死刑もありえた、江戸の本屋さん事情

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『江戸の本屋さん』という本は、1977年に発売された本なのだが、復刊され、最近電子書籍でも発売された。一般書のようで専門的な部分もある、不思議な本だ。


江戸時代本屋さん


江戸時代の書店は出版社を兼ねており、作家を育てたりプロデュースもしていた。何を印刷するか、どんな木で版を彫るか、何部印刷するか、どう店に並べるか。そういうことを全部やる。

大人気商品の製本が間に合わない時は、刷った紙と表紙に、綴じるひもをセットにしてそのまま渡す売り方をしたなんて記録もあるそうだ。

その一方では幕府からの強烈な言論弾圧で売れ筋商品が急に出版できなくなるなど、大変な商売。新聞のような時事性のあるものは一切禁止、死刑だってありうる世界だった。

江戸の出版業界


この本では、本屋が主役。学者、文才、浮世絵師など、江戸時代の華やかな文化にはさまざまなスターが登場するが、彼らが活躍する場を用意し、彼らが出会うサロンにもなった本屋の成立が分かってゆく。

江戸時代初期の京都、仏教関係や学問書を出して大成功する書店が現れ始める。すでにこの初期に『大般若経』(全600巻!)・銀50枚(現在の価値で200万円ぐらい)なんかが発売していたり、動きが激しくておもしろい。

しかしすぐに重宝記(ハウツー本)や好色本が大流行。大阪、江戸の本屋が次々に登場し、京都にとっての「出版不況」が訪れる。「かたい本は売れない」と嘆く様子は、まるで現代の本屋を見ているような感覚になる。本当にめまぐるしい。

そういった歴史を、流れに沿って紹介・解説・推察し、ようやく江戸の出版業について分かってきた頃に、杉田玄白のキラーコンテンツ「解体新書」や、その周囲で活躍する平賀源内などが一気に登場。そして外国文化が次々と入ってきて幕末を迎える怒濤の「江戸出版史」が読める。

一般市民の目線


大きな事件や目立つ人が次々に登場したこの時代を、「本屋とその運営」というフレームで見ること自体がとても楽しい。「店で待ってるより、地方の豪農にこそ、本を背負って売りにいけば儲かるぞ」だとか、時代の流れを「商売人目線=神様じゃない目線」で理解できる。

1000部売れれば大ヒットだったとか、元禄の頃には既に1万種類の本が出版されていたとか、本屋よりも貸本屋の方が遥かにたくさんあったとか、そういう記録やデータも豊富だ。

本書は、この分野の研究がまだ不足していたころの古典であり、それだけにダイナミックな味わいがある。戦乱の時代が終わり、江戸幕府の安定した国家運営の中で、情報を求めはじめる人々。貴族のものだった文学が急速に伝わっていく動き。現代の出版不況や相次ぐ書店閉店を考える上でも参考になるし、全然参考にならない「江戸時代出版業のぶっとびかた」も存分に楽しめる。
(香山哲)