49歳で作家デビューを果たした“元・食堂のおばちゃん” 山口恵以子(やまぐち・えいこ)さん。2013年には長編小説『月下上海』(文藝春秋)で第20回松本清張賞を受賞し、最近ではワイドショーのコメンテーターとしても活躍するなど、晩年運が開花したようにも見えます。

とはいえ、「夢の作家デビューまで苦節35年」「お見合い43連敗」と山口さんの人生は順調とは無縁だったといいます。報われなくても、崖っぷちでも、いつでも全力で駆け抜けてきた女の生きざまを伺いました。

お見合い相手に「人格+アルファ」を求めない

――山口さんといえば「お見合い43連敗」という武勇伝がありますが、その経験はどんなものでしたか?

山口恵以子さん(以下、山口):33歳から40歳にかけての頃ですね。最初の4、5回までは楽しかったんです。でも、それを過ぎると苦痛になってくる。だんだんこちらの目も“値踏みババア”みたいになってきて(笑)。年収、職業、持ち物や服装まで、「あら探し」しちゃうんです。やっぱり減点法はダメね。最後にゼロになってしまうから。結局、私は試さずじまいだけど、加点法ならいい結婚ができるんじゃないかしら。

私の場合、どこか考えが甘かったんですよ。お見合いという形でも恋愛できるんじゃないかという幻想を抱いてたんです。男として好意を持てる人、少し恋愛気分を味わえる人……要は「人格+アルファ」を求めてたんですね。

売れ残って見えてきたもの

――実際、独身女性の大多数が「いつかいい人と出会えたら、結婚したいな」と思っている気がします。

山口:でも、そうそういい人がいないわけよ。結婚しない人が増えたいちばんの理由はやっぱり「晩婚化」だと思います。女は30近くになるとリスクマネジメントを考えるじゃない。だから、いきなりバッと燃えられない。人生経験を積んで知恵がついてきちゃうと、なかなか結婚に踏み切れなくなるんですよね。

私は別に、考えがあって結婚を拒否したわけではなくて、縁がなくて売れ残っただけですけど、これもまた運命かなと思うんですよ。結婚できなかったマイナス面ばかりを見るんじゃなくて、「嫌いな人と一日じゅう同じ屋根の下に暮らさなくてよかった」と考えることもあるし。

恋愛しない生き方だって十分幸せ

――以前なら、大半の女性は結婚して、専業主婦になって……という生き方が定番でしたが、今は選択肢が広がった分、悩んでいる女性も多いかもしれません。

山口:そうですね。過去も現在も未来も、「上」と「下」は変わらないんですよ。つまり社会階層の話。いつでも平気で既存のルールを破って、どんどん「上」は上に行くし、「下」は下を行く。明治時代にも与謝野晶子とか広岡浅子とかすごい女性はいたけど、あんなの1世紀に1、2人いるかいないかですよ。

問題は「中」の人。ウン千百万いるその他大勢の「中」のひとりとしては、一昔前のような「腰がけでちょっと働いて、結婚して、家庭に入る」という生き方も「いいな」と思うんです。今の時代だって別に不幸じゃない。恋愛も結婚も仕事も手に入れようと思えば全部手に入るかもしれない世の中は、確かに恵まれてるけど、万人が恋愛に向いているとは限らない。恋愛を差し引いたところに幸せがあってもいいと思うんです。

絶対に受け入れてはいけない条件とは

山口:最近、お見合いが見直されてる面もあると思うんですよね。毎日忙しく働いていると、出会う時間もないじゃないですか。以前なら“仲人おばさん”がお世話してくれていたけれど、今はそういう関係性も希薄になって、いなくなっちゃったし。

今の時代のお見合いは「婚活の場」だと思うんですけど、あれも悪くないですよね。おたがい結婚という目的で一致しているから、他の方法に比べて関係性が成立しやすいんじゃないかしら。まぁ、そこに結婚詐欺師もいるかもしれないけど。でも、ひとつだけ注意しとくと、どんなにいい男でも「金貸してくれ」っていうヤツはダメよね。ちゃんと返せるアテがあるなら、銀行で借りてるわよ(笑)。

「本物の諦め」は全力を出し切った後にある

――いずれにせよ、「こうあるべき」という枠を外してみるといいのかもしれませんね。

山口:まぁ、私なんて東京タワーと同い年ですから、正社員が落ち度もないのにリストラされちゃうっていう現状が信じられない世代なんですよね。女性も男性もそれぞれ大変だなぁ、と。結婚は“永久就職”だったし、ちゃんとした会社に就職するのも定年まで絶対に面倒をみてくれるってことでしたから。

でもね、もしどうしてもやりたいことがあったら、カッコつけないで、持てる力を振り絞って、努力をすべきだと思うんです。どんなにがんばったって叶わない夢はある。スポーツ界なんてもう、歴然としているじゃないですか。オリンピックに行ける人数は限られてる。けれど、本当に全力を出し切った人って、諦めることができるんですね。

後悔は人の心を少しずつ蝕んでいく病

――「やるだけやったから」と。

山口:そう。「諦め」っていうのは決してマイナスではなくて、無用な執着やプレッシャーから解放される、ひとつの救いなんですね。諦めた人は、次の道を見つけることができるんです。けれども「俺はまだ本気出してないだけ」とあれこれ理屈をつけてがんばれなかった人は、諦められないんですよ。で、諦められないと、後悔するんです。後悔は人の心を少しずつ蝕んでいく病なので、後悔しないように生きていかないと、人は幸せになれません。

――何をやりたいかわからない人はどうすればいいのでしょう?

山口:若くて、まだ自分のやりたいことが見つからない方もいるかもしれません。でも、イヤなことでもちょっとやってみればいいんですよ。やっているうちに、道が拓けるかもしれない。「これがダメなら別の道に行く」っていうのもアリだし、意外に「私に向いてるかも」って思えたら儲けもの。そうやって歩き続けていれば、結果的に崖っぷちでも案外あっけらかんとしていられるんですよ。

(大矢幸世/編集協力:プレスラボ)