響する」と語っており、問題となった村の人々のデータを抜きにしても、同様の結論が言えると主張しています。しかし、被験者全員にランダム化が行われていなかったことから「食事が直接的に心臓への恩恵を生み出す」と主張することができず、「結果をトーンダウンする必要があった」とのこと。
ただし、最初から訂正版の論文内容だった場合にNEJMが論文を掲載していたかどうかは「答えるのが難しい」とNEJMの広報は述べています。「それでもエビデンスは強いと考えていますが、完璧にランダム化が行われた研究ほどには、強くありませんから」とのことです。
by Icons8 team