ダルビッシュ有と共に戦うもう一人のアジア人 「最高のチームメイト」と称えられる秋信守の素顔と凄さ
ア・リーグ1位の出塁率をマークする秋信守
2011年に建山義紀、上原浩治の同級生コンビがプレーオフに出場して以来、その翌年のダルビッシュ有入団も相まって、レンジャーズのプレスボックスでは日本報道陣の存在が常連となっている。
もともと多国籍軍で知られるチームだけに、中南米出身のファンに向けたスペイン語でのリポートも充実しているが、今年から仲間に加わったのが、韓国からの報道陣だ。もちろん、彼らの取材対象は、不動の「1番左翼」秋信守(チュ・シンス)だ。
今年のレンジャーズは、開幕前から怪我に祟られ、簡単には勝てない試合が続いている。それでも「この苦境を持ちこたえれば、なんとかなるのでは……」とファンに希望を持たせてくれる要素もある。投手陣で言えば、元広島コルビー・ルイスの復活であり、ダルビッシュの安定感。そして、打者では、黙々と出塁し続ける秋信守の働きだろう。
5月16日現在、秋の出塁率は4割3分1厘と、ア・リーグでは堂々の1位だ。打率3割5厘も同7位。チーム得点(167点)がリーグ12位と奮わないレンジャーズ打線だが、1回の攻撃が始まった途端に、秋が一塁ベース上に立っているという光景も珍しくはなくなった。秋が出塁し、ベルトレやフィルダーが適時打で返す、というパターンが、レンジャーズの目指す初回の攻撃のあり方だ。
選球眼の良さと、興味深い“見逃し三振”の多さ
レッズでプレーした昨季は、ナ・リーグ2位の112個の四球を選んだ。今季は17日までに24の四球を選び、ア・リーグ7位につけている。安打であれ、四死球であれ、1番打者としてはどんな形でも出塁したい。だが、秋は打席に向かう時、意図して四球を選ぼうと考えたことはないという。
「いつもストライクゾーンに入ったボールを打つことだけを考えているんだ。結果として、四球が増えているかもしれないけど、四球を選ぶことを意識して打席に入っているわけじゃない。ヒットだったら、二塁打、三塁打、もしかしたらホームランって可能性もあるからね」
打たないと決めた球がボールと判定され、四球を選べるということは、つまり、ストライクとボールの判断能力が極めて優れているということだ。メジャーデビューから10年目のベテランだけに、対戦する投手の傾向はもちろんだが、各球審が持つストライクゾーンの傾向も、しっかり頭に入っている。
だが、自分の持つストライクゾーンと球審のストライクゾーンが合わないことも往々にしてある。特に、フルカウントを迎えた時にストライクゾーンの相違があると、四球で出塁できるのか、見逃し三振になるか、その結果には雲泥の差が生まれてしまう。
秋の三振の内容を見ると、実に興味深い事実が見える。今季、これまで喫した38三振のうち47・4パーセントが見逃し三振で、ア・リーグでは最も高い割合だ。出塁できるか、三振に倒れるか。まさに紙一重の勝負を繰り広げながら、自分の持ち味を発揮し続ける。
転機となったアメリカ2年目で下した決断
秋は韓国のプロ球界を経ずに、高校卒業をした2000年にマリナーズと契約を結んだ。ユース世代の代表チームにも選ばれ、高校生としては屈指の期待の星だったという。韓国球界からも引く手あまたで、ドラフトの目玉と注目される存在だったが、本人は「世界最高水準の野球ができる場所でプレーしたい」とメジャー行きを希望。ドラフトではロッテ・ジャイアンツが強行1位指名をするも、秋は自分の信念を通して、海を渡った。
2005年にメジャーデビューを飾るまで、マイナーで4年を過ごした。「野球は世界どこに行っても同じ。だから、プレーすることに関して不安はなかった」と言うが、文化や言葉は大きく違う。予想しなかった戸惑いにも、韓国では経験しなかったつまずきにも出会った。
だが、今ではすっかりメジャーを代表する外野手だ。どの選手とも分け隔てなく打ち解け、同僚アンドラスやベルトレも「最高のチームメイト」と賛辞を惜しまないほど溶け込んでいる。米メディアとのやりとりも英語で難なくこなすほど、メジャーという舞台になじむ転機となったのが、アメリカ2年目で下した決断だった。
「最初の2年は通訳をつけていたんだけど、3年目からはつけないことにしたんだ。確かに、通訳がいると楽なんだけど、頼ってばかりいて英語を覚えようとしない。それに、第3者を介した会話だと、チームメイトとの雑談であれ、監督やコーチとの野球に関する話し合いであれ、心と心が通じ合わない気がしたんだ。言葉のちょっとしたニュアンスが伝わらないこともあるし、自分が会話しているはずの相手が、結局は通訳の目を見て話すようになってしまう。だから、野球に関する英語はある程度分かるようになっていたから、思い切って通訳なしでみんなの輪の中に飛び込んでみたんだ」
一番大切なのはコミュニケーションを取ること
最初は、単語を並べるだけの片言の英語だったが、一生懸命伝えようとすると、誰もが真剣に理解しようとしてくれたという。通訳がいないことで孤立するかと思いきや、みんなが積極的に食事に誘ってくれたり、休日には一緒に出掛けるようになった。そこで、チームメイトの人柄をよく知ることになり、野球をプレーする上でも円滑にコミュニケーションを図れるようになった。
「やっぱり一番大切なのは、コミュニケーションを取ることだと思う。失敗しても恥ずかしいことはない。アメリカで野球をやろうって決めたんだから、アメリカの文化に慣れて、アメリカの言葉を話せるようになった方がいいと思うんだ」
フィールド上では一切感じさせないが、今の立場を確立するまで、積み重ねた努力は計りしれない。アメリカに渡って15年。ありとあらゆる場所や状況で揉まれながら、たくましさと経験を積み上げてきた秋は、母国・韓国だけではなく、すべてのメジャーファンに認められる存在となった。
佐藤直子●文 text by Naoko Sato
群馬県出身。横浜国立大学教育学部卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーとなり渡米。以来、メジャーリーグを中心に取材活動を続ける。2006年から日刊スポーツ通信員。その他、趣味がこうじてプロレス関連の翻訳にも携わる。翻訳書に「リック・フレアー自伝 トゥー・ビー・ザ・マン」、「ストーンコールド・トゥルース」(ともにエンターブレイン)などがある。

