ライザップで30キログラム減量した松村邦洋(写真:日刊スポーツ新聞社)

最近、お笑いタレントの松村邦洋が激ヤセしたことが話題になっている。ライザップの専属トレーナーの指導を受けてダイエットを敢行。約8カ月で体重は110.6キログラムから80キログラムまで激減して「マイナス30.6キログラム」を達成した。ライザップの新CMに出演している松村は顔つきまで別人のように変わり、「林家正蔵にそっくり」「いや、春風亭小朝だ」などと似ている芸能人を指摘する声もあがっている。

かつては「ぽっちゃりタレント」が大活躍

以前の松村は、代表的な「ぽっちゃりタレント」の1人だった。太っていること自体がトレードマークのようになっていた。ところが最近、そこに異変が起こっている。松村以外にも、多くのぽっちゃりタレントがその地位を捨ててやせ始めているのだ。

たとえば、お笑いトリオ「安田大サーカス」のHIROは、6月に左脳室内出血で入院して以来、芸能活動を休止して療養に専念している。本人のブログにアップされた写真を見ると、顔や首が見違えるようにほっそりとしている。療養を続けているうちに、約20キログラムの減量を果たしたという。

また、振付師のパパイヤ鈴木は、かつてはホンジャマカの石塚英彦と並ぶ人気ぽっちゃりタレントだったが、2008年からダイエットを始めて、約33キログラムの減量に成功。2010年には自身のダイエット体験をまとめた『デブでした。』という本も出版した。

彼らが続々とやせている背景には何があるのだろうか?

そもそも、体重の多い芸能人が「ぽっちゃりタレント」として注目されるようになったのはごく最近のことだ。ザ・ドリフターズの高木ブー、「カレーライスは飲み物」という名言で知られるウガンダ・トラなど、太っていることを売りにして活躍しているタレントは存在していたのだが、それが「ぽっちゃりタレント」というジャンルのものとして意識されてはいなかった。

ぽっちゃりタレントが注目を集めるきっかけになったのは、2000年に始まった「debuya」(テレビ東京系)だろう。この番組では、石塚英彦とパパイヤ鈴木が大盛りメニューの食べ歩きロケなどを行い、太っている自分たちが明るく楽しく振る舞っている様子を見せていった。番組内で石塚が発した「まいうー」という言葉は流行語になった。

このあたりから、ぽっちゃりタレントというジャンルが世間でも意識されるようになり、自分が太っていることをあっけらかんと開き直るような彼らの芸風が確立していった。「debuya」をきっかけにして、ぽっちゃりタレントたちが勢力を拡大し始めた。

実は危険と隣り合わせ

大盛りのご飯をおいしそうに食べるぽっちゃりタレントの姿は、視聴者に幸福感をもたらす。ちょうど同じ時期に、早食い・大食いを得意とする一般人が「フードファイター」としてその実力を競い合う番組が話題になり、「大食いブーム」が起こった。食欲という人間の本能に根差しているグルメ番組の需要は衰えることがない。大食いブームにも後押しされて、ぽっちゃりタレントはその需要を一手に担うことになった。もともとはアイドルだった彦摩呂も現在ではグルメレポーターとして知られるようになっている。

ただ、そんなぽっちゃりタレントたちの活躍は大きなリスクと隣り合わせだった。過度の肥満は糖尿病、高血圧などの生活習慣病を引き起こす要因になる。健康をテーマにした番組では、芸能人を対象にした健康診断のような企画がしばしば行われる。ぽっちゃりタレントたちは、そこで「悪い見本」としての結果を求められているようなところがあった。

松村は、ある番組に出演したときに健康診断の結果が意外と良好だったことが判明して、番組スタッフから「何やってんだよ!」と不満を漏らされたこともあったという。

少子高齢化が進み、テレビの主な視聴者は高齢者になっている。高齢者にとって「健康」は身近な問題だ。視聴者の健康への意識がどんどん高まっていくにつれて、「肥満」は不健康や不摂生の象徴であるというネガティブなイメージが強まってきた。太っていることを売りにしてきたタレントにとっては、難しい時代になってきているということだ。

テレビで健全さが求められるようになったというのは、「肥満」だけに限った話ではない。たとえば、出川哲朗や上島竜兵が主戦場としているリアクション芸の世界においても、多くの視聴者が本当に痛々しく感じてしまうような過激な企画は、最近のテレビではあまり見掛けなくなってきた。

ぽっちゃりタレントとして有名な松村邦洋がやせたのも、そういう背景があるからではないだろうか。いわば、ぽっちゃりタレントであることが割に合わない時代が訪れているのだ。多くのぽっちゃりタレントがダイエットを始めたり、ひそかに健康に気を使ったりしているのはそのためだ。

実際、女性芸人でもぽっちゃり体型の人はいるが、そのこと自体を売りにしている人は少ない。むしろ、渡辺直美のように、太っていてもおしゃれをしたり激しいダンスを踊ったりして、明るく健全なキャラクターを出す人のほうがより多くの人に支持される傾向にある。


冠番組を多く持つマツコ・デラックスさん(撮影:今井康一)

実は、どんどん健全になっていくテレビの世界で、食べ物をおいしそうに食べることで絶大な人気を博しているぽっちゃりタレントが1人だけいる。それは、マツコ・デラックスだ。マツコは太っているだけでなく、女装家、毒舌家、人情家といったキャラクターの「全部のせ」状態であるため、いわゆるぽっちゃりタレントとは認識されていない。

「健全・不健全」という二元論を超越した存在

だが、「マツコの知らない世界」でいろいろなものを食べて率直な感想を言ってのけるマツコは、紛れもなく「ぽっちゃりタレントの伝統芸」を受け継いでいる人間である。彼女はすでに「健全・不健全」という二元論を超越した存在であるため、今さら世間から非難されることもない。

逆に言えば、マツコぐらい突き抜けた存在にならないかぎり、これからの時代にぽっちゃりタレントが生き残っていくのは難しいということだ。「太っている」という欠点すら個性として活かせるのが芸能界の面白いところだったわけだが、そういう考え方もしだいに通用しなくなってきている。テレビというメディア自体が、「不健全」や「不謹慎」というぜい肉を切り離してどんどんスリムになっているのだ。