『入院しちゃったうつウーマン』(安部結貴作/大葉リビまんが/小学館)帯文“うつ病が治ったと思ったら……。まさかの入院勧告!? 多くの人が「気分障害」を抱える日本社会だから、知っておきたい精神か病棟の「いま」”

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「精神科に入院したほうがいいですね」
新しい心療内科に通って3度目のときだ。

安部結貴作/大葉リビまんがの『入院しちゃったうつウーマン』は、うつ病で精神科閉鎖病棟に入院した著者の体験記だ。
16年間、うつで、一生、薬と縁が切れないことを覚悟していたのだが、まさかの寛解(かんかい)。
寛解というのは、薬を必要としなくなる状態。
治ったと喜ぶのだが、1年もたたないうちに、またしても具合が悪くなってしまう。
電車が極端に怖くなり、乗れなくなってしまう。
セカンドオピニオンを求めて、別の心療内科を受診。
そこで、双極性障害と診断される。いわゆる躁鬱病のことだ。
入院を勧められて、「そんなに悪いのか」と驚くが、先生が言うには、
「だって通院するの大変でしょ?」
というわけで入院することになる。

荷物を持って病棟へ行くときに、近所の人からすれ違って、「まあご旅行ですか?」「ええまあ、おほほ」なんて会話を交わす。
エッセイマンガの軽やかな絵柄で、精神科閉鎖病棟に入院した様子が描かれる。

本書は全7章構成。
1うつは治ったはずなのに
2「新しい恐怖」の登場
3初めての精神科病棟
4暇なようで忙しく、せわしないようでいて暇な日々
5精神科病棟の本質に迫る
6治療は進む
7精神病ですみません
各章のあいだにコラムがはさみこまれる。


重い扉を開き、またその先に扉。
2つの扉の間で、持ち物検査をする。
パーカーの紐、耳かきや、ひげそり、ライター、爪切り、はさみなどは、病棟に持ち込めない。
紐をつなげて首も吊れる。耳かき、ぐさぐさぐさ! 爪切りで……ぎゃーー!
危険だからだろう。

使うときは、ナースステーションで借りて、ナースの前で使う。
ナースの前で、耳かきするのとか照れる。

意外にフレンドリーな患者たちとの交流に、それまで世間の人が敵に見えていた著者は、「ここの人は敵に見えない」と安堵する。

興味深かったエピソードは、病棟内でのタブーだ
「自分のことは自分でやる」がモットーなので、「人を助けてはいけない」というタブーがある。
人の食事やお茶を運んではいけない。
物をあげてもいけないし、貸し借りもいけない。
特に、ものをあげると厳罰に処されることもあるらしく、みんなビクビクしている。

だから、本数を制限されているヘビースモーカーたちは、目で合図して、受け渡しを行う。
ひとりが一口だけ吸って火を消して灰皿の脇に置く。入れ替わって、もう一人が火をつけ直す。
これなら「シケモクを拾った」わけで、「もらった」ことにならない。という工夫なのだ。

みんなで「ウノ」をプレイするとき賞品を用意(っても、ふりかけや味のりらしい)。「物をあげるべからず」なので、こっそりだ。
タブーを犯すとまるで裏カジノの気分で、盛り上がる!

あとがきに著者はこう書いている。
“「脳も内臓のひとつ」とは、ある医師がいった言葉。
おー、そうか! そうだよね。
だから「心の病」なんてあやふやなものは存在しないのよ!
そして、「内臓」を患った人は、悪人ではない。”
でも、人から理解しにくいので、悩んで、自責の念にかられてしまう。

退院した著者は、主治医に「寛解することはありますか?」とたずねる。
医師は、無言。
“その意味は、すぐにわかった。
結局、私は一生、脳の病気と向き合っていかなければならないのだ。”

『入院しちゃったうつウーマン』、精神病棟の入院から退院まで、重くならずに、軽妙なタッチで描かれた漫画だ。でも、そこには、それぞれの人が生きる「重さ」が込められている。(米光一成)