表彰台の中央に立ったダニエル・リカルド(レッドブル)は、満面の笑みでガッツポーズをしながら、まだ自分がF1で初優勝を挙げたのだということを実感できないでいた。彼の初優勝への道は、カナダGP決勝70周、長いレースの残り5周を切ったところから突如として現れたのだから、当然のことだった。

 サーキットのほとんどが直線と低速コーナーで構成されるカナダのモントリオールサーキットは、メルセデスAMG製パワーユニットのアドバンテージが最大限に生きる場所だった。

 案の定、ポールポジションを獲得したのはメルセデスAMGのニコ・ロズベルグだった。2位にはチームメイトのルイス・ハミルトン。ロズベルグの表情には、すでに勝利を手に入れたような安堵感が漂っていた。

「チーム内部では、予選が今週末のとても重要なキーポイントだと分かっていたんだ。明日のレースでは戦略上やれることがほとんどないし、僕とハミルトンは同じクルマで走っているから、コース上での差はほとんどないからね」

 ロズベルグとハミルトンは、この週末も自分たち2台が優勝争いを繰り広げると思っていた。硬すぎるタイヤは摩耗することなく、決勝レースは2台が同じように1度のピットストップで走り切るプランだった。だからこそ、予選でハミルトンの前に出たロズベルグは、勝利を手中にしたも同然だったのだ。

 だが、日曜日のモントリオールは暑くなり、路面温度は50度にも達しようとしていた。そのため、タイヤの摩耗は予想より速く進み、2ストップ作戦が必要になった。さらに、50周を迎えようかというところでメルセデスAMGのパワーユニットをトラブルが襲ったのだ。

「ブレーキをいたわれ、チームメイトがトラブルに見舞われた。まずは完走することが第一だ!」

 担当レースエンジニアがロズベルグに無線で伝える。

 MGU-K (運動エネルギー回生システム)の制御に不具合が生じ、パワーが失われただけでなく、リアブレーキからのエネルギー回生ができなくなった。そのせいでモーター駆動による制動力が失われ、ブレーキのみに頼ることになったのだ。その結果、ハミルトンはリアのブレーキを焼き付かせてリタイア。ロズベルグはすぐさまフロントブレーキを多用するように工夫することで難を逃れたが、ペースを大きく落とさざるを得なかった。

 メルセデスAMG勢がトラブルに見舞われてから、カナダGPは大混戦となった。まずここで優勝のチャンスを手にしたのは、フォースインディアのセルジオ・ペレスだった。

 フォースインディアの2台は、予選はQ2敗退だったが、それは決勝重視のセットアップに徹していたからだった。つまり、タイヤをいたわり、確実に1回のピットストップで走り切ることが狙いだ。その戦略が見事に当たり、上位勢が2度のピットストップを終えると、ペレスは2位に浮上。トラブルでペースの上がらないロズベルグの背後に迫った。

「1ストップというのはギリギリではありましたけど、できるという確信を持ってやっていましたし、タイヤは全然大丈夫だったので、何もなければあのまま走り切れたと思います」

 そう語るのは、フォースインディアのタイヤ戦略を担う松崎淳エンジニアだ。

 1位ロズベルグ、2位ペレス、その後ろにレッドブルの2台とウイリアムズのフェリペ・マッサ。メルセデスAMGの牙城が崩れ、大接戦となった。

 しかし、ペレスのマシンは、レース終盤になってBBW(ブレーキバイワイヤ)にトラブルが発生し、ブレーキの効きが悪くなってしまった。そして、レッドブル勢に抜かれた後に、追い上げてきたマッサとクラッシュ。レースをリタイアした。上位をうかがっていたマッサもまた、不用意な仕掛けで優勝のチャンスを逃した。

 一方、レース序盤、3位を走っていたベッテルは徐々に後退していき、終盤はフォースインディア勢に抑え込まれて本来のペースで走ることができないでいた。その間に、同僚のリカルドの先行を許すことになってしまった。

「戦略上、もう少し違うことができたと思うんだけど、チームがそれをやってくれなかった。そうすれば本来のペースは引き出せたはずなのに。そのせいで遅れてピットストップをしてダニエル(リカルド)にポジションを奪われたんだ」

 レース後、ベッテルは公然とチームを批判した。レース中も無線で「もっとスマートにやる必要がある!」「どうして何もしてくれないんだ?」と不満をぶつけていた。フォースインディアにうまく対処していれば、レース終盤に3位を走っていたのはベッテルのはずだった。そして、レッドブルに今シーズン初優勝をもたらしていたのも、おそらく彼だったはずだ。

 ベッテルとは対照的に、リカルド陣営はクレバーなレースを展開した。序盤はメルセデスAMG勢、フォースインディア勢、ベッテル、ウイリアムズ勢に次ぐポジションでしかなかった。しかし、気付けばそのほとんどをピットストップの間に逆転していたのだ。

 そして、残り20周を迎えようかというところでメルセデスAMGの2台が勢いを失った。

「残り20周くらいのところでレースが突然変わった。メルセデス勢がトラブルを抱えてくれたおかげで僕らは追いつくことができた。ペレスの最高速が速くて抜くのにものすごく苦労していたんだけど、最終シケインからうまく立ち上がってターン1で抜いてからは、ターゲットはロズベルグだけだった。あとはココというところで仕掛けるだけだったね」(リカルド)

 フォースインディアの2台は、レース中盤はニコ・ヒュルケンベルグがベッテルを、そして中盤以降はペレスがリカルドを抑え続けていた。ストレートが遅いレッドブルは、おそらくフォースインディアのトラブルがなければオーバーテイクはできなかっただろう。

 しかし、リカルドはペレスがトラブルでペースダウンするやいなや、すぐさまパスし、一気に首位ロズベルグに追いつき、残り2周で抜き去った。

 今季のF1で勝つためには、別次元の速さのメルセデスAMGの自滅を待つより他にない。だが、その自滅が起こった時に、チャンスをつかみ取ることのできる位置にいなければ、勝つことなどできない。リカルドは目の前に巡って来たチャンスをしっかりとつかみ取ってそれを証明した。

「どんなスポーツでも、大切なのは自信を持つことだ。僕には素晴らしいチームスタッフがいるし、素晴らしい結果につながると信じていた。こうして初優勝を飾ることができて、本当に嬉しいよ」

 メルセデスAMG独走のシーズンで、優勝がどれだけ遠くにあるものかをリカルドは知っていた。しかし、彼は信じ続けた。「チャンスは必ず来る」と。そして、そのチャンスが来たときにやるべきことの準備を怠らなかった。だからこそ、残り5周で切り拓かれた目の前の道を迷いなく突き進むことができた。

 リカルドがカナダGPで表彰台の真ん中に立つことができた理由は、彼自身が一番よく知っているだろう。そして、これから自分がもっと強いドライバーになれるということも。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki