東宝 映画プロデューサー 川村元気氏

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2010年公開の映画「告白」と「悪人」は日本アカデミー賞で各賞を分け合い、キネマ旬報のランキングでも1、2位を独占。興行的にも成功を収めた。この両映画に関わったのが川村元気氏だ。若きヒットメーカーのコミュニケーション術とは。

■言いにくいことをどう伝えるか

映画のプロデューサーにも厳格な上司・部下の関係があります。企画は何人もの上長のハードルを越えて初めて陽の目を見ます。2011年冬に封切りの「フレンズ もののけ島のナキ」はCGアニメを作りたいという私の思いから始まりました。しかし、制作ノウハウの異なる、実写映画とアニメの垣根は高く、実写のプロデューサーがアニメを手がけることは珍しい。上層部に次の企画はアニメとは少し言いにくいことでした。

そんなとき公開前の「ALWAYS三丁目の夕日」を試写で見ました。感動した私は即座に、この作品の監督である山崎貴氏に企画の相談をしました。実写映画の制作ノウハウを基本としつつ山崎監督が得意とするCGを生かすことで、新鮮なアニメ作品が生まれると思ったのです。監督もアニメに興味があり、以前から傑作童話「泣いた赤鬼」のアニメ化を強く望まれていたので、快諾を得ました。

上司には、山崎監督が挑むまったく新しいアニメ映画として企画を提案しました。その後、前述の作品は大ヒットし、山崎監督も脚光を浴びました。当初、アニメを提案したときは歓迎されない雰囲気もありましたが、このころには話題の監督とアニメという組み合わせにおもしろいとの声が上がりました。

こういう場合の上司と私の関係は、私が「絶対おもしろい」と旗を振る役で、上司は私の売り込みを客観的に見る立場。言いにくいような微妙な企画で上司を説得するためには、どうしてもやりたいという強い思いとともに、上司が疑問に思うことを事前に1つ1つクリアしていくことが大切です。「フレンズ」では、監督、ストーリー、キャスト、と上司が気になるであろうポイントを想像して先手を打ち、企画を通すことができました。

企画は1枚の紙に文章でまとめて上司に見せます。本当に伝えたいことは紙1枚で十分。ここに上司を納得させられる要素をどれだけ詰め込めるかが勝負です。上司の先に意識しているのは観客です。観客はちょっとした記事や広告で、その映画を観るかどうか判断する。1枚の企画書で上司を説得できないなら観客を映画館に呼ぶことは無理だと思っています。

そして企画を通すときは、それだけに捉われないようにしています。私のゴールは企画を通すことではないし、上司のゴールも部下の企画を却下することではない。上司も部下も、おもしろい映画を作ってヒットさせることが共通のゴール。そう考えれば、実は双方の間に言いにくいことなど、本来存在しないのかもしれません。むしろ言いにくいことこそ相談したほうが得。最終的なゴールを共有しているからこそ、「どこが弱いんだろう」「何が足りないんだろう」と相談を重ね、上司からヒントをもらえるのです。

失敗を報告するときもタイミングは選びますが、率直に言ってしまいます。報告を先延ばしして抱え込んでいるとストレスになるし、ほかの行動にも悪い影響が及びますし、何より時間の無駄です。

上司とのコミュニケーションのカギは想像力だと思います。ちょっと想像力を働かせれば、チームの最終ゴールから考えて、進行を遅らせても今すぐ伝えるべきなのか、それとも機会を選んで伝えたほうがいいのか、おのずと見えてくるはずです。

想像力をさらにたくましくして、3年後、5年後に自分が上司の立場になったら、どう見るだろうかと考えることも大いに役立つのではないでしょうか。

■激務のときのタイミング

映画制作の現場に入ると、プロデューサーは監督、スタッフ、キャストが仕事をしやすいよう気を配ります。気を使う相手が上司ではなく監督たちになるのです。現場ではたいていの監督は神経が張り詰めてナーバスになります。

「告白」の中島哲也監督は現場では本当に怖かった。こうした状況で監督に信頼してもらい、発言を聞いてもらうことはプロデューサーの大切な仕事です。

映画会社は映画をヒットさせたいと考え、現場の制作陣は、いい作品を作りたいと考えている。両者の目標が相反するわけではありませんが、その違いを意識したコミュニケーションを取っています。

スケジュールに追われ、ピリピリしている監督に何かを伝える際には、想像力を全力で働かせます。今こういうことを言ったら作品づくりのためになるのか、今は言わないほうが賢明かと思いを巡らせ、常にタイミングを気にしています。

ここで話しかければいいというタイミングは、自分の感情や都合だけで発言しようとしていないか、きちんと把握できたとき。大切なのは気持ちです。「悪人」では李相日監督と原作者の吉田修一さんが共同で脚本を作りました。僕も脚本の打ち合わせに参加していたので、台詞の変更について現場で意見を伝えることもある。そのときには監督に、プロデューサーがただ言いたいことを言ってるだけ、と受け取られてしまわないように気をつけています。こうしたほうがいい作品になりませんかと、同じ目標に向かって共闘する関係性を築く必要があるのです。

私は自分の思ったことを素直に言います。ただ、自分がどうしたいかではなく、映画としてどうあるべきかという点をきちんと伝えるのです。話しかけられる立場になれば、自分が根詰めて仕事をしているときに、ごちゃごちゃ言われたら、「人の都合も考えずに言いたいことを言いやがって」と腹を立てるはずです。

こういうすれ違いが起こるのは、今、話しかけたら相手がどう受け止めるかという想像力が欠けているから。お互いに同じ方向を見ているんだという思いを普段から発しておくことが必要です。「自分勝手なことばかり言うヤツ」と思われてしまったら、いざというときも、そういう目で見られてしまいます。

会議などが行き詰まったときも、何かとギクシャクしがちです。そういうとき私は「ちょっとトイレ」と断って席を立つ。「ちょっとタバコ」では自分勝手なヤツと思われてしまいますから。そして気分転換してから戻ってきて、敢えてテーマと関係ない話をします。トイレをきっかけに場が休憩モードになっているので、こういう息抜き話もしやすくなる。そんなちょっとした一言で流れを変えると、思わぬアイデアが生まれて行き詰まりの打開につながることが多いのです。

実は映画は「寄り」(アップ)と「引き」(ロング)と「カットバック」(切り返し)の3種類の技法で基本的に成立している。人間関係も、熱意を持って「寄り」「引き」で客観的に状況を眺め、観客や監督などいろいろな人の気持ちを「カットバック」しながら切り替えて想像することが大切だと思っています。

映画は100年にわたり、この手法で人間の気持ちを伝えてきました。人間のコミュニケーションの基本、と言ってもいいのではないか、と私は信じています。

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東宝 映画プロデューサー 川村元気
1979年生まれ。上智大学文学部を卒業後、東宝に入社。映画「電車男」「陰日向に咲く」「デトロイト・メタル・シティ」「告白」「悪人」などの企画・プロデュースを手がけた。

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(東宝 映画プロデューサー 川村元気 構成=齋藤栄一郎 撮影=石橋素幸)