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高齢化が進展する日本では、親世代の認知症の発症による資産凍結のトラブルが増えています。重要なのは事前の対策であり、中でも家族信託の活用は有効です。典型的な失敗事例をもとに、家族信託の重要性を見ていきます。相続問題に詳しい、司法書士法人近藤事務所・代表司法書士の近藤崇氏が解説します。

収益不動産を所有する父親が認知症を発症…不動産の管理が困難に

都内に暮らすあるご家庭は、高齢の父親と3人の子どもという家族構成です。父親は都内の戸建てである自宅のほか、複数のアパートも所有し、不動産経営をしています。

ところが、父親が認知症を発症。預貯金が凍結され、不動産の名義も動かせなくなり、不動産の相続人を決める遺言書の作成もできなくなってしまったのです。

3人の子どもたちは、将来自分のものになるかもわからない自宅不動産や収益物件について、積極的に修繕するなどの対策を取ろうとしませんでした。しかし一方で、建物の維持管理費や固定資産税などの税金といった経費は発生し続けます。

子どもたちの間で不動産への対応をめぐる口論が絶えなくなり、良好とはいえなかった関係がさらに悪化してしまいました。

このご家族は資産を動かすことができなくなったことで、不動産の管理の不足が生じ、それを巡って相続人が不和になるという「三重苦」に陥ってしまったのです。

認知症対策としての家族信託の「メリット・デメリット」

この父親が元気なうちに、せめて不動産について家族信託を組んでいたらどうだったのでしょうか。

後継者として信頼できる子どもを決め、その子どもを受託者としてアパートに信託を設定すれば、この子どもによる売却や修繕が可能でした。また、不動産を売却しなかったとしても、不動産という資産を次世代にスムーズにつなぐことができたのです。

これまで相続対策として重視されてきた「遺言」や「成年後見」ですが、ここでご紹介する「家族信託」はそれらとどこが違うのでしょうか?

★遺言書

一般的に、遺言書は比較的手軽に作成できますが、いつか来るであろう遺言者の死亡日に、遺言者の財産をどう帰属させるか、ということしか決められません。

例えば「子どもに不動産を相続させたあと、孫に相続させたい」といった柔軟な設計をすることはできません。

★成年後見制度

成年後見制度は、そもそも「認知症を発症して判断能力をなくしてしまった方」のための制度です。

この場合、「家庭裁判所」が申立てによって後見人となる人物を定めます。後見人を決めるのはあくまでも「家庭裁判所」であり、家族の事情で決めるものでもありません。

家庭裁判所による強力な財産管理権限を持ちますので、例えば、相続人の誰かがお金を使い込んでいる疑いがある、悪徳商法に騙される可能性がある、などについては非常に有用な手段といえます。

一方で、その強力さゆえ柔軟性が高いとはいえません。また遺言と異なり、対象者が「亡くなる前」を想定した制度ですから、相続の対策とは相反するものなのです。

柔軟性の高い設計ができる「家族信託」

家族信託は、遺言や成年後見制度の欠点を補うという意味では非常に有用です。

あらかじめ信頼する家族に財産管理を委託しておくことによって、認知症を仮に発症したとしても、成年後見制度に近いような財産管理を、裁判所の監督なしに家族が行うことができます。

家族信託の最大の特徴は、その柔軟性と言えるでしょう。

親から子へ、さらに孫へ、承継先を2段階で決めることも可能で、これは遺言や成年後見では不可能な仕組みです。

仮に、生前において信託財産の売却等をしなかったとしても、残余財産の帰属先を設定することで、遺言書と同じような使い方をすることができ、一石二鳥の面もあります。

ただ、どうしても専門的な知識が必要であり、税務上の不利益への懸念もあることから、専門家の関与が不可欠となります。もちろん、家族信託の契約書の作成には、ある程度の費用も発生します。

契約内容によっては税務リスクに注意が必要

信託契約の内容によっては、不動産を動かすことにより贈与税や譲渡所得税が課税されてしまうケースがあります。

なかでも注意すべきは税務リスクで、たとえば、信託を設定した際に、そもそも委託者と受益者が異なる場合には、信託開始時に贈与税課税の対象となる可能性があり、知らずに契約してしまうと想定外の税負担が生じます。

信託については、委託者と受益者が同一人物の信託を「自益信託」といい、これに対して、委託者と受益者が異なる信託を「他益信託」といいます。

家族信託は基本的に「自益信託」です。報酬を得て人のために信託を行う「他益信託」には、金融業である信託業の免許が必要になるためです。

少々難しい話になりますが、「受益権」が移転すると、税務上は財産の移転があったとみなすのが通例となっていますので、この「受益権」について、多くの専門家は細心の注意を払うでしょう。

不動産と組み合わせれば安心、現金の場合は専用の口座の準備を

このように、相続対策において家族信託を用いるメリットは大きいといえますが、家族信託の入り口として考えるべきは、やはり不動産でしょう。

家族信託は不動産との相性が抜群です。日本の不動産は登記制度がしっかりしているため、登記簿を見れば誰が権利者であるか明らかです。しかも、誰でも簡単に調べることができます。

そして、この登記簿には「家族信託に入った不動産である」ことを登記することが可能です。一度その旨が登記されれば、売買の取引の際も、買主側も信託になっていることがわかるため、取引も安全に進めることができます。

金銭の財産については、信託した現金を管理する信託口口座(しんたくぐちこうざ)を作成する必要があります。これは、信託契約において、委託者から預かった金銭を受託者の個人財産と分けて管理するための専用口座です。

不動産と異なり、金銭には登記簿や第三者への公示の制度はありませんので、個別に口座を分け、管理を行うといった対応が必要になります。

ただし、信託口口座の開設ができるかどうかは銀行によってまちまちです。銀行によっては自社の信託商品を買った人しか信託口が作れないというところもあります。このあたりは家族信託の課題といえるでしょう。

口座に「信託口」と明記されたほうがトラブルになりにくいのはもちろんですが、あくまで分離管理ができることが重要であるため、委託者の特定の銀行口座を信託財産である金銭の管理用に使っている方も、実際には多いように思います。

認知症発症前の対策が必須、必要性を感じたら対応を急いで

家族信託は、不動産相続で起こりやすい資産の凍結であったり、相続をめぐる争いごとを防ぐのに非常に有用な制度です。とくに不動産は、登記と組み合わせることによって非常に実効性が高くなります。

ただし、不動産信託もやはり契約であるため、認知症を発症してからは作れないのが欠点であり、そこは遺言と同様です。

従って、この制度の利用が必要だと思う方は早めの対策をお勧めします。

*本件は個人情報保護のため、内容は一部改変を加えております。

近藤 崇
司法書士法人近藤事務所 代表司法書士